第17話 大公の秘密(レイノルト視点)
彼女の姿が視界から外れるまで見届けると、滞在する屋敷に帰宅した。
用意された自室に入ると、ポケットから購入したネクタイピンの入った箱を取り出す。それを机に置くと椅子に腰を下ろした。それを眺めながら思い出に浸ろうとした時に、ドアを叩く音が聞こえた。
「レイノルト、俺だーー」
「あぁ」
声の主はドアを開けて中に入ると、自分の向かい側に座った。
彼はリトス。幼馴染みであるリトスは侯爵家の出身だが、次男坊のために家は継がずに商会長となった。元々セシティスタ王国に来たのは、リトスに貿易の交渉役を頼まれた事がきっかけだった。
「昨日の交渉が無事に締結したんだ。その報告に来たんだが」
「そう、それは良かったね」
「……これは?」
リトスは机に置かれた箱に気付いた。
「ネクタイピンだよ。彼女に選らんでもらったんだ」
「彼女…………愛しの姫君か!!」
「声が大きい」
「あぁ、悪い。というか今日だったのかよデート!言ってくれれば尾行したのに」
「だから言わなかったんだけど。それにまだ、デートじゃない」
身を乗り出すリトスに対して冷静に現状を伝える。
「どういうことだ、もう婚約者にしたんじゃなかったのか」
「いや、まだ」
「まだ結ばれてないのか……。初めての恋愛に慎重になるのはわかるが、なんだかもどかしいぞ」
「リトス、急いても事は上手く運ばない。仕事柄よくわかってるはずだろう」
「そうだけどなぁ」
恋の成就を願ってくれるのは嬉しいが、無駄に心配しすぎないで欲しいというのが心情だ。
「……いや、ここは前向きに考えよう。レイノルトに春が来ただけでも喜ばしいことだからな」
「大袈裟だな」
「大袈裟にもなるだろう。その生まれつきの体質から恋愛は諦めてたんだから」
「…………そうだね」
生まれつきの体質。
それは、他人の心が読めるというもの。残念なことに制御することはできず、生まれてから今まで共に育ってきた。
この事を知るのは父と兄、そして目の前にいる友人。あとは家に仕えるごく僅かな者のみだ。
「ここ最近は忙しくて何も聞けてなかったな。改めて聞かせてくれよ、出会いからさ」
「興味あるのか」
「当たり前だろ!お前が好きになるってことは、明らかに普通じゃないってことだろう。その変わりっぷりを是非教えてくれ」
「聞く前から決めつけが激しいな」
「どこにでもいる令嬢なら興味持ってないだろ」
「それは……間違ってないな」
箱を見ながら彼女を思い出す。思えば出会いから衝撃的なものだった。
◆◆◆
セシティスタ王国にとって隣国と呼ばれる土地、フィルナリア帝国。そこに第二王子として生まれたのが、レイノルト・フィルナリア。優秀だった兄に王座を任せて王家を出れば、兄から大公の座を贈られた。良い迷惑だと思いながらも、兄なりの配慮として受け取った。
生まれついた読心術は幼い頃から自分を困らせた。聞きたくもない事、知りたくもない事が大量に流れ込んでくる。王城で生活する為にそれはとてつもない量だった。
その生活に無理矢理にでも慣れ、自分に近づく者の判別に使いこなすまでは時間がかかった。この力のせいか、おかげか、人付き合いは慎重にならざるを得なかった。
一番困ったのが恋愛だ。
年頃の令嬢方は淑女教育で完璧な仮面を身に付ける反面、心までは美しくなかった。どんなに聖女のようだと崇められた令嬢でも、内心までは聖女ではない。
当時王子だった自分に近寄る令嬢からは、王妃になることや人の上に立ちたい、裕福な者に嫁いで贅沢をしたい等の欲望ばかりが聞こえてきた。
そんな自分本意で身勝手な思考の令嬢達に嫌気がさし、その欲まみれの心を結婚すれば永遠に聞かされるのかと思うと気が遠くなった。
そこからだろう、結婚という扉を固く閉めて恋愛と婚約の道を諦めたのは。
成長し、大人になった今でも周囲の女性は変わらない。それはセシティスタ王国でも同じ、その筈だった。
リトスの手伝いで訪れたとは言え、セシティスタ王国に足を踏み入れたのならば王家に挨拶をしなくてはならない。来賓として招待されていたのはリトスだけだったが、兄に頼まれたこともありセシティスタ王に挨拶をすることになった。
人の多いところはうるさくてかなわないので、さっさと役目を果たして帰ろうと思っていた。
挨拶を終えてホールを歩けば、いつもと変わらない欲まみれの声がこれでもかというくらい聞こえてくる。さすがに慣れているため体調は崩れないが、気分の良いものではない。
気配を消しながらそそくさとホールを抜けて、馬車へと向かった。できるだけ早くここを出たい、そう思っていると突然、耳を疑うような心が聞こえたのだ。
(明日のバイトは……食堂か。働き始めて2年は経つけど、未だに賄いは飽きない。本当にあそこの店長が作るものは美味しいからなぁ)
何とも難解な言葉だった。
多くの言葉が聞こえてくる中で、この言葉は取り分け目立って聞こえた。それだけ独特だったのだ。
ここは王家主催の夜会。
国内有数の貴族が集まり、外からは貴重な来賓が来る言わば華やかな場所だ。
にも関わらず、聞こえてきたのは夜会とは全く関係のないこと。しかも言葉の主は女性だった。
こんなことを考える、変わった令嬢がいるのかと自分の耳を疑った。だが、確かめられずにはいられないと直感が働いた。
気付けば足は会場へ戻っていった。
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