第6話 公爵令嬢は出勤する
キャサリンによるいつも以上の絡みに加えて、初めてとも言える夜会でのまともな会話。様々な疲労がたまった為に、家に着くとすぐに眠りについてしまった。
朝いつも通りに起きれたのは早めに寝たことが大きいだろう。
「お嬢様、もう出発なさいますか」
「えぇ、これ以上もたもたしてると遅刻してしまうわ」
「今日くらい休まれても良いのに……」
「家にいたってすることは特にないから」
「休むことも大切ですよ!」
「帰ってきたら休むから」
「全く……」
ラナが心配してくれるのはありがたいが、この出勤はもはや習慣化して身に染み付いたものでもある。行かない方が変に感じてしまうのだ。
「じゃあいってきます!」
「お嬢様、帽子を忘れてます!」
「あ、ほんとだ。ありがとうラナ」
「気をつけてくださいね」
「はーい!」
使用人の勝手口から家を出ると、急ぎ足で職場に向かう。服装はラナに似たものを用意して、髪もかつらを被る。ラナのフリをしていつも家の出入りをしている。
午前9時30分。
私の出勤時間は大体この時間だ。
家の者は絶対に使わないであろう舗装されていない裏道を通って街に下りていく。
「よかった、間に合いそう」
腕時計で時間を確認しながら歩みを緩めた。
何年も通う中、見慣れた通勤風景だが退屈に感じることはない。眩しい日差しを帽子で避けながら、軽く体を伸ばした。
「いい天気。こういう日は働き日和よね」
食材やちょっとしたアクセサリー、食器などの生活必需品等々様々なものを売る数々の屋台が並ぶ通りを進む。その先に職場の一つである食堂はある。
「おはようございます」
「おはようシアちゃん!」
「おぉ、来たかシア」
もちろんレティシアという名前を使えるはずもなく、適当にシアと名乗り始めた。今では愛着はわいているし、こちらの方が本当の自分だと思うほどだ。
「急いで支度してきますね」
「まだ人は来てないから、急がなくて大丈夫よ」
「ゆっくりでいいさ」
「はい」
食堂はロドムさんとマーサさんの夫妻が営んでいる。ロドムさんの料理の腕は素晴らしく、どの料理も絶品。その味が好きな常連は多く、食堂は毎日繁盛している。かくいう私もその一人だ。ここの食堂を働き続けている理由には、間違いなく賄いが入るだろう。
「シア今来たの?」
「おはようサーシェ」
「おはよう~」
サーシェは私と共に働く従業員。
サーシェの方が働き始めが一年早く、私の先輩にあたる。だが歳は同じであるために、本人の希望で楽な話し方をとっている。
「ねぇ聞いた?」
「何を?」
「近々貴族の方が視察に来るって話!」
「初めて聞くかも」
「私も最近知ったんだけどね。何でもロドムさんの料理の評判を聞いて、視察ルートにここも入れるんだとか」
「へぇ~」
それは困ったことになったな。
貴族のなかでもレティシアはある意味有名な為に顔を知る人は多い。かつらで髪色を隠しているとは言え、リスクは伴うだろう。
「視察に来るのはどんな人だろう」
「それが、隣国の人みたい」
「隣国?」
「うん。商売関係で街を回るみたいなんだけど、商品を持ってここにも取り引きしにくるみたい」
「ということは、何か食材かな」
「かもね」
隣国ならば大丈夫だろうと思い、特に働く日程を考えることはしなかった。
「シア、サーシェ。準備はできたかい」
「今行きます!」
「はーい!」
マーサさんに呼ばれると、話は一度中断となった。準備室から食堂の一角に集まると、朝のミーティングが始まった。
「今日は二人に話しておきたいことがあるんだよ。といっても、さっき話してたと思うけどね」
「やっぱり視察があるんですか!」
「落ち着きなサーシェ、その話は本当だよ」
「わぁぁあ」
「それで、視察はいつになるんですか」
「明日だ」
「「え?」」
急展開に二人揃って驚いてしまう。あれだけ興奮していたサーシェも動きを停止するほどだ。
「急な話になってすまないね。元々もう少し後の予定だったんだが、息子の結婚式と重なってしまうことに気づいてね」
「結婚式の後だと、恐らく国へ戻る日だと言われてな」
二人の息子さんは遠方で暮らしており、結婚式もそこであげるようだ。向かうだけでも時間がかかってしまうため、視察の日は限られてしまうだろう。
「折り合いをつけた時、明日しかなかったんだ。二人には急な話で申し訳ないんだけど、手伝ってもらえるかい?」
「もちろんです!」
「わかりました」
「助かるよ!!」
突然ではあるものの、あくまでも手伝いである為に深く考えずに承諾をした。元々明日は働く予定だったこともあり、何の問題もなさそうだ。
「それで明日は午前は休業にする予定なんだ。でも準備があるから、できるだけ早く来てくれると助かるよ」
「任せてください」
「頑張ります」
「すまねぇな」
早起きが確定した所で、開店時間を迎えた。
「バタバタして悪いね。取り敢えず今日も頑張ってくれ!」
「「はい!」」
開店と同時に常連さんが顔を見せる。朝から賑わいを見せる中、気を引き締めて仕事に取りかかった。
一通り働くと、待ちに待ったお昼休憩。
サーシェと交代するように賄いを口にする。
「今日はチャーハンだ。すまねぇ、ありものになっちまった」
「お気になさらず!ロドムさんの料理は何でも美味しいので」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」
「本当のことですよ。では、いただきます」
「あぁ、食ってくれ」
ありものだなんて言うが、それでこのクオリティなのだから本当に腕は確かなものだ。
「美味しい……」
味わいながら食べ終えると、急いで午後の業務に取り掛かった。
混み具合は特にいつもと変わらないが、昨日の疲労が残っていたことあり、少し余計に疲れてしまった。
夕方に差し掛かる頃、業務を夕方からの従業員と交代して仕事を終えた。帰り際にマーサさんに「明日は頼んだよ」と言われると、笑顔で頷いた。
「「お疲れ様でした!」」
サーシェと二人、食堂を後にした。
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