第18話 惹かれる出会い(レイノルト視点)


 来た道を戻りながら、変わった心の持ち主を探す。聞こえた方向に向かうと小さな人だかりができていた。何が起きてるのかわからないが、その人だかりの先に持ち主がいることがわかった。


「またレティシア様がキャサリン様に迷惑をかけているみたいだ」

「本当か。相変わらず懲りないな」

「全くだ。それにしてもキャサリン様はお優しい。面倒な存在を見捨てないでいるのだから」

「あぁ。聖女のようだな」


 周囲から聴こえてきた二人の令嬢の名前は少し聞いたことがあった。

 確か、セシティスタ王国の宰相がエルノーチェ公爵でありその娘達だった筈だ。

子どもは息子と四姉妹だと耳にしたことがある。


 目立たぬように周囲に溶け込むと、渦中の二人が見えた。


 片方は悲しげな表情を浮かべ、片方は無に等しい表情で向き合っていた。直感的にこのどちらかが変わった令嬢なのだと思った。


 神経を研ぎ澄ませると悲しげな表情の令嬢の心を覗かせてもらった。だが直ぐに後悔した。勝手に覗いておいて最悪な事を言っているのはわかるが、今まで目にして来た中でも取り分け欲望が目立った心だった。

 

 令嬢の中で、自分本意な欲は何度も聞いてきたが他人を卑劣に蹴落とし利用するここまでずる賢い心を聞いたのは初めてだった。人は見かけによらないことを感じさせられる。


(そんな令嬢が周囲の貴族彼らからすれば聖女に見える。恐ろしいものだな)


 あまりに強烈な心であった為に、あの時聞いた心は気のせいのように感じ始めた。もう一人の令嬢も黙っているだけで、特段変わらないのだろうという思いが頭を過る。

 それどころか、あまりにも微動だにしないので心まで無なのではないかと考え始めてしまった。


 恐る恐る、無表情の令嬢の心を覗く。


(フリルにフリル、もはやフリルでできた、へんてこりんなドレスかしら。それとも金銀を使って派手さを重要視したデザイン性皆無のドレス? まさか胸元や肩が異常に開いた品も知性も感じられない下品なドレスのこと言ってますか、ご冗談を) 


(!?)


 とても無表情の人の心とは思えないほど、活発だった。大量のドレスの情報には予想外で驚いたものの、それ以上に聞いていて嫌な気分にならないことに衝撃を受ける。


 初めて受ける状況に戸惑う余裕もなく、彼女の内心は畳み掛けてきた。

 

(このネックレスは本物の宝石を使っていないんですよ、お姉様。宝石に目がないお姉様の私物?もしかして目が腐りましたか。それとも記憶が飛びましたか。病院を勧めますよ)


 いや、本物の宝石を使わないネックレスってなんだ。思わず心の中で反応してしまう。貴族の令嬢、しかも高位にあたる公爵令嬢が宝石ではなくただの石を使ったネックレスをしていることが信じられなかった。


 それに続いた反論はとても歯切れが良く、聞いていて面白い。


 普段、人の心は悪いものばかりが見えて嫌悪が生まれることしかない。そうだというのに、目の前にいる無表情な令嬢は全く異なる。むしろもっと覗きたいと感じるようになっていく。


 生まれて初めて感じる想いに動揺しながらも、彼女を知りたいと思う一心で観察を続ける。


 そんな中、セシティスタの王子が傍へとやってきた。事情を勝手に決めつける彼らは彼女を悪者のように睨み付ける。にも関わらず、表情は一切変えずに動揺もしない辺りやはり変わっているなと感じた。

 

(セシティスタの王族に見つかると面倒だ)


 先程よりも一層気配を消しながら目の前に集中する。


 さすがに王族の前では欲を出すだろう。長年の積もり積もった経験が期待をするなと告げる。


 だがものの数秒でその考えが杞憂だと、彼女の心から伝わる。明らかに変わらない態度は心まで同じであった。 


 そこから嫌な欲は一切感じずに、ただ現状に呆れ果てる言葉が綴られた。それどころか、不敬に近しいことまで聞こえる。


(殿下グッジョブ。役に立つこともあるんですね)


 王子相手にときめくことはなく、野望を表すこともなく、ただ面倒にあしらう姿を見せる。内心を込みで見れば彼女がその場で一番の常識人だということがわかる。

 そこまで読んで、一つの強い想いが沸き起こった。


 彼女と話したい。


 そう思うと、彼女の元へ急いだ。



◆◆◆



「それだけじゃない。彼女は俺に興味を示さなかった」

「いや、流石にそれはないだろ。レイノルト程の美丈夫を前に」

「むしろ嫌がられてたかも」

「話を盛るなよ?」

「盛ってない、全て事実だよ」

「姫君変わりすぎだろ……」


 リトスの言葉には深く同意する。まさか俺自身も、彼女にスルーされると思わなかった。


「気になって話しかけたけれど、自分に話しかけてることに気付かなかったから」

「嘘みたいな話だよな……」

「一番面白かったのは、王子の事を面倒事って思ってたことかな」

「それは笑うわ」


 そんな彼女が気になるのに時間はかからなかった。誰かと、特に異性と話していて楽しいと思うことも心地いよいと思うこともなかった。


「彼女と別れる時に思ったんだよ、もっと一緒にいたいって」

「レイノルトからそんな言葉を聞ける日が来るとは……」

「確かに、彼女に出会わなければ一生言わなかったかもね」


 それぐらい、彼女がもたらした影響は大きい。


「姫君に感謝だな……」

「それには同意する」

「それで!?今日はどうだったんだよ」

「あぁ。本当に充実した日だった」

「…………見たこと無い笑みだ」


 リトスの独り言を無視しながら、今日の出来事を嬉々として語りだした。 

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