第31話 本を読む令嬢
私の存在に気づいたリリアンヌは大きく目を見開き驚いていた。受けた衝撃によって固まっていた私だが、なにかを考えるより先に反射的に挨拶をした。
「ごきげんよう。リリアンヌお姉様」
「………………ごきげんよう、レティシア」
軽く一礼をしながら述べると、更に衝撃を受けた様子になったリリアンヌは少し時間をおいて挨拶を返した。
「…………」
「…………」
不思議な沈黙が流れるが、正直どうしていいかわからない。思考が冷静になると、何だか見てはいけないものを見てしまったような気がしていたたまれなくなる。見なかったフリとまではいかないが、深入りをしない方が良いのではと考え出す。
(関心を持とうと、知る努力をしようと思ったけれど。この状況でそれができるほど私のメンタルは強くないや……またの機会にしよう)
取り敢えず図書室を立ち去ることを決めると、再び挨拶をしようとリリアンヌの瞳を見る。
「……では、私はこれで。失礼します」
来た方向へ踏み出そうと体を反転させたその時、リリアンヌが口を開いた。
「レティシア、待って」
「…………?」
「貴女、この後時間はある?」
唐突な質問に今度は私が小さく目を見開く番だった。リリアンヌの意図を考えるよりも先に自然と頷いた。
「大丈夫です」
「それなら……少しお茶をしましょう」
「ですが……読書中では。それにご予定があるのではないかと」
これからでもパーティーにいく可能性はゼロではない。そう考えての言葉は爽やかに否定される。
「本なら読み終わったわ。それと、私今日はパーティーには参加しないの。……見る限りレティシアもよね?」
「はい」
「ならお互い大丈夫そうね。私の部屋は隣だから、そこでお茶をしましょう」
「……わかり、ました」
想像もしながった誘いに動揺しながらも、断る理由は見当たらなかった為に誘いを受けることにした。リリアンヌは手元に積み上げられた何冊かの本を手にすると立ち上がった。
(読み終わったのなら……本棚に戻すのよね?)
直感的にそう思うと、リリアンヌの方へ近づき手を出し尋ねた。
「本は戻されますか?」
「えぇ」
「あの……私が持ちます、お姉様」
「あら」
「場所はわからないので……」
手伝おうと本能的に動くものの、初めて訪れた図書室に関しては何も把握ができていない。本を見たところで元あった場所は全くわからない状態だ。
「じゃあ半分持ってくれる?」
「はい」
「ついてきて、こっちに戻すの」
コクりと頷くとリリアンヌの後ろを静かについていった。預けられた本を見ると、題名は「誰でもわかる経営学」だった。ほこから先程見た経営の本を思い出す。記憶は正しいようで、リリアンヌにつれられたのも同じ本棚だった。
(リリアンヌお姉様が経営学……?)
疑問は浮かぶものの、もしかしたらリリアンヌが読書好きでどんな本でも読む人かもしれないという考えに行き着く。
「ありがとう、もらうわね」
「お願いします」
慣れた手付きで本を戻し軽く整理をするリリアンヌの姿から、ここを利用しているのは数回ではないことがわかる。
「さ、行きましょう」
呟きとも取れるリリアンヌの声に頷きながら部屋へと歩き出した。
初めて踏み入れるその場所は、今までの印象に近い系統の部屋だった。
「悪趣味でしょう」
「あ……」
返答に困り苦笑いでしか対応できなかった。今のリリアンヌの姿と部屋は全く合わない。部屋の主とは到底思えないほどだ。
「好きなところに座って。今お茶を淹れてくるわ」
「あ……わかりました」
向い合わせで座れるような位置に恐る恐る腰をかけて待っていると、リリアンヌは本当に言葉通り自分の手でお茶を淹れてきた。
「口に合うかわからないけど……どうぞ」
「ありがとうございます」
カップを手に取れば、とても良い香りがした。紅茶は言うほど嗜んでいないため良し悪しがわからないが、ありがたく飲んでみる。リリアンヌは同じくカップを手にしているも、私の反応が気になる様子だった。
「……美味しい」
自然な感想と小さな笑みがこぼれる。良好な反応が見られたリリアンヌは安堵しながら、自身もカップに口をつけた。先程とは少し違う柔らかな静寂の元、紅茶を飲みながら一息ついた。
お互いがカップをテーブルに戻すと、先にリリアンヌが口を開いた。
「さて……何から話しましょうかね。お互いに聞きたいことはあるでしょうし」
ふむ、と片手を顎に当てて考え込む体勢を取る。
「何か聞きたいことはある?先ずは貴女の質問に答えるわ、レティシア」
そう笑いかけると、私の言葉を待った。リリアンヌと共に沈黙の間、状況を整理していた私は単純な疑問を問いかけた。
「あの……パーティーに行かれなくて良いのですか?」
「えぇ平気よ。行く意味なんてないもの」
「私は一応、謹慎を命じられて屋敷に残っているのですが……お姉様は、その」
「出る義務があるって?」
「……はい」
パーティーの目的云々よりも前に、建国祭の最終日は基本的には貴族は爵位に関わらず出席するのが慣例だ。自宅謹慎を命じられた私はともかく、リリアンヌは行く義務が発生している筈だ。
「私ね、今日は風邪を引いているの」
「そうは見えませんが……」
「あら、レティシア。貴女知らないの?」
「何をですか?」
「仮病という言葉をよ」
その言葉が、リリアンヌから出るだなんて思いもしなかった。予想外の答えに衝撃を隠せず、表情管理は失敗していたかもしれない。
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