第10話 投げ込まれた面倒事
自己暗示をかけながら眠りについた翌朝、眠たそうにベッドを降りた。
「うー……」
「寝不足ですかお嬢様」
「多分……?」
「寝不足ですね。本日は仕事はお休みなんですよね?でしたらもう一度寝直すのもアリだと思いますよ」
寝不足の原因はしばらく取り除けそうにないため、二度寝もあまりできない気がする。
「いや……内職する。今週末が納期だから」
「そこは休んでくださいよ」
休みたいのは山々だが、没頭して作業をしている方が余程落ち着く気がした。
書類を取り出すとペンを片手に向き合った。任されていた書類に校正を始めた。内職というよりも在宅の仕事という言い方の方が似合うと思う。
「う……何をやっているのか私にはわかりません」
「慣れると楽しいよ」
「……それは良かったです」
ラナが小難しい文字列に拒否反応を示す横で、書く手を動かし続けた。
集中モードに切り替えようとした時、突然大きな物音が聞こえた。
「何か割れましたね。食器ですかね」
「お姉様でないといいけれど」
侍女のミスで済めば、家の中の静寂は保たれる。だが期待はするものではない。
「嫌よ!!」
同じ建物内とはいえ、遠く離れた場所だと言うのに誰の声か判別できることにゲンナリしながらも、姉の声量に溜め息をつく。
「ベアトリスお姉様……今日もお元気なことで」
「最近は不在が多かったので邸宅内は静かだったんですよ」
「私の休暇日である今日に限って……」
「何というか、不運ですね」
とは言えこの状況も慣れたもの。騒がしいだけならまだ我慢できる。このうるさい日常に唯一感謝するとしたら、集中力が向上したことだろう。
「あれ、でも……本日はお三方とも出掛けられる予定でしたよ。ですから直に静かになると思います」
「早急に出発いただいて」
三人で参加をするパーティーに限らず、基本的に個人の家で開かれるパーティーに好意的に招待されるのはキャサリンのみである。ベアトリスとリリアンヌは無理を言って招待状を手配させることがほとんどだ。それでは招待と言わない気もするが。
「失礼いたします」
何気ない会話は続かずに、部屋のノックが叩かれた。
「はい」
「?」
ラナが急ぎ確認に向かうと、そこに立っていたのは侍女長であった。
「お嬢様はいらっしゃる?」
「もちろんです」
「失礼します」
「……?」
何か言伝てでも頼まれたのだろうかと考える隙も与えずに、侍女長は最悪の用件を言い放った。
「ベアトリスお嬢様が熱を出されました」
「それはお大事にどうぞ」
「今回もわざわざ招待状を手配していただきました」
「……そうなの」
(侍女長がしおらしいなんておかしい。面倒事を持ってきたわね)
「無理を言って招待させたと言うのにこちらの都合で欠席してしまっては、エルノーチェ家に泥を塗ることになるかと」
(既に泥まみれだと思うのだけれど)
「リリアンヌお姉様なら喜んで行くのではないかしら」
「残念ながら、ご学友との食事で外出中にございます」
(ご学友……取り巻きの間違いじゃないかしら)
「ではキャサリンお姉様に」
「キャサリンお嬢様は孤児院への訪問を行っております」
(暇してるお前とは違うんだよみたいな目線を感じる)
「……わかった、代理出席するわ。時間はあとどのくらい余裕があるの」
「一時間後に出発していただきます」
「ラナ、支度を」
「はい」
「ありがとうございます、レティシアお嬢様」
深々と頭を下げると、ベアトリスの看病をしに急ぎ向かって行った。
「……運がないにもほどがあるわよ」
「お嬢様、どのドレスになさいます?」
「ラナが決めて……なんでもいい」
「わかりました」
投げやりの気持ちになりながら準備を始める。
「行きたくないのだけれど……どうして熱なんて出すのよ」
「ベアトリスお嬢様のことですから、本当に不本意なことだと思いますよ」
「それはわかるけれど。代理出席は招待者と親しいから成り立つものでしょう」
「ごもっともです」
ベアトリスが参加をするパーティーのほとんどは彼女の私利私欲が絡んでいるので、私とは無関係のものしかない。
そして悪評を除いても、まともに社交界で交流をしてこなかった私は何処に行っても知り合いが存在しない。それどころか白く見られるだけだ。
「ただでさえ悪評があるのに、お姉様がぶん取ったパーティーなんて地獄そのものよ」
「まるで尻拭いですね」
「尻拭いよりたちが悪い気がするわ」
強引にもぎ取った招待状なのだから、本人が行くべきなのは明確だ。
「欠席で済ませたらいいのに」
「それでは一応相手に失礼にあたりますから」
「出席してもが失礼でしょう」
「……とんでもない面倒事ですね」
前にも後ろにもいけないこの状況は、常識的に生きていれば存在しない。これは非常識で自分本位なベアトリスにしか作れないものだと断言できる。
「……百歩譲って大人しく参加するから、お給金を出して欲しいわ!」
人の時間を奪うのだから見返りを求めたい所だが、あの姉相手には無意味な願いだろう。
「決めた、主催者に事の顛末と挨拶だけ告げたら速攻で帰ってくる」
「それは……」
「失礼だとかマナー違反だとかは受け付けないわよ。誰かさんのおかげで私の評価は泥まみれなんだから、これ以上何したって文句言われようがないでしょう……!」
「……健闘を祈ります、お嬢様」
悲痛な嘆きを部屋中に響かせると、嫌々ながらに支度を進めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます