第32話 連続の衝撃


 仮病という発言に悪びれる様子は全くない。これが自分の当たり前だと言わんばかりの表情を向けられ、更に理解が追い付かなくなる。


「仮病……」

「そうよ、仮病」


 ようやくでた言葉は、聞き間違いを確認するものだった。


「……知ってます」

「その仮病を使って、今日は欠席しているの」

「えっと……今日は気乗りがしなかった、とかですか」

「気乗り……そうね、そうとも言えるわ」


 受け答えからして、気分ではなかったというだけではなさそうだ。とは言え、どこまで踏み込んで聞くべきか躊躇い、言葉に詰まってしまう。


「…………」

「…………」


 自然と遠慮を感じてしまい、質問をすることさえも躊躇してしまう。それを感じ取ったのか、リリアンヌがごく普通の日常会話のような話を振ってくれた。


「そういえばレティシア。よくその部屋着を着ているわね。お気に入りなの?」

「え……あぁ、はい」


 一瞬戸惑うものの無難な答えを返す。普段家にいる時間が極端に少ないため、そこまで多くの部屋着を必要としていない。だから本当は数枚を着回しているだけなのだ。持っている服は全て似ているので、お気に入りというよりも拘りがないという方が正しい気がする。


「ドレスもお気に入りなものがあるのかしら」

「お気に入り……そう、ですね」


 ドレスも似たような状況なので、濁すように答える。最近ベアトリスからもらったものの、その存在を知らないリリアンヌからすれば、私は同じドレスを着回している人間に見えるだろう。


(それにしてもよく見てるのね。関わる機会が少ないのに。……いや、ドレスに関しては本当に着回してるから。でもバレないようにリメイクとかしてたつもりなんだけどな)


 やはり普段から多くのドレスを目にしてきたリリアンヌからすれば、物を見る目は鍛えられているのだろう。関わる機会が少ないからこそ、見る度に同じような服やドレスを着ていれば嫌でも覚えるものだ。そう考えに辿り着くと、もう少し身だしなみに時間とお金を割こうという思いが芽生えてきた。


「あ……気にしないで、深い意味はないの。ただ気になっただけだから」

「大丈夫です」


 私の歯切れの悪い言動が気になったのか、却って気を遣わせる結果になってしまった。只でさえ気まずい雰囲気が、更に微妙なものになっていくのを肌で感じた。


「お茶、おかわりいるかしら」

「あ、お願いします」


 いつの間にか飲み干されて空になったカップに、リリアンヌが再び紅茶を注いでくれる。その間も内心はどんな話を振ればよいかと考えを巡らせていた。何を聞けば失礼にならないのか、話題探しを続けた。


「ふふっ」

「…………?」


 紅茶を注ぎ終えると席について沈黙を保っていたリリアンヌが、突然小さく声を出して笑った。その光景にただ首をかしげる。


「ごめんなさいレティシア。真剣に考え込む貴女が何だか可愛らしくて」

「可愛らしい……?」

「えぇ、とても」


 その発言に更に首をかしげることになるも、お構いなしにリリアンヌはくすくすと楽しそうに笑っていた。自分の仕草や行動を振り返っても、そう思われた理由が見つからない。ポカンとしながら笑い終えるのを待つ状況が自然とできていた。


「……それにしても。レティシアがここまで評判と違うとは」

「!」


 静かに笑い終えると、リリアンヌの口から本音と思われる言葉が落とされた。評判の二文字に体が無意識に反応する。


「身構えないで。元々あの評判が真実だとは少しも思ってなかったのよ。ただ、本当のレティシアがどんな子なのかも知らなかったから、良い機会だし自分の目で確めようと思ったの。今更なことをしてる自覚はあるわ」

「あ……」


 相変わらずリリアンヌの発言は情報過多で、脳内処理が上手く追い付かない。


「見る限り似てないし、変な影響も受けてなければ、毒された痕跡もなし。想像以上に綺麗ね。良かった、安心したわ」

(勝手に安心されてるとこ申し訳ありませんが、何の事だか全くわかりませんお姉様!)


 この状況下に遠慮も配慮も必要ないことだけは急速に理解できた。どうにか聞きたいことを整理して、勢いのまま疑問を投げかける。


「あの、真実だと思わなかったってどういう」

「だってあの評判はキャサリンが勝手に流したものでしょう」

「…………」

「あら違った?もしかしてそう思われるように振る舞ったりしてたとか」

「決してそんなことは」

「そうよね、私じゃないのだから」

「私じゃないんだから……?」


 勢いは直ぐ様失われ、再び固まってしまう。リリアンヌの言葉にただ唖然とする状態。もはや一つ一つ説明してくれと丸投げしたい気持ちになる。


「そうよ。レティシアがキャサリンという自分以外の所から生まれた評判を背負っていることに対して、私は自分から悪く思ってもらえるように評判を植え付けにいったの。結果、大成功でしょう」

「成功……確かにしてますが、でも何故」

「どうしても避けたいことがあるからよ」

「……避けたいこと?」

「えぇ。その為の演技といっても過言ではないわ」


 もはや私にとって衝撃発言しかしていないリリアンヌだが、更なる爆弾を落とした。


「私はね、エドモンド殿下あの方とは死んでも婚約したくないの」

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