第二話 化け物
視線の先には化け物がいた。
あれはいったいなんだ?
地球上にあんな生物が存在しているのか?
やつらは何をしている?
いくつもの疑問が溢れ出るが、一つとして答えを得られないまま思考の外へと消えていく。
ただ今考えなければならない事実は、
それらがこちらへと向かって来ているということだ。
周囲の葉で体を隠す。大丈夫、居場所がバレていることはないはずだ。
このまま何事もなく去ってくれることを願おう。
ザッザッザ
足音が近づいてくる。
ザッザッ
音が明瞭になってきた。
ザッ
足音が止まる。
本能が警鐘を鳴らす。まさか、バレたのか?
しかし化け物は動いていないようだ。
恐る恐る、視線を化け物の方へ向けてみる。
やつらは何かを見ている。この木の真ん中あたりだ。
なんだ?そう思い視線をそちらに向ける。
そこには、
樹皮の表面を覆う、血があった。
ドクン、と心臓が高鳴った。これは間違いなく、先ほど木登りでケガをした際に付いた血だ。
そして、おもわず化け物の方へ顔を向けてしまう。
化け物がその醜悪な顔を愉悦にゆがめ、こちらを見ていた。
バレた!そう思うと同時に、二体の化け物がこちらへ向かって石を投げてきた。
長い手から繰り出される石はかなりのスピードで飛んでくる。
ボゴッ
飛んできた二つの石のうち一つが左肩に命中した。
かなりの勢いで飛んできた石が当たった肩は鈍い音を立て、その勢いと痛みに思わずうめき声が漏れる。
「gugyagya!」
当てた方の化け物は喜びの声を上げ、外した方を馬鹿にしているようだ。
外した方は悔しそうに地団太を踏み、今度こそとばかりに近くの石を取りに行く。
完全に遊んでやがる。
こいつらにとっては今の俺はただの獲物で、警戒するに値しない弱者なのだろう。
実際、俺は何の力ももたない一般人だ。捕食者と被食者の関係を覆すことなどできないのかもしれない。
だがこのままやられるのは癪だ。勝った気でいるあいつらの顔を苦痛に歪ませてやりたい。
そのような考えが頭をよぎる。一か八か、下に降りてあいつらと戦ってみるか?
そう思ったが、やつらは二体だ、数の差というのは素人が思っているより大きいだろう。ましてや自分はただの一般人だ。一体でも勝てるかはわからない。
たとえ勝ったとしても無傷とはいかないはずだ。夜の森で手負いのまま夜を越すのは危険が大きすぎる。
自分の危険は抑えつつ、やつらを殺す方法はあるだろうか。
一つの考えが頭に浮かんだ。これなら自分の危険は減らしつつ、やつらを撃退、うまくいけば殲滅できるかもしれない。
しかしこれも賭けだ。運の要素をいくつか孕んでいる。
だがこれ以外は思い付かなそうだ、覚悟を決めよう。
決意が固まった。視線の先では化け物がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてながら石を投げようとしている。
その瞬間、
「があああああああああああああッッッッ!!!!!」
腹の奥底から思いっきり叫び声をあげた。
化け物は呆気にとられたようで動きが止まる。
間抜けそうなその顔を見ただけで満足感が沸き上がるが、気持ちを落ち着かせて周囲に気を配る。
やつらが正気を取り戻し、再度石を投げようとしたとき、
ドシン、ドシン、
何かの足音が聞こえてきた。
化け物はその音に反応し、周囲を警戒する。
すると木々にぶつかりながら、巨体が三体、姿を現した。
2m超えの巨体に、ぼろきれのような布を肩から掛け、その肌色の皮膚は異常に膨れ上がった体のせいで毛の無い全身に青い血管を浮き上がらせている。片手には棍棒のようなものを握りしめ、肉で埋まりそうな顔はいやらしい表情を浮かべていた。
予想が的中した。
深緑色の化け物のような存在がいるような場所なら、他にも同じような化け物がいるはずだと思い、叫び声をあげて呼び寄せてみることにしたのだ。
叫び声で寄ってくるのかという懸念もあったが、やはり反応したみたいだ。
しかしまだ賭けは続いている。
そもそもやつらは互いに争うのかということだ。もし不干渉、または協力関係にあった場合、俺はここで死ぬだろう。
しかし、その考えは杞憂であった。
肌色の化け物は緑色の化け物を視界にとらえると、三体で取り囲み始めた。
身長も体格も負けている緑色の化け物には勝ち目がない。そのためやつらは逃げようとするが、嗜虐的な笑みを浮かべた巨体に逃げ道を塞がれ、それも叶わない。
そこからはただの虐殺であった。
巨体が小さな化け物の足を折り、引きちぎる。
逃げられなくなったのをいいことに、指に噛み付き、咀嚼する。
腕を引きちぎり、鮮血が舞う。
悲鳴をあげるごとに、巨体たちは興奮したように歓声をあげる。
先ほどまで捕食者だった者が、被食者へ。
俺を弄んでいた化け物は、別の化け物に弄ばれている。
捕食者と被食者、自分じゃ変えられなかったこの関係を変えたものは、
―――純粋な『力』であった。
俺はその光景を、暴力を、静かに眺めていた。
***
ひとしきり遊んだ肌色の化け物は、木に付着した俺の血に気づくことなく、満足そうに去っていった。
月が小さな化け物の血を照らす。
「『力』....か」
口から零れた呟きは、風にさらわれ夜の森へと消えていった。
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