第2話 夜会の始まり

 なんとか開始時間までに会場入りができた。


 いつもなら到着して直ぐに単独行動が開始されるが、珍しく姉達は大人しくしていた。同じく私も壁には向かわず、姉達の傍で父と兄の到着を待つ。


 存在感の強い真っ赤なドレスを身に纏うのがベアトリス。ブロンドの髪は緩やかに巻かれている。

 リリアンヌは結局ドレスを変えなかったようだ。ふんわりとピンク基調で華やかなドレスだが、フリルがつきすぎで甘すぎる印象を与える。確かにと言える。


ベアトリスよりは暗いブロンドの髪はツインテールになっている。

 キャサリンは青を基調とした、品のあるドレス。髪色は父親に似たプラチナブロンドだ。

 私のドレスは紫と白を基調にしたものだが、デザインはそれほど派手ではない。ホワイトブロンドの髪色は、姉妹の中でも一番色素が薄いと思う。


 よくキャサリンからプレゼントとしてドレスが贈られるが、フリルが異常についていたり、胸元が開いていたりと趣味の悪いものしかない。悪意しか感じないため、自分でドレスを用意するのだが、彼女はその状況さえも利用する。


 曰く、贈ったドレスが気に入らないと癇癪を起こされ残念ながら着てもらえなかったと周囲に言い回る。

 恐らく私が何をしてもキャサリンは自分の有利になるように立ち回る。反抗するのは時間の無駄だろう。



「久しぶりに殿下にお会いできますわ」

「楽しみですねぇ」

「……はぁ」

「…………」


 浮き立つ様子の姉二人と、まだ何も問題を起こしていないというのに疲れた様子を見せるキャサリン。彼女の演技は会場入りした時から始まっている。


 王家が挨拶を終え、続いて来賓と交流を始めた。これが終わると国内の貴族が挨拶をしに向かうことになる。公爵家であるエルノーチェ家は序盤だ。


「揃っているのか」

「……」

「お父様」


 やや疲労気味に現れたのが父であるエルノーチェ公爵、その後ろを無言でついてきたのが兄であるカルセインだ。


「お父様ぁ。リリーは殿下と婚約したいのです。今日こそ頼んでいただけますよね?」

「リリアンヌ、でしゃばらないで。婚約するのは私よ?」

「まぁお姉様!いつ決まったのですか?そんなこと一言も聞いていませんよ?」

「言わなくてもわかることでしょう」

「「………」」


 王家主催のパーティーがある度に始まる二人の主張。最初こそ父は咎めていたが、すぐに諦めた。


 王家には二人王子がいる。

 第一王子は優秀でとても穏やかな方と言われている。兄とは23歳の同い年で、幼い頃から親交を深めている。

 第二王子も優秀な方だが、剣一筋で騎士となった為に継承権は早々に放棄した。年齢は第一王子とは3歳離れた20歳。

 兄弟仲は良好と聞く。


 二人とも成人済みだが、婚約者はまだいない。だから姉達は高望みをし続けているのだ。自分こそが婚約者になるのだと。


 この件に関しては二人の姉だけでなく、キャサリンも関わってくる。ほぼ確実に、彼女も空席のその座を狙っている。悲劇のヒロインを演じる理由はここにある。果たしてそれがどこまで有利に働くかはわからないが、印象としてはベアトリスとリリアンヌに比べてはるかに良いもので間違いない。


「……父上、来賓の接待が終わったようです」

「わかった」


◆◆◆


 さすがの姉達も国王陛下の前では大人しくしており。時間をかけずに挨拶を済ませることができた。


 ただ静かなのは表面上で、これでもかというくらい熱のこもった視線を二人の王子に向けていた。毎度気の毒に思うが、どうしようもないので沈黙を貫いた。


 既に王子側からすれば疲労を感じるものだが、問題はここからだというのは言うまでもない。一通り貴族の挨拶が終われば、王子達に向けての個人的なアピール合戦が幕をあけるのだ。


 毎回巻き込まれないように人気のない場所へ避難するのだが、恐ろしいことにキャサリンは必ずついてくる。撒こうとしても「すみません、うちのレティシアを見ませんでしたか」と心配する姉として探しにくるのだ。

 無駄な抵抗だと気付くには時間はかからなかった。


 避難を始めようと思案していると、既にベアトリスとリリアンヌはそれぞれ王子に絡み始めていた。

 よくやるなと感じながら、そそくさと壁のすみっこに移動した。


 壁を背に二人のお姉様を改めて観察する。遠く離れたせいで会話は一つも聞こえないが、表情とオーラから王子がいかに嫌がっているかがわかる。王族たるもの、普通は紳士の対応をするものだが、あの姉達は例外に値するだろう。話しかけることはないが、そこには私も入ると予想される。


 相手をするのはエルノーチェ家の令嬢だけではない。当然他家のご令嬢方も戦いに参戦する。今日も長くなるであろう戦いを他人事として眺めながら、関係ないことを考えていた。


(明日のバイトは……食堂か。働き始めて2年は経つけど、未だに賄いは飽きない。本当にあそこの店長が作るものは美味しいからなぁ)


 店長の作る賄いを想像しながら、明日の食事が楽しみになってくる。


 王家主催とはいえ、ここに足を運ぶのは憂鬱そのもの。楽しいことを考えないとやってられないのが現状だ。


(…………喉渇いた)


 少し離れた場所に置かれた飲み物を見て、取りに行こうと動き出す。だがすぐに足を止めた。

 

 目の前にはキャサリンが立っていた。

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