第4話 ミレ宮殿

皇族が住むミレ宮殿には聖職者たちによって結界が貼られている。よってネルが宮殿に忍び込むためには実体化をしなければならない。


「聖職者が100名集って貼った結界も案外ザルじゃの。しかし、実体化するとなるとそれはそれでリスクがあるのじゃ…」


ネルは第一皇子フェルナンドに会うために再度宮殿に侵入しようとしていた。前回の侵入の際にここの警備はザルだということに気が付いた。皇族が住んでいるというのにこのような警備では本当に大丈夫なのか心配になる。軍人と思われる人間がが数名うろついているが、話し込んでいたり鳥を眺めていたりまるで動物園の動物ではないか!


「馬鹿を欺くのは簡単じゃ」


木に登り様子をうかがった。結界を潜ったら実体化を解かなければいけない。


「神よ我が悪行を失礼する。」


そう呟いて右手に力を籠めると周囲のエネルギーが発光し始める。太陽の光の方が何倍も明るいので目立ちはしない。二秒もしない間にネルの体は実体を失い体が宙に浮いた。


フェルナンドの部屋に侵入することは簡単だった。宮殿の中の陰に溶け、その陰の中のフェルナンドのにおいを辿るだけだ。皇族や良家の人間が多く住む建物は良い匂いがした。一般人の癖のある匂いもなかなか面白いのだが、こっちは癖が少ないが甘酸っぱい匂いがする。薔薇の実に近い匂いだ。


外の警備とは打って変わってフェルナンドの部屋の前にはガタイの良い男が微動だにせず警備をしていた。当たり前かのようにドアの下を潜り抜けると、部屋の主は机に向かっていた。表情は真剣そのものだ。


物や装飾は少ないが、美しい派手な壁紙と木目の美しい家具が特徴的な部屋だ。


「広いな。」


「えっ?」


フェルナンドの後ろから声をかけると肩がビクリとはねた。


「私じゃ。ネルじゃ、青年よ。」


「君、本当に来たんだね。」


フェルナンドは心底驚いていたようだがすぐに柔らかい表情を作った。白い無地のシャツを着ているが、丁寧に裁断され縫われた良いものだと一目でわかった。


「今日はお前に報告をしてやろうと思っているんだがな…」


「お菓子いる?」


せっかく面倒くさい思いをしてオリバー家に忍び込んでやったのにこのわたしの言葉を遮るとは!


「無礼な…」


「君にぴったりなクッキーがあるんだ。」


フェルナンドは再度ネルの言葉を遮って棚から缶を出した。


「はっ!かわいいクッキー!なにこれ!」


「それあげるよ。君のために取っておいたんだ。」


「いいの?やったあ!ふんふんふーーん…じゃないのじゃ!お前に伝えなけらば行けないことが…」


言いかけて気付いた。思い人があれほどきつい性格であったぞ、とは夢見がちな皇子にいうことが出来ない。


「どうしたの?」


「あーー、ヘレナ嬢はしっているのか??」


とりあえずヘレナの話をしよう。ヘレナに心移りすればそれはそれでいいのではないか?クリスティーナはこいつに興味がない様子だったし。


「知っているよ。最近知り合ったんだ。面白い子だよね。」


面白い子…?あれが面白いかは知らんがやはり最近になって社交界に現れた、ということなのか?


「ヘレナという娘がな、クリスティーナ嬢と話しているのを盗み聞きしたのだがな、なんと二人の間にトラブルがあったみたいなのじゃ。」


「えっ!クリスティーナは何か僕のこと何か話していたり…」


「もちろんお前の話などしておらぬぞ。」


「そ、そうだよね…」


フェルナンドはあきらかに落ち込んでいる。彼女は自分には興味が無いなどと言っておきながら以外に厚かましいなこいつ。そしてヘレナとクリスティーナの不仲の話には乗ってこないようだ。


「ヘレナとクリスティーナについてだが、なにか先日の舞踏会で様子がおかしかったとかないか?例えば揉めたとか…いや、こういうことはお前に聞くことではなかったな。」


フェルナンドは困ったような表情だ。何か言いたくても言えないというか。


「僕から話せることは何もないんだ。ただ、クリスティーナが困っているなら力になりたいと思っている。」


「そうか。しかし、クリスティーナ嬢はそうとうわがままな女じゃ。ああいう女はしつこく誠実にアタックしなければ変なオッサンについて遠いところへ行ってしまうぞ。」


やけに具体的だね、とフェルナンドは言う。百年前にそういうシナリオの演劇が流行ったことが有った。そして物語の登場人物の真似をして自害したものが多くいた。ジェキアは明るい国だが“そういう国”でもある。愛に対し盲目になりやすいのだ。


「とにかく愛におぼれることだけはするな。この国が沈むのはわたしも嫌じゃ。」


「それ、君がいう?」


フェルナンドにいぶかしげな眼で見つめられる。このわたしが恋のアドバイスをしてやったというのに!


「とにかくあの女に盲目になるのは危険じゃ!自分のことをよくかんがえるのじゃ!」


「うん、でももう後戻りはできないんだ。」


目がマジだ。目の前にいる男は愛におぼれるどころか、愛に足を取られることもいとおしいと考えているのか!こいつの覚悟には敬意を払わなければいけないかもしれない、とネルは思った。


「あの女にぼろぼろにされても知らんぞ。哀れな男よ。」


「ありがとう。」


そういってネルの頭を撫でた。見た目に騙されおって、騙されやすい男になるな。ヘレナにもクリスティーナにも騙されるんじゃないかこいつは。






ハーネルン邸


私の名前はヘレナ・ハーネルン。いや、ヘレナ・ハーネルンを“生かしてる”なにか。この物語はすべて私の手の中に有り、私しか知りえない。そして、私にのみプレイすることが出来る。


なぜかって、私がヘレナに転生したからだもん、ネ♡


クリスティーナ・オリバーという売女。この王国で二番目に高貴な家の娘。お前が私にしてきたこを私は忘れない。


お前が私の家を没落させてから私は貴族の女達にいじめられ続けた。お茶会を断られ、誕生日会は無視、有りもしないうわさも出回った。


全てはあの売女のせいだ!


家が解体され、優しい叔父の養子になって数年。ようやくここまで来ることが出来た。


予定調和以外はみんな死ね!私こそが、ヘレナ・ハーネルンこそがフェルナンド様のお隣に相応しい!


みてなさい!私が一番であると認めさせてやる。


いじめっ子には復讐を。


売女には制裁を。



















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サキュバスの王は悪役令嬢と結婚したい皇子の力になりたい。 蟹蛍(かにほ) @kuroiorange

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