第1話 騒々しい日常

 四人も女子が家にいると常に騒々しいのだが、パーティーや夜会に出席する人が複数いると更に騒がしくなる。


 それに加えて今日行われるパーティーは年に数回行われる王家主催のものだ。そのため姉達の力の入れ具合がいつも以上である。


「この化粧は何?!気に入らないわ!」

「申し訳ございません!」

 

 ベアトリスの怒号が飛ぶ。


「やっぱり別のドレスにしようかなぁ」

「リ、リリアンヌお嬢様。現在着られているドレスが一番お似合いです」

「そぉ?」 


 やれドレスが気に入らない。やれ化粧が気に入らない。こんなことは日常茶飯事で、侍女達は機嫌を取るのに一番労力を使っている。


 とっくに準備を終えた私は、姉達が終わるまで自分の部屋で待機をしている。待たされるのはいつもの事だ。


「今日はいつも以上に時間がかかる気がします」

「かかるでしょうね」

「それに比べてうちのお嬢様は即断即決……むしろ悩んで欲しいくらいです」

「じゃあお姉様達のように駄々をこねましょうか」

「嘘にございます。今のままでいてください」


 私付きの侍女であるラナは、この家で唯一信頼できる存在だ。エルノーチェ家全体で雇っている侍女は多いはずだが、三人の姉に人員がさかれ、私の面倒を見るのは主にラナのみである。


「そう言えばお嬢様。先日またキャサリンお嬢様に絡まれました」

「そう。お姉様のことだから『レティシアに仕えるのは大変でしょう。いつでも私に相談して。』……かしら」

「いえ。最近はより酷くなられてまして」 

「そうなの?」

「はい。新人の侍女達の前で『レティシアにぶたれたと聞いたわ。頬は痛まない?』と聞かれました」

「……ここまでくると虚言癖ね」


 私が嘘を訂正しないのを知って、あることないことを周囲に吹き込む姿は今に始まった事ではない。

 この演じる姿を考えると、社交界での母に最も似ているのはキャサリンではないかと思う。

 

「言い返す気力も無かったので、ただ一言大丈夫ですとだけ」

「お疲れ様」


 ラナは社交界に疎く、エルノーチェ家のことをよく知らないまま侍女として採用された。そして直ぐに私付きの侍女となった為に、悪評を耳にしたのは仕えた後だった。


「最近侍女の間ではまたキャサリンお嬢様の株が上がっているんですよ」

「へぇ」

「四姉妹の中で断トツに仕えたいお嬢様として言われています。他は業務が過激で大変だと」


 キャサリンの凄いと思うところは、侍女にまで徹底して天使のような振る舞いをしていることだ。一体いつ毒を吐き出しているかはわからないが、ここまで演じきる姿はある意味称賛に値するだろう。


「私からすればお嬢様が比べる間もなく大当たりですけどね」

「確かに業務は過激じゃないわね」

「過激なんてとんでもない。手がかからなさすぎて本当にご令嬢かと疑うほどです」

「……」


 中身は転生者だから生粋の令嬢でないことは確かだ。


「だからお嬢様の悪評を聞いた時は驚いたんです。誰の話?と思うほど別人で」

「あはは……」


 苦笑いせざるを得ない。

 普通、悪評や自身にとって不利な噂や嘘は火消しをするのが当然のことだ。それをやらずに長らく放置された結果定着したのだから、評判は嘘偽りないものと受け取るのが正しい。


「何度も聞きますけど、火消しするつもりはもうないんですよね?」

「えぇ」


 即答で頷く。

 そもそも気付いた頃には火消しできないほど悪評は定着していた。上の姉二人のあの姿が納得する要素となり、苦労人として知られるキャサリンの言葉が更なる後押しとなったことで、どうにもできない境地にまで達していた。

 

「火消しをしてもしなくても、私の未来には関係ないもの」

「本当に出ていかれるんですか?」

「もちろん」 

「考え直す気は?」


 かなりの頻度でラナはさりげなく説得を仕掛けてくる。もちろん心配してくれるのはわかっているが、それでも譲れない決意がある。


「ない。それはラナが一番わかってるでしょう」

「そうですね。お嬢様の逞しさをみたら本当に一人で暮らしていけそうで、変に安心しますよ」


 早く自立をしたい旨を嫌と言うほどラナは聞かされている。だからしっかりと応援してくれる。


「本当は今日だってパーティーなんか出ずに稼ぎに行きたいくらいなのに」

「お気持ちはわかりますけど、王家主催ですから」


 貴族である限り、義務は果たさなくてはいけないだろう。


「……やはりベアトリス様達は時間がかかっていますね」

「気合いを入れたくなるのはわかるけれど、入れる方向を間違えてると思うわ」

「そうですね」

「それにしても王家主催というだけで、どうしてここまで張り切るのかしら」

「お嬢様。お嬢様は興味がない故に知らないのでしょうけど、今日は来賓が豪華だと聞いています」

「……へぇ」

「なにより王子様方に会えるのも、最近では機会が限られますから」


 お姉様達は幼い頃から結婚適齢期にあたる現在まで高望みをし続けた。その結果、未だに婚約者はいない。


「確かに周りが結婚していけば焦る気持ちもわかるけれど、それなら視野を広げるべきなのに……」


 当然この助言は無意味なので、心にだけ留めておく。


 結局出発できたのは間に合うかどうかのギリギリの時間であった。

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