第4話 茶番劇は続く

 

 王家特有の銀髪では夜会のどこにいても目立つ。端正な顔立ちは間違いなく、令嬢人気の一つだろう。

 物腰柔らかな声色でキャサリンに安否を問うのは、我が国セシティスタ王国第一王子エドモンド殿下だ。


 その隣で嫌悪の視線を向けるのが兄であるカルセイン。王子の隣だというのに霞むことなく存在感を放つ美男子で、睨み付ける表情さえ周囲の令嬢は美しいと言うほどだ。 


「キャサリン、怪我はないか」

「お兄様、私なら平気ですわ」

(……第三幕開始、みたいね。長丁場にするのは勝手ですけれど、時間の無駄という言葉はご存じないのかしら)


「レティシア、何をした」

「お兄様、レティシアは悪くありませんわ。……私の言い方が悪かったかと」

(会話のキャッチボールって知ってます?一応私に聞いたと思いますけど)


 キャサリンは作り上げた自分の苦労が伝わるように、押されるまでの経緯を話した。


「キャサリン嬢、間違いや過ちを咎めることは悪いことではないよ」

「あぁ。それを認めない方に問題がある」

「殿下、お兄様……」

(凄いよな、本当。普段はまともで優秀なお二方なのに。おかしなことに、キャサリンの言うことになると双方の話を聞くことや、片方の話を鵜呑みしないという当たり前のことができなくなるのだから)


 だがこれに関してはカルセインの生い立ちに原因があると感じてる。


 カルセインは今でこそお父様について私たち姉妹や家に寄り付かない生活だが、当然幼少期は異なっていた。

 

 お母様は家の中だとお父様にしか猫を被らなかった。カルセインには素を見せていたため、彼は母親が悪女だということは理解できていた。そして悪影響を受けたかのように育ったベアトリスとリリアンヌを目の前に、エルノーチェ家に対する嫌悪が増幅していった。


 私が生まれる前のことは知らないが、気づいた頃にはカルセインは私たち三人を軽蔑していたと思う。

 

 キャサリンがどう取り入ったかは不明だが、私の悪評は姉二人と母の悪影響を受けて育ったと言えば大いに納得できる。何せ前例が二つもあるのだから。


「でも、私の言い方がきつかったのは事実ですから……本当にごめんなさい、レティシア」

(そう思うのならば絡まないでいただけると幸いです、お姉様)


「キャサリン、相手にするだけ無駄だ。放っておくのが一番だ」

「お兄様いけません。私はレティシアの姉ですよ?見捨てるだなんて」

(お兄様の意見に賛成です。とっても!)


「それでもだ」

「お兄様……」

「……取り敢えず、今日はもういいのではないかな」

(殿下グッジョブ。役に立つこともあるんですね)


 エドモンドの一言に納得する素振りを見せたキャサリンは、二人に連れられてその場を後にした。


 私に残ったのはいつも通り周囲の侮蔑の視線だ。


(……そういえば喉渇いたんだった)


 ようやく茶番劇から解放された私は、飲み物を取りにむかった。


 今頃キャサリンはお兄様か殿下と踊っていることだろう。いつもその流れなのだ。


 妹の面倒を頑張って見るも、私のせいで傷ついてしまうキャサリン。落ち込む彼女に気分転換にどうかとダンスを申し込む。と、ここまでがセットである。


 毎度飽きずによくやるなぁと思いながらも、それだけ王家の婚約者への執念が強いということだろう。行動力に改めて感心しながら、よく頑張ったと自分を心で労った。


(今日はどれを飲もう……)


 飲み物や食べ物が置かれた場所に着くと、真剣に吟味し始めた。

 といっても未成年でお酒は飲めないので限られている。前世でもそこまでお酒は飲まなかった方なので、恋しくなることはない。


(飲み物は……あれ?緑茶みたいなものがある)


 緑の透明な飲み物、あれは恐らく緑茶だ。それが目の前にあることに驚きを隠せない。

 

 セシティスタ王国には紅茶はあれど、緑茶は存在しないのだ。他国に存在することは知っていたが、輸入もしていなかったはず。それなのにあるということは、輸入を始めたということだろうか。


(……飲もう!)


 迷わず手に取ると、一口飲み込んでみる。


(……美味しい)


 その味は記憶でしか覚えていないはずなのに、体まで喜びを感じていた。久し振りに故郷に戻った、そんな感覚に襲われると心が一気に穏やかになった。

 茶番劇の疲労が嘘みたいに消えていく。


 喉の渇きが酷かったこともあり、一気に飲み干してしまう。


 もう一杯手に取っておこうと思い、グラスに手を伸ばした。


(それにしても皆飲んでないんだな。結構余ってる……)


 今となっては無関係な存在だが、それでも少し寂しさを感じてしまう。

 グラスを片手に並べられた緑茶を眺めていると、突然声をかけられた。


緑茶それはお気に召しましたか、レディ」

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