第3話 反論は内心で

 三人の姉にはそれぞれ取り扱い説明書と対処法が存在する。もちろん私独自のものだけど。


 キャサリンに絡まれてしまった時の対処法。はっきり言って聞き流すのが一番だが、それはエルノーチェ家内での話だ。


 非常に面倒なことに、キャサリンに社交界で絡まれると第三者が現れる。それはキャサリンの取り巻きであったり、キャサリンに好意を寄せる者であったりと様々だ。


 当然キャサリンの味方である彼らは、度々私に苦言を呈する。曰く、なぜキャサリンを困らせるのかと。

 困らせた覚えなど無いが、反論はするだけ無駄なのでしない。


 基本的には一方的に苦言を述べて帰っていくのだが、稀に対話を求めてくる場合がある。さすがに身内以外に無視をするのは失礼にあたる上に、新たな問題に発展しかねないので面倒事を避けるためにも対応は必須だ。


 その為に、社交界ではキャサリンの話を真面目に聞かなくてはならない。


 だがまともに相手をすると疲れるのが悲劇のヒロインだ。そこで集中力を切らさないためにも、心の中で毒づきながら聞くことが対処法のひとつになる。


「レティシア……」


 深刻そうな表情で近づいてくる。

 どうやら今日はは一人のようだ。とはいえ、後からいくらでも取り巻きは来る。


「やはりドレスは気に入らなかったかしら……」


 周囲に聞こえるギリギリの声で話すのもキャサリンがよく使う手法だ。


「今度こそはって思ったのだけれど」

(…………?)


 ドレスが話題に上がるが、残念ながら本気で記憶がない。

 今日は王家主催のパーティーだ。

 気合いをいれるのはキャサリンも同じで、ドレスの注文を始めとした事前準備にかなりの時間を割いていたはず。


 だから私にかまっている暇はなく、ドレスを贈るという名の嫌がらせはされてない。


「今度こそは良いドレスを選べたと思ったの」

(貰ってないけど)


「数ヶ所のお店を見て回って、それで見つけたの……」

(ご自分のドレスのことですよね)


「好みじゃ……なかったのね」

(どのドレスを言っているかわかりませんけど、基本的にお姉様が渡すドレスは悪趣味そのものだから。私の好みとは確かに違いますね)


「レティシアに……似合うと思ったのだけれど」

(それはどのドレスのことだろう。フリルにフリル、もはやフリルでできた、へんてこりんなドレスかしら。それとも金銀を使って派手さを重要視したデザイン性皆無のドレス?まさか胸元や肩が異常に開いた品も知性も感じられない下品なドレスのこと言ってますか、ご冗談を)


「……ごめんなさいね」

(まずはご自分で着られたらいかがでしょうか。お姉様でしたら着こなせるでしょうから。きっとお似合いになられますよ)


 俯くキャサリンを慰めることなどせずに、むしろ心の中で無感情のスマイルを向けていた。

 

 キャサリンに同情するような視線と、私を咎めるような視線が少しずつ現れ始めた。


「あら……レティシア」

(まだあるんですか。今日は長いですね)


「そのネックレスは気に入ってくれたのね」

(茶番劇は第二幕を開けたな)


「嬉しいけれど……それは贈り物ではなく私の私物だから、使うのならば一言欲しかったわ……」

(このネックレスは本物の宝石を使っていないんですよ、お姉様。宝石に目がないお姉様の私物?もしかして目が腐りましたか。それとも記憶が飛びましたか。病院を勧めますよ)


「レティシア……誰かのものを使う時は、相手に断ってから使うようにね?」

(お姉様……まずは己の心を見直すことを進言致します。理解できないでしょうから口には出しませんけど)


 周りからは、今日もキャサリンは不出来な妹を優しく諭す姉と映るだろう。 


 反論し、キャサリンの化けの皮を剥がすことを考えたことがないわけではない。

 だが、私が初めて社交界に足を踏み入れた時から私を見る目は悪い存在だと確信するものだった。


 その時悟ったのだ。

 噂や一方の話だけを鵜呑みにするような者達など、こちらからお断りだと。


 騙す者と決めつける者同士、仲良くやっているのが一番いい。わざわざ化けの皮を剥がす必要なんてない。


 父と兄の時もそうだった。

 幼い時以来、久し振りに会ったあの日。開口一番に放った言葉は「何故キャサリンに当たるんだ?」であり、兄に至っては初めから軽蔑の視線を向けてられていた。それを受けて、わかり合う必要はないと即座に判断した。 


 その気持ちは今でも変わらない。


「次から気を付けるのよ?」

(はーーーーーーーい。やばい、今の少しリリアンヌお姉様みたいだったな)


 話が尽きたのか、劇が終わる雰囲気を感じた。


「……きゃあっ!!」


 どうやらそれは思い違いのようで、キャサリンが一人で後ろによろめいた。

 まるで私に押されたと言われんばかりの動きである。


「何をしてる、レティシア」

「……大丈夫かい?キャサリン嬢」

「お兄様、殿下…………」


 背後から、面倒事が歩いてきた。

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