第20話 報告と来訪

 

 観光で歩き疲れた翌日、いつも以上に眠い目を擦りながら出勤をした。何とか業務をこなすと、珍しく寄り道をせずに自宅へと戻った。


 時刻は夕方、疲労を無視しながら校正の仕事に取り組み終えると昨日に関する報告会をラナと二人行うことにした。


「昨日は帰ってくるなり爆睡されてましたからね」

「うん……さすがに歩き疲れたみたい」


 時計台の展望へ上ったことで、やはり足は筋肉痛になっていた。重い足を引きずりながらよく仕事をこなしたと、自分を誉めてあげたい。


「時計台に行ったことは昨日聞きましたけど。それにしてもお相手の方って変わってるんですか?宝石とかではなく置物をプレゼントにするだなんて」

「置物は自分で買ったの。……ほら、綺麗でしょ」


 レイノルト様にしたように、スノードームをひっくり返してみせる。


「お嬢様が自分で……納得です。私はてっきり観光と称したデートだと思っていたんですけど、どうやら本当に観光だったみたいですね」

「デートって……普通に自分の食事代は自分で払ったし、何も贈られなかったから。私はともかく相手もそんな気はなかったと思うけど」

「……残念です、色々」


 そう溜め息をつくラナ。どうやら期待が外れてしまったようで何だかこちらも申し訳なくなる。だがその期待も大きいものではなかったようで、すぐに話題が変わる。


「そう言えばお嬢様。建国祭が迫っていますけれど、お召し物と装飾品は如何いたします?」

「忘れてた。出ないと駄目と聞くのは野暮よね」

「はい。三日間夜会が行われますけれど、全て欠席不可ですね」

「三日間も潰れることに泣きそうなんだけれど」


 セシティスタ王国建国祭は、国をあげての一大イベント。貴族は貴族で華やかなお祝いの席で楽しむのは毎度のことだが、このお祭りは平民も平民で賑わいを見せる。


 屋台通り以外にも屋台が出たり、大特価と言ってどのお店も値下げをする。節約者にとってはもってこいのお祭りで間違いない。


「そんなこと言いながら、去年は普通に午前中働いてたじゃないですか」

「でも会場に間に合わなくて冷や冷やしたのを覚えてる。それに、今年は店主夫妻は息子さんの結婚式に行くと言ってたの。だからそもそも働けない」


 お店を閉めずにいたら働くのかと言う視線をラナから感じたが、笑顔で跳ね返す。


「まぁいいんですけどね。で、結局どうしますか。新しいお召し物を用意しますか」

「買いに行く時間も業者を呼ぶ時間ももったいない……でもそろそろ買わないとよね」

「毎度そうして後回しにしたツケが来ましたね」

「……何にも反論できない」


 渋々と時間確保をラナに約束する。 


「本当に上の御三方とは似てませんよね。リリアンヌ様なんて早速服飾店を呼び寄せて選び始めてますよ」

「また買うのね……」

「普通はシーズンごとに買います。ですが、御三方というか裕福な家ならある程度の頻度で購入するかと」

「……それでも買いすぎじゃ」


 理解できないのは、まだ未使用の夜会ドレスがあるというのに新しいものを買おうとする姿勢だ。


 確かに公爵家とだけあり、裕福ではある。だがお金は無限にあるわけではないのだ。果たして何人の姉がそこを考えているのだろうか。


「前々から不思議でしたけれど、どうしてお嬢様はそこまで節約思考なんです?ご令嬢なのに」

「普通は影響を受けるのでしょうけど……何だか直感的に思ったのよね、ああはなりたくないって」

「なるほど」


 この手の質問は毎度真実を答えることはしていない。前世があったから、母親と姉達の異常さに気付けたのが本音だ。


 転生する前はどこにでもいる日本の社会人だった。働いて、食べて、寝て。当時から節約思考はあったと思う。散財することもなく、慎ましやかに生きていたつもりだ。


 結婚願望がなかったわけではないが、どこか不思議と恋愛は自分と無縁なものだと感じていた。


 会社と家を往復する日々が大半を占め、特に代わり映えのする生活はしてなかった。娯楽としてネット小説を読んだことがあるため「何故自分が!?」と思ったが、転生という事実を受け入れることはできた。


 そんな生き方を持ったまま末っ子として生まれ変わった為に、四人の過ごし方はまるで別世界だと切り離した記憶がある。


 良くも悪くも、転生前の感覚は何一つ消えることなく自分の中にある。


「そういう姿勢や考えを少しでいいので、御三方に分けてくださいよ」

「いや、うん。できたら、ね」

 

 そう口に出すものの、改めて考えてみる。私が生まれた頃には既に評判通りだったベアトリスとリリアンヌ。果たして二人にも純粋でまともと呼べる時期はあったのだろうか。


(自分が生まれる前や成長するまでの数年、お姉様達と関わらなかった時期もあるから)


「それにしても、どうしてああいう風に育ったんだろうね」

「それはやっぱり夫人の影響では」

「……そうよね」


 別の世界だと遠ざけてきたけれど、思えば私は彼女達の事を何も知らない気がした。


(家族なのによく考えてみれば知らないことが多い。評判に踊らされてるのはもしかして私もなのかな)


 うーんと頭を悩ました瞬間、ドアがノックされた。


「レティシア、時間があるなら出てきなさい。私は貴女に用事があるのよ」


 声の主であるベアトリスが部屋を訪ねてきたのは、生まれて初めてのことだった。

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