第19話 確信する想い(レイノルト視点)

 今日の朝が鮮明に思い出される。


「彼女にとにかく会いたくて、思ったよりも早い時間に目が覚めたんだ。年甲斐もなくそわそわしてた」

「まだ25歳だろう。全く年甲斐もなくないぞ。それにお前は……昔から味わえなかっただろ、そういう感情。むしろ今感じてくれて感動してるよ、俺は」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 心が読めるという力は想像以上に厄介なもので、奪われたものも多い。その一つが感情の自由だと思う。人の心から結果や本性等が推測できてしまうため、驚くことも喜ぶことも少なくなった。


 浅はかな考えや欲、偽りの善意などを繰り返し見てきた為に何かに期待をするということはできなくなっていった。


 だが、彼女は違う。


 予想をすることなどできない、風変わりな令嬢。何を思っているんだろうと心を覗きたくなる人は彼女が初めてだった。そんな彼女に会えることが嬉しくて、柄にもなく落ち着かない朝を迎えたのだった。


「それで。念願の姫君はお前に会えて嬉しそうだったのか」

「いや、最初は色々な意味で警戒されてたかな。エスコートしようとしても微妙な反応だったし」

「まさか断られたのか」

「いや、さすがに手は取ってくれたけど。不本意そうで可愛かったよ」

「……うん」


 理解が追い付かないという表情の友人を放置し、彼女の表情を思い出す。


 変な話、今まで誰かにエスコートをする時は断られたことはなかった。ほぼ強制でする時は内心嫌で仕方なかった。夜会時のスルーといい、反応を見ると自分に好意がないことは確実でそれがまた面白い。


「……で、観光に行ったとは言え色々な店を回ったんだろ」

「たくさん歩いたよ」

「それなら何かねだられたりしたんじゃないのか?」

「いや、全くそんなことなかったよ」

「……まぁ、初回でそんな事する女性の方が珍しいか」


 と言ってリトスは少し考え込む。どうやらリトスの中にある女性像に全く当てはまらない彼女に困惑しているようだった。


 そんなリトスを横に一人で思い出に浸る。


 途中から彼女の喜ぶ姿見たさに、取り敢えず装飾店に連れていった。しかし思っているような反応はもらえずに少し落ち込んだ。普段なら絶対にしないが、彼女になら宝石の一つでも贈りたいと思ってしまった。


 残念ながらそれとなく反応を伺うも、装飾に興味は示さなかった。そう言えば偽物の宝石のネックレスを持つくらい、そういうものには興味がないことを思い出した。


(あれは失敗だったな)


 一人で反省をしていると、リトスから質問が飛んできた。


「いや、待て。じゃあその箱は何なんだ?姫君へのプレゼントじゃないのか」

「あぁ。これは彼女が選んでくれたんだ」

「選んでくれたって……お前のものなのか」

「中身はネクタイピンだよ」

「……どういう事があればそんな流れになるんだ」


 更なる困惑を見せるリトス。


「いや、でもまぁ欲を見せない令嬢も世の中には存在するよな」

「そういうご令嬢の大抵は計算高いこうどうだけどね」

「確かに。もしかして……姫君もそうなんじゃないのか」

「リトス、彼女をそこら辺の令嬢と一緒にするなよ?」

「……わかった。わかったからその冷気抑えてくれ」


 リトスの言葉一つに敏感になってしまう。彼女の事を同じにされることだけは許容しがたい。そんな気持ちが沸き起こる。


「全く違うよ。良く見せようとしての発言じゃないのは、隣にいたからよくわかってる」

「それもそうだな」

「それにね、彼女は宝石よりもスノードームに興味を示したから」

「スノードーム……あの小さい置物のことか?」

「うん」


 さすがに商会長なだけあって何かはわかるようだ。


「まぁ……女性は好きそうだよな、うん。それで、スノードームを買ってあげたと」

「そうしたかったんだけどね。そんな隙も与えずに自分で購入してたよ」

「それは令嬢なんだよな?」

「そうだよ」


 普段関わっている令嬢とはかけはなれた行動しか見せていない彼女に対して浮かぶ、正常な疑問だろう。


 甘えることはせず、かといって計算高い行動もしない。相手に深い興味を示すことの無い姿は、むしろ寂しくなってしまうほどだった。


 それにしても、スノードームを目の前にした彼女の目の輝きは凄かった。彼女に興味を持たれたスノードームが羨ましく思えてしまい、物に嫉妬する自分に驚いた。


 あのお店で見た彼女は、初めて年相応の女性らしく楽しむ姿だった。それに安心したと同時に、その姿を誰にも見せないで欲しいという謎の独占欲が沸いてしまった。


(あの表情……ずっと見ていられる)


 スノードームが二つあれば記念に自分も買いたかった。そう思っていれば、いきなりリトスが失礼なことを言い出した。


「……凄いな、うん。でもこれくらい凄くないと、変わってる人間の心は落とせないもんな」

「それは俺の事を言ってるのかな、リトス」

「訂正します。魅力的な人を落とせるのは魅力的な人なんだなと」

「その通りだね」

「…………笑顔が眩しい」


 魅力的な人。

 自分にとって彼女は正にそれに当てはまる人だ。むしろ、彼女以外は当てはまらないだろう。


 令嬢だと言うのに階段を提案し嫌な顔一つせずに登りきる姿も、甘い言葉を全く真に受けず流す姿も、安くて美味しいものには目がない姿も、全て魅力的なのだ。


「レイノルト、そこまで興味を持ってるんだ。長年連れ添った友人として言うぞ、絶対に姫君を捕まえろ」

「……もちろんそのつもりだよ。一日を過ごして思ったんだ。彼女しかいないって」

「レイノルト……! 俺は全てをかけて応援するぞ!!」

「ありがとう」


 必ず婚約する。そう決意する俺を見て感涙しだすリトス。

 だが実際、問題は山積みで策を練らなくてはならない。


(必ず君を手に入れるよ、レティシア)


 難攻不落であろう彼女に、まだ見ぬ宣戦布告をするのであった。


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