第11話 降りかかる難題


 速攻帰宅を胸に誓いながら一人馬車へと乗り込むと、そこで初めて内容を確認した。


「…………なるほどね」


 無理矢理招待状を手配させたのも、朝から騒々しかったこともそこから理解できた。

 

 今回開かれるパーティーはベアトリスと同い年の侯爵令嬢であるビアンカ・フィアス様の誕生会。フィアス侯爵家は長年に渡り王家を支えてきた所謂後ろ楯の一つでもある。


 フィアス嬢は幼い頃から第一王子、第二王子ともに親交があるという話は社交界では有名な話だ。しかし早々に幼馴染みの侯爵令息と婚約したために、王子妃候補には名前が上がらなかった。


 そういう背景を考えると、今回は王子が出席する確率が高いことがわかる。


 恐らく学友という事にかこつけたのだろう。実際どこまでの親交があったか定かではないが、学友ではなく同じ学園に通っていただけの関係な気がする。


(尚更私が長居する理由がないわ)


 私は当然面識がない。そんな人間に来られても困惑するだろうに……。


(それに早く帰ればベアトリスお姉様に余計な勘繰りをされずに済むわ。変に誤解を生まないためにも、突風の早さで帰ろう)


「レティシア、貴女私の代わりに出席したことを良いことに殿下とお近づきになったんじゃないでしょうね」

 あの姉だからこれくらい言ってもおかしくはない。


「秒で帰ろう。秒で」


◆◆◆


 開始時刻から早くも遅くもない無難な時間で到着した。

 招待状を確認する方に経緯を説明すると、微妙な顔をされた。挨拶だけですぐに帰宅する旨を述べてようやく通してもらった。


(姉から招待状をひったくってここに来たとでも思われてるのかしら……さすがに考えすぎか)


 会場入りするだけで既にどっと疲れてしまった。


(……良かった、今ちょうどお一人ね)


 主役なのだから誰かと話していておかしくないのだが、これが本日唯一の幸運だろう。


「失礼します、フィアス様」

「あら……?」


 恐らく見覚えがあるのに名前が出てこない状況だろうが、特段覚えて欲しい理由もない。間髪いれずに挨拶と謝罪をすると、困惑した表情を浮かべた。


「その……ベアトリス様にお大事になさるよう伝えてくださるかしら」

「わかりました」


 私が一礼して去ろうとすると、フィアス様からは安堵の表情が見えた気がした。


(終始疑問符が頭の上に浮かんでらしたわね)


 疲労を感じながら出入口へ足早と向かう。周囲の貴族の好奇な視線を少なからず受けながら、無視をして突き進んだ。


 出入口まであと少しの時に、かすかな黄色い声と共に視線が一つに集中した。思わず足を止めてしまう。周囲と同じように視線を向ければ、エドモンド殿下の姿が見えた。


(帰ろう。さすがに今日は挨拶とか要らないでしょ……主役じゃないんだし。知らなかったフリして帰ろう!)


 意を決して再び歩き出そうとした時、思いもよらぬ呼び止めをくらってしまう。


「おや、レディ。奇遇ですね」

「…………ごきげんよう」


 そこには正装を着こなしたレイノルト様の姿があった。まさかの再会に一瞬体が固まるものの、直ぐ様思考は動き出した。


「急ぎますので、失礼します」

「急用ですか?」

「そうです」

(早く帰りたいんです!)


 そう受け流しながら足に力を入れた。


「これからというものをするのでしょうか?」

「………………………………………………………………」


 衝撃的すぎる一言に足を止める。力を入れていた筈だが、一気に抜けていく。それと同時に自分の中で動揺が沸き起こる。


「…………………今、なんと仰いましたか」

「働きに行くのかなと思いまして」



 あれだけした自己暗示は瞬時に崩れ去った。それでも認めるわけにはいかない。何が最善か最良かぐちゃぐちゃになった頭の中で必死に考えていく。


「……どなたかとお間違えになられてませんか」

「恥ずかしながら……セシティスタで顔がわかる令嬢はレディしかいません」

(そこはいてよ!!)


 無表情の内心は慌てふためいていた。考えれば考えるほど言葉が出てこない。どうにかする方法は一向に浮かびそうに無いために、私は観念した。


「あの日案内していただいたのは、レディで間違いないですよね?」

「………はい。あの、このことは内密にしていただけませんか」

(もうレイノルトこの人にバレてしまうのは仕方のないことよね。正直知っているのが彼だけならば、まだどうにかできるよね?)


 口外しないことを頼む方向で話を持っていくことにした。


「それは……取り引きでしょうか」

「取り引き……」

「はい」

「お……おいくらで」

(さようなら私の貯金)


 コツコツと貯めてきたお金が消えてしまうことを想像しただけで泣きそうになったが、そんな私を見てレイノルト様は可笑しそうに笑った。


「冗談ですよ、レディ」

「え……」

「貴女からお金を受け取るなどしませんよ」

「……そう、なんですか」

(戻ったきた、私の貯金!そもそも消えてないけれど、嬉しい)

 

「そうですね……私が黙っていることでレディから恩を受けられるとしたら」

「としたら……」

「お礼として、レディの一日をくださいませんか?」

「……へ?」


 思いがけない言葉の連続に思考が本調子に戻らない。


「それは……どういう」

「実はまだ長らくセシティスタ王国に滞在する予定なんです。そこで観光をしようと思うのですが、案内役の適任が見つからなくて」

「な、なるほど」

「どうでしょう。これなら相応の取り引きになりませんかね」


 優しい笑顔でそう問いかけられる。今度は冗談ではない雰囲気を察すると、私は頷いた。


「……応じます」 

「よかった」

(これで済むなら……!)


 消え去る不安と再び訪れた面倒事を目の当たりにしながらレイノルト様と日程を決めると、今度こそはと早急に出入口に向かった。

 

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