第14話 過去
“えっ、なにこれ……?”
いつのまにか、トビは知らない場所に立っていた。
辺りは緑に包まれた庭園のようだった。しぶきの上がる噴水があり、手入れの行き届いた庭木が生え、花々が咲き乱れている。さらにその先には、白亜が映える大きな城が建っていた。
“あれって、ドロップ王国のお城だわ”
辺りを見回して振り返ると、花の咲いた蔓がからまったアーチをくぐって、片翼のオオタカが歩いてきた。今のような簡素な服を着ておらず、騎士が着るような装飾のついた立派な衣装を身にまとっている。
“もしかしてこれは、オオタカの記憶……?”
オオタカはトビに目を向けることなく横を通り過ぎて行く。すると城のほうから、一人の人間がオオタカのもとへ歩み寄ってきた。紫色の大人びたドレスを身にまとった若い女性で、つややかな黒髪をトビと同じように後頭部でひとつにまとめている。後ろに従者をひとり引き連れて、彼女はオオタカの前まで来て足を止め、微笑んだ。
「どこへ行っていたの?」
「街だ。迷い犬を探していた」
「見つかった?」
「あぁ」
「良かった。ふふっ、こんなに汚れてしまって」
女性はくすくすと笑い、そっと手を伸ばしてオオタカの頭についていた落ち葉を拾った。
「ここでの生活はもう慣れた?」
女性は落ち葉を弄りながら、首を傾げて尋ねた。
オオタカはなにも言わず、後ろを振り返る。小高い山の上に造られた城からは、街並みが良く見渡せた。青々とした木々と白壁の家々が並び、その奥に青く澄んだ海が広がっている。
「ねぇ、オオタカ。あなたには自由でいてほしいの」
一体と一人の間に、心地よい風が吹き抜けていく。
女性はおもむろに、オオタカの手を握った。オオタカが視線を自分の手に落とし、彼女と向き合う。
「こんな格好をさせてしまっているけど、あなたをこの国に縛るつもりはないわ。大好きなもののそばにあなたはいて、守りたいと思うもののためにあなたは戦いなさい」
柔らかい両手が、オオタカの右手を祈るように包み込む。女性は花の咲くような笑顔を浮かべていて、その瞳は強い意志が宿ったかのようにオオタカを見つめていた。
「シズク」
オオタカが女性の名前を呼んだ。
シズクと呼ばれた女性は、答えを待つかのように、オオタカの瞳を見つめ続ける。
「おれは――」
次の瞬間、トビの見ていた景色が揺らいだ。
“なに!? 良いところだったのに!”
トビは再び辺りを見回した。場所はさきほどと変わっていない。緑に包まれた庭園だった。けれどもさきほどとは違い、噴水は壊れ、庭木は切り裂かれ、花々が散っている。爆発音が鳴り、視線を前に向けると、白亜の城には穴が開き、亀裂が走り、今にも崩れてしまいそうな有様だった。
「シズク!」
後ろから声が聞こえ、トビが振り返る。倒れたアーチをまたいで、オオタカが庭へと駆けてきた。壊れかけの城を仰ぎ見て、再び駆けだし、城の中へと入っていく。
“これってもしかして、アビス帝国の襲撃があった時の……”
トビもオオタカの後を追って、城の中へと入っていった。
城の中は瓦礫が散乱し、騎士たちが床に倒れていた。それらを避けながら、オオタカはひたすら駆けていく。迷うことなくたどり着いたひとつの扉。その扉を戸惑いなく開けっ放して、中へ入った。
「シズク!?」
中は広間になっていた。天井には大きな穴が空き、置かれていた調度品は無残な姿で散らばり、周りには何人もの騎士が倒れている。部屋の奥には、オオタカの探しているシズクがいた。しかし、黒服を着てフードをかぶった何者かがシズクの横に立ち、その腕をつかんでいる。
「シズクを放せ!」
オオタカが両手の鉤爪を突出させ、黒服に向かって駆けだした。けれどもその直後、後方に吹っ飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。壁に亀裂が走り、オオタカは顔をしかめながら床に落ちた。顔を上げると、黒服の前に四体の鳥機人が現れていた。
「やっと見つけた。こんなところに隠れていたとはなぁ、実験材料?」
一体の鳥機人はオジロワシだった。大鎌を肩に担ぎ、床に足を着けて、倒れた騎士たちを踏みながらオオタカへと近づいてくる。
「シズ……クッ!?」
オオタカは立ち上がることができず、床に倒れたままシズクに向かって腕を伸ばす。
やってきたオジロワシが、伸ばす腕を片足で踏みつける。
苦しむオオタカを見下しながら薄ら笑いを浮かべて、大鎌を唸らせた。
「さぁて、回収するか。その前に、今度は逃げ出さないよう両足を切っておくか。ついでに抵抗しないよう両手も」
「やめてっ!!」
部屋の中に、悲壮な声が上がる。
オジロワシが一瞬肩を震わせて、声のしたほうへと顔を向けた。
「なんだ……今のは……?」
驚いたように言葉を零すが、すぐにその顔は口角を上げ、もとに戻る。
「お願い! オオタカにはなにもしないで! 彼は自由にしてあげて!」
黒服に腕をつかまれたまま、シズクが前のめりになって声を上げた。
オオタカが顔を上げて、シズクを見ようとする。しかし、オジロワシが今度は頭を踏みつけ、オオタカの視界を遮る。
「わたしはどうなっても構わない! なんでもする! だから……!」
シズクは黒服に向かって、涙を流しながら懇願した。
「や……やめろ!」
オオタカが叫び、頭に置かれた足をつかんでどかした。立ち上がろうとするが、オジロワシに腹部を蹴られ、床に転がる。それでも腕に力を込めて起き上がろうとするが、今度は背中を踏まれ、後ろ首に大鎌の峰が押し当てられる。幸い、刃は回転していないが、いつ首をはねられてもおかしくはなかった。
「もういい」
その時、黒服から威圧的な低い声が発せられた。皆がそちらへ目を向ける。
「アレはいつでも回収できる」
黒服は倒れているオオタカには目もくれず、シズクの腕を強引に引き、彼女の肩を抱き寄せた。
「それよりも、
フードに隠れた顔はどんな表情なのか判然としない。シズクは顔を青くしながらも、毅然と相手を睨んでいた。
「イヌワシ様が仰るのなら。今回は見逃してやるかぁ」
オジロワシが大鎌をオオタカから離し、肩に担いで歩き出した。ほかの三体も互いにうなずき合い、オオタカに背を向け、黒服のほうを向く。
「行くぞ」
黒服がシズクを抱えて言い、背中から黒褐色の翼を広げる。それを合図に、四体の翼も開く。それぞれの
「シズク!!」
「オオタカ!!」
オオタカは倒れたまま上半身を起こし、空に向かって手を伸ばす。
シズクは黒服に抱かれながら、自分の髪を結んでいた紐を解いて下へ投げた。
落ちてきた紐を、オオタカはつかんだ。静まり返った部屋の中で、よろけながら立ち上がる。握っていた手を開くと、黒紐の両端に付けられた紫色の玉が手のひらで転がった。
その時、外から大きな爆発音が響き、城を揺らした。
オオタカが首を横に向け、開けっ放した扉の先を見る。小高い山の上に造られた城からは、街並みが良く見渡せた。木々や家々が燃え、火の海が広がっている。街の上空には数えきれないカラスたちが群がり、くちばしを開きながら見境なく光弾を街に向かって発射していた。
「――――っ!!」
オオタカがシズクから受け取った紐を握り締める。雄叫びとも悲鳴とも言えない咆吼を上げ、火の海が広がる街へ向かって駆けだした。
そこで、トビの視界から、オオタカの記憶は途切れた。
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