第16話 二人の城下散策④


 時計の裏側を観賞すると、更に上へと進んだ。


 展望階は大分遠い筈なのにそこまで長くかかった感覚はなく、日頃の労働が効いたのか疲労もあまり感じなかった。


「凄い、ガラス張りになってますよ」

「驚きましたね。外で見上げた時には気づきませんでした」


 安全防止の意味もあってか、展望階は周囲一面がガラス張りになっていた。景色を堪能することのできる透明な仕様だ。


「レイ、見てください。待ち合わせに使った噴水が見えますよ」

「どこですか?」

「あそこです、右奥の!」


 豆粒程度にしか見えないものだが、噴水の水しぶきは頑張れば認識できるものであった。


 高いところに来てはしゃぐ様は子どもそのものなのだが、それに気付かずに噴水の方向を指差す。レイノルト様はその様子に呆れること無く柔らかな笑みで付き合ってくれていた。

 

「あぁ、あれですね。小さすぎてわかりませんでしたよ」

「水が吹き出ていますから」

「なるほど。では、シアのご実家は見えますか」

「実家ですか?」

(無駄に大きい家だからわかるかな)


 レイノルト様の言葉を受けて探すものの、時計台は城下街以上に離れているからか見つけられない。


「うーん……見えないですね」

「さすがに人の目では無理ですかね」

「残念ですけど、ここから見るの景色は本当に綺麗なのでそれだけで大満足です」

(今度来る時はオペラグラスでも持ってこようかなぁ)

「私も満足です」


 お互いに笑い合いながら暫しの時間景色を堪能すると、今度は元来た階段を下りていった。


「この階段を往復した訳ですが、お疲れではありませんか」

「平気ですよ。良い運動になりました」

「レイは体力があるんですね」

「それを言うならシアもでしょう」


 爽やかな雰囲気で時計台を出たが、私には一つ確信があった。


(これ絶対筋肉痛になるやつ)


 今は平気でも大分足を酷使したと思う。明日の朝が心配になるのであった。


 その後は昼食を済ませると、おすすめの場所への案内を頼まれた。今度は食関係が良いなと思い考えると一つの場所が浮かんだ。


「私が働く食堂付近には屋台通りがあるんですけれど、良ければそこに行きませんか?美味しいものがたくさんありますよ!」

「美味しいものですか」

「はい。と言っても昼食を食べたばかりですけれど、そこはご安心を。軽食やお菓子などもありますから」

「それは良いですね。早速向かいましょうか」


 話がまとまると街中にある移動馬車に乗り、屋台通りに向かった。


「もしかしてこの前食堂に来られた時は、ここを通りましたか?」

「いえ、全く別の道からでしたので初めて来ます。それにしても活気が凄いですね」

「お昼は過ぎましたけど……いつ来てもここは賑やかかと」


 見慣れた光景が広がると同時に、多くの人で賑わいを見せる通りも見えてきた。目的地に到着して馬車を下り、通りへ向かう。


「シアは普段もここで食事を?」

「仕事帰りとかに少し食べます。頑張った自分にお疲れ様という感じで」

「不思議ですね、想像できます。ちなみに何を食べてるんですか」

「私は毎回串揚げ一択です」

「串揚げ?」


 それは一体何ぞやという視線を受けながら、簡単に説明し始める。


「食べて後悔しない最強の一品ですよ。じゃがいもを揚げてそこにソースをつけるという聞けば簡単なものかもしれませんが、本当に美味しいです。そして何よりも大切なこと……串揚げは激安です」

「激安……」


 珍しく説明に熱が入る。最後の一押しが強かったのか復唱された。


「シアが言うのであれば間違いないでしょう。私もそれを食べます」

「わかりました。ではここに座っててください。すぐに買ってきますので」

「いえ、一緒に」

「すぐ近くですから、では」

 

 申し訳なさそうにするレイノルト様を遮りながら、少し駆け足で屋台へ向かった。

この時間に出現することに珍しがられたが、串揚げを二本手に入れるととんぼ返りのように直ぐ様戻った。


「すみません」

「お気になさらず……さ、食べてください。出来立てが一番ですから」

「あ……では、いただきます」

「いただきます」


 二人ベンチに座りながら串揚げを口にした。安定の美味しさを身に染みている隣で、レイノルト様も気に入ったようだった。


「本当に美味しいですね、これは」

「おすすめの一品です」


 若干どや顔になりかけてたかもしれないと思いながらも、自分の好物が気に入ってもらえたことに少し嬉しくなっていた。


 見事に食べ終えた姿をみて頬が緩んでいたようだ。


「シアのその表情にも納得の一品ですね」

「良かったです」 


◆◆◆


 その後は甘いものや美味しいものを求めて通りを歩き回っていたら、気付けば夕方になっていた。串揚げを食べたベンチに戻ってくると、再び腰を掛けた。


「そろそろ時間ですね」

「本日はどうでしたか……?」

「大満足ですよ、貴女に任せて正解でした」

「よ、良かったです……」


 その一言に体の力が抜けていく。


「ですか名残惜しいですね。まだ貴女と観光をしていたいです」

「お気に入られて何よりです」


 本職の案内人に比べれば及ばない事の方が圧倒的に多い中でも、レイノルト様は優しく誉めてくれた。そんな彼の姿を紳士だと感じていた。


「……シア、一つお願いがあります」

「な、なんでしょう」


 唐突な話の切り替えに思わず身構えてしまう。


「これが終わっても、公式の場でお会いした時はまた話して頂けますか」

「あ……」

「何かの縁だと思っていますので。切らないで頂ければ幸いです」


 取り引き後の事に関しては何も考えていなかったので、レイノルト様の言葉には驚いた。返答に困っていると、レイノルト様は続けた。


「まだ何度かパーティーでお会いすると思うので、その時に話し相手になっていただければと」

「それは……もちろんです」

(そういうことか、びっくりした。話すくらいなら全然)


 戸惑い理解をしようと頭を働かせるよりも前に、レイノルト様が噛み砕いてくれた。


「良かった!これからもよろしくお願いします」

「私の方こそ、よろしくお願いします」


 最後にもう一度発光する笑顔を見れるとは思わなかったが、嬉しそうにする姿はこちらにまで伝染してきそうだった。


「気をつけてお帰りください」

「大丈夫です、ここからはよく通る道なので」

「それでもです。……では、またお会いしましょう」

「はい」


 お互いに会釈をしながら別れ、帰路についた。私が見えなくなるまでレイノルト様が見守っていたことなど知らずに、足早に家へと向かった。




▽▼▽▼

 

 次回からレイノルト視点になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る