第3話 侯爵令嬢
宮殿に忍び込んでいたずら作戦は失敗に終わったが収穫もあった。ネルの体液の作用を受けない第一皇子と知り合い、その思い人との中を応援するという約束を取り付けた。
うまくいけばこの国がサキュバスたちにとっても、より暮らしやすい国になるかもしれない。聖職者に追われることも無くなるかも。
そして今、ネルはオリバー侯爵家のに忍び込んでいる昼間は魔術を使わずとも人間からはこちらの姿が見えない。太陽を浴びることによりかなりの不自由を強いられることになるが。
オリバー侯爵家の隅に建てられた温室は豊かさの象徴であるかのように、ネルが見たことが無い形の花が多く咲いていた。極東の花だろうか。
そして紫のドレスを身にまとったオッパイの大きな女とピンクのかわいらしいドレスを身にまとったかわいらしい顔立ちの女がお茶を飲んでいる。
オッパイ女はクリスティーナ・オリバーという名前だ。ピンクの方はヘレナという名前らしい。正直ヘレナは愛嬌があってかわいらしいがクリスティーナとくらべると少し田舎っぽいような感じだ。クリスティーナはきつそうだけどはっきりとした性格だ。
フェルナンドが彼女を好むのもなんとなくわかる気がする。しかし、ネルの思考はクリスティーナのオッパイに吸い取られる。いかんいかん、フェルナンドと約束したはずだろう?恋を応援すると。
しかし彼女たちの会話は予想もしない方向へ進み始めた。
「フェルナンド様はとってもお優しくって、この間私がこけたときも助けてくださったのです。」
ヘレナは夢を見ているかのようにうっとりとした表情で語り始めた。
「そして宮殿のそとまでエスコートしてくださって…」
クリスティーナはあきれたような表情のまま聞いている。フェルナンドが“僕に興味が無い”と言っていたがこの女はあの美青年にも皇室の身分にも興味がないのか?まずいぞ…強敵すぎる。
しかし事態は思わぬ展開へ舵を切った。
「そういえば前の舞踏会の時に…」
と話し始めた時にクリスティーナは立ち上がった。
「お前はフェルナンド皇子の話が大好きなようだな。」
おっ?
「わ…私何か変なことを…」
「お前はずっとへんなことをしているではないか。いまさら何か言おうとするのか?」
「私はなにも…ただフェルナンド様の話をしたくて…!クリスティーナ様を不快にさせてしまっていたらごめんなさい!」
「わたしは皇子ごときで腹を立てたりはしないが舞踏会に着ていくドレスをかぶせられたりしたら怒るが?」
「あれは!私が仕組んだことではありません!仕立て屋が…」
「そうか、そうか。お前は私が当日になって違うドレスを手配させたことも仕立て屋のせいだというのね?」
「だって…私はただフェルナンド様にやさしくしていただいたことを話したくて…クリスティーナ様にこの気持ちが分からないからと言ってドレスが被ってしまったことについておっしゃられても…」
今にもヘレナは泣き出しそうだ。
まずい…ネルはクリスティーナに怯えた。確かに社交界を牛耳るには十分すぎる人物だが皇族としてはどうだ…?危険すぎる。しかし、ヘレナという女も大概だ。ふわふわとした雰囲気をもちながら腹では何を考えているかわからない種類の女!水と油のように混ざり合うことが出来ない女二人が今対峙していることは考えなくてもわかる。ネルの姿は二人からは見えないが最悪の空気の中で今のも吐きそうだ。
そして、クリスティーナが立ったまま紅茶をカップに次ぎそのカップを持ち上げかけた。直観で危ないと感じた。
「私は皇子に興味はない。しかしこのオリバー家の名誉を傷つけるものはゆるさない。お前は養子だからと言っていつまでも甘く生きていこうとかんがえているのか!周りがどう言おうと私は認めないわ!」
ネルは慌ててカップを持つクリスティーナの右手を押さえた。
「!?」
クリスティーナはカップが持ち上がらないことにたいそう驚いたようだ。そして我に返ったのか椅子に座った。おそらくヘレナに紅茶をかけようとしたのだろう。
「次、同じようなことをしたらただではおかないと思っておきなさい。」
クリスティーナの表情は怒りに満ちていた。クリスティーナが呼び鈴を鳴らすとすぐにお互いの侍女と思われる女性が中に入って来て支度を始めた。
秘密の話がしたい、と侍女を下がらせたのはヘレナだったが、紅茶をぶちまけかけたとはいえクリスティーナが一枚上手だったようだ。
このクリスティーナ侯爵令嬢という暴れ馬のような女をどうやって王妃にするか、課題は山積みだ。
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