第30話 謹慎という名の休息
生まれ変わる決心をしたものの、謹慎するために特に行動が起こせるわけではなく。時が来るまでそれはお預けだなと思い直した。
建国祭最終日とだけあって、パーティーも盛大に早くから行われる。その為家は既に静まり返っていた。パーティーに出席するなと自宅待機を命じられた訳だが、休息としてゆっくりと休むことにした。姉達の怒涛な準備の声に一度起こされながらも、久しぶりに二度寝をすると疲れが取れた気がした。
太陽が上りきったお昼前にのそのそと起き上がり、欠伸をしながら軽く身支度を整える。顔を洗ってスッキリ目を覚ますと、頭も冴えてくる。遅めの朝食を済ませて一息つくと、さて何をしようと考えた。
誰もいない家というのも滅多に経験しないため、家の中を散歩でもしようと思い付く。といっても、私が家にいることが少ないだけなのだが。
思い付いたら即行動を始めて、部屋を出た。ちなみにラナは朝食を済ませた所で他の業務に向かった。元々今日は屋敷に私はいない予定だったので、仕事があるのも頷ける。ゆっくり休むよう言葉を残すとそこで別れた。
(……それにしても静かだなぁ)
自分の部屋の外から広間へ繋がる廊下を進みながら、静かな空気を一人で堪能していた。ただ何も考えずに、ぼんやりとしながら歩き続けた。
眩しい日差しを窓から眺めると、外に出ることは諦めた。日傘も用意をしていない上に庭園は無駄に広いからかえって疲れるだろうと感じ取ったからだ。
幼い子供のお家探検のように、家のあらゆる場所を通っていく。人の部屋や立ち入らない方が良さそうな場所以外に足を踏み入れると、段々面白くなってきた。
(何だか冒険しているみたいで楽しい)
謹慎という名からは感じられないほど、穏やかな休暇を体験している気がした。
(改めて感じるけれど、この屋敷本当に広い。ちゃんと公爵家なんだ……)
家の広さを足で感じながら散歩を楽しむと、図書室の前で足を止めた。
(扉が少し空いてる……換気でもしてるのかな?)
どの部屋の扉も閉まる中、唯一空いていたことに気が向きながらも更にあることに気が付く。
(そう言えば図書室に入ったこと無かった気がする)
図書室がある部屋はベアトリスとリリアンヌの部屋の近くなので、無意識に近寄らないようにしていた。ふと公爵家内での部屋の位置を考えてみる。
屋敷の西側にベアトリスとリリアンヌの部屋がある。とは言え二つの部屋の間には図書室が存在するため、二人の部屋が密接という訳ではない。
同じく屋敷の二階、東側に私の部屋がある。階数は同じとは言えその距離は遠い。キャサリンの部屋は西寄りだが中央と言える一階にある。どの姉達の部屋も西側にあるために、関わりが少なかったのだろうと今になって思う。
東側にあるのは書斎と父と兄のそれぞれの部屋だ。滅多に部屋にいない彼らともまた、交流を持つ機会はなかった。
(誰かお姉様の部屋が隣だったら、関わる機会も多かったのかな)
もしもの事をふんわりと考えながら、図書室へ足を踏み入れた。
(……うわぁ、凄い。こんなに本があったなんて知らなかった)
中には図書館顔負けの冊数の本が並んでいる。いくつもの本棚が列をなし、あらゆる分野の専門書から少し変わった物語の本まで様々な種類の本が置いてあった。
(さすが公爵家……)
中にはここ数年で買ったと見られる新品な本も多く並んでいた。その殆どが経営に関する書物であった。
(もしかしてお兄様が買われた本かしら)
そんなことを考えながら本を眺めて歩いていた。奥へ進むと、外の暖かな風が足元に吹いた。
(誰か侍女が掃除で開けてるのかな)
ぼんやりとしながら歩き進めると、人影が見えた。邪魔だけしないよう静かに横を通り過ぎようとすると、その正体に目を疑った。
その人は、窓際の席に座りながら本を読んでいた。
少し暗めのブロンドの髪は綺麗な艶をなびかせながら下ろされており、薄い緑色のドレスは品の良さを際立たせる。まるで女神のように穏やかで優しげな表情を浮かべながら本と向き合う人物。それは──。
(リリアンヌお姉様……?)
いや、そんなはずはない。今日は建国祭最終日。王子へのアプローチとしても大切な場であるパーティーにリリアンヌは行っているはずだ。ここにいる事はあり得ない。そう思いながらゆっくりと瞬きをする。
だが驚くことに見間違いでは無かった。
(あの髪色はリリアンヌお姉様だわ……)
そして見たこともない姉の姿に困惑する。私の知るリリアンヌとは、基本甘過ぎるドレスを身に付けて、女の子らしさの限度を余裕で越えたくどさを持ち合わせた人だ。私の中にはそういう印象しかない。
だが、目の前に座る女性からは到底その雰囲気を感じられない。甘さもくどさも嘘のように感じるほど、爽やかで上品な雰囲気をまとっている。その風貌はとても美しく、普段の容姿とは全く異なる印象を受ける。
(別人みたい……でも特徴がリリアンヌお姉様なのよね)
驚き固まりながら凝視していると、本を読み終わったであろうリリアンヌと目があった。
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