第7話 二つの報告

 帰り道、それは寄り道をしたくなるというもの。サーシェと二人で通りに並ぶ屋台を物色し始めた。


「決まった?」

「待ってシア。まだ悩み中」

「いくらでも悩みな、今日は早めに終わったからまだ外は明るいし」

「確かにそうなんだけど……言葉に甘えてると一生決まらないから、そろそろ決める」

「一生はかかりすぎかな」


 ロドムさんの作る食事が美味しいことに間違いはないが、通りに並ぶ屋台も負けていない。


「どれも味が確かだってわかるから、尚更悩むんだよね……」

「私は芋の串揚げにする」

「本当にそれ好きだよね?!」

「美味しいからね」


 揚げたお芋の上に店特性のソースがかけられた一品。美味しいのは買う理由の一つだが、大きな理由はコスパである。通りの屋台で最も安い品であるにも関わらず、量はトップを誇る。


「私も今日は串揚げにしようかな……」

「おすすめだよ」


 働き始めた頃は、夕飯の前ということもありサーシェに誘われても我慢をしていた。だが、最近になって胃袋が拡張したのか串揚げ一つでは夕飯に影響を受けなくなっていた。

 

 人は動くとお腹が空くから。そう笑うマーサさんの言葉が身に染み始めたのも同じ頃であった。


「おじさん、串揚げ二つください!」

「お、シアにサーシェじゃないか。お疲れ様!ちょっと待ってな!」

「はーい」


 串揚げばかり買うもので、屋台の店長とはすっかり顔馴染みになってしまった。

 この屋台の良いところは出来立てを食べれるという点である。

 サーシェと二人、屋台の前にある椅子に座りながら明日に関する話をし始めた。


「それにしてもびっくりしたよね!まさか視察にくるだなんて」

「視察というよりも、食材の提供に関する相談の可能性が高いと思う」

「でもそれって、ロドムさんの腕を聞きつけてってことだよね!?」

「それは間違いないと思うよ」


 ロドムさんの腕の良さがどこまで噂として流れているかはわからないが、視察という名目なのは自分達の口で確かめるという意味も込められているのだろう。


「シア、サーシェできたぞ!」

「ありがとうおじさん!」

「ありがとうございます」


 出来立ての串揚げを食べながら、仕事の疲れを癒していく。

 明日は激務というよりは、精神面で疲れるだろうなと考えながら芋の味を噛み締めていた。


「……ごちそうさま」

「ごちそうさま!」

「あいよ!またよろしくな」

「「はーい」」


 明日も頑張ろうと言いながらサーシェと分かれると、のんびりと自宅へ向かった。


◆◆◆


「ただいまラナー」

「おかえりなさいませお嬢様!」

「元気だね」

「それどころじゃありませんよ!」

「何か大変なことが?」

「はい!ありました!」

「ふーん……取り敢えず着替えてくる」


 在宅用のドレスに着替えながらラナの言う大変な用件を考えていた。


 真っ先に浮かぶのは当然キャサリンだが、こちらは最早日常の出来事と言える。ラナが焦るような事態ではなさそうだ。


 だとしたら他の家族だろうか。

 よくわからないが、聞くことが一番早いという結論に至った。


「はい、座りました」

「お疲れ様でしたお嬢様」

「うん」


 話を始める前に、ラナが労りの紅茶をいれてくれた。


「それで、何があったの」

「それが、本当に驚くことですよ」

「驚くこと?」

「はい。しかも二つも!」

「二つも……?」


 どうやら私が普段と変わらず出勤している裏で、騒動があったみたいだ。


「なんと、キャサリンお嬢様が王子妃候補に選ばれました」

「……へぇ」

「こちらはまぁ、お嬢様からすればそこまで衝撃はないと思いますが」

「うん。お姉様の計画通りね、良かったじゃない」

「とんでもなく他人事に思ってません?」

「実際他人事だし……」

「それは……確かにそうですね」


 驚くこと、というよりは「ようやく決まったか」という気持ちの方が圧倒的に強かった。

 

「お相手は第一王子ね?」

「はい。まだ候補という段階なので、これから増えていく予定みたいです」

「……現時点で確定しているのが、キャサリンお姉様だと」

「そういうことです」


 ようやく動き出した王子の婚約話。それは同時に三人の姉の戦いも本格的に始まることを意味していた。


「ベアトリスお姉様とリリアンヌお姉様は元気にしてる?」

「それはそれは大層お怒りでしたよ」

「……これからいつも以上に騒がしくなるわね」

「お嬢様は蚊帳の外という認識で良いのですよね?」

「関わる気は毛頭ないんだけどね。不思議なことに避けても向こうからくるから、どうしようもないわ」

 

 今まではあくまでも自身の魅力を伝えることが全てだった。

 婚約者候補が決まってくれば、当然話が変わってくる。


「でも裏で蹴落とし合いが始まりますね?そうしたらお嬢様は関係なくなるのでは」

「……そうもいかないのが現実よ」

「え」

「考えてみて。婚約者であって、確約ではないわ。そうなると、ラナの言う通り蹴落とし合いが始まる。つまり他者より少しでも優れていないといけなくなるのよ。そうなった時、キャサリンお姉様は私を放置してくれるかしら?」

「……いつも以上に利用されるかと」

「そういうこと」


 それさえ……それさえ乗りきれば、ようやく解放されるというものだ。


「酷い時は逃げてくださいね……?」

「最悪な場合はそうする」


 とは言え、キャサリンの行動はパターン化されているためそこまで対処は困らない。ただ、いつも以上にしつこく絡んではくるだろう。

 念願の夢が叶うのだ。手段は問わないと思うが、お願いだから私のことは放っておいて欲しい。


「……それで、もう一つの方はなに?」

「あ!そうでした」

「何故かカルセイン様がわざわざいらしたんですけれど、その隣に見たことのない方がいらっしゃいまして」

「見たことのない方?」


 カルセインが業務時間にエルノーチェここを訪れるのも珍しいことだが、その隣に知らない人もいたとは驚きだ。


「侍女の噂だと隣国?の高位貴族の方らしいです。エルノーチェ家の令嬢に会いに来たと言われてますが、本日キャサリン様は候補の報せを受けに王城に行かれて不在だったのです。カルセイン様の失念していました、という声が聞こえたそうなので間違いないかと」

「確かにエルノーチェ家の令嬢はキャサリンお姉様だものね」

「夜会でのお礼をしに来たらしいです。これはあくまでも噂ですけど」


 ラナがやけに噂を強調する。 


「でも本当に噂なんです。その後しっかりカルセイン様はお連れ様と何か仕事をしてらしたので」

「あぁー……」


 なるほど、理解できた。


 恐らくキャサリン付きの侍女辺りが勝手に勘違いをして、そう吹聴しているだけだろう。

 まともに考えれば仕事をしに来ただけだということがわかる。婚約者候補に選ばれたこともあり、キャサリン付きの侍女は浮かれているのだろう。おめでたい頭だ。


「……そういうことです」

「とにかく大変だったでしょう。ゆっくり休んで、ラナ」

「それはお嬢様も同じですよ!」

「はぁい」


 欠伸をしながら体を伸ばす。

 特に気に留める話でもなかったなと感じながら、明日の早起きに備えて準備を始めた。

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