第一話 知らない景色
目を覚ますとそこは、知らない景色だった。
森の中。一言で表すとそう表現できる。しかし周りに生えている木々には何やら毒々しい紫色の果実やリンゴに似ている黒色の果実が生えており、日本では見たことのないような光景であった。近所の森?いやあり得ない。こんな果実は生えてなかったはずだ。
とりあえず森の外に出るために歩き始めた。
こういう時はどう進めばいいのか全く分からなかったが、何もしないのも気持ちが落ち着かなかったためとりあえず一定間隔で木に印をつけながら進んでいく。
いざとなったら印を辿ってもとの場所に戻ればいいと考えながら。
進むたびに見たことのないような植物や昆虫などが目に入り、自分が見知らぬ世界に飛ばされたような気がして不安感に襲われた。
さらに足場が悪いうえに気温が高く湿度も高いため、進むたびに自分の体力が消費されていくのを感じる。
しかし歩いても歩いても森から出られそうもない、外の光が見えないのだ。出口までの方向は逆だったか?そう思い、来た道を戻ろうとした。
そこでふと空を見ると、日が落ち始めていることに気が付いた。
森の中から光が失われていく。闇に包まれていく森は昼間とは全く異なる表情を見せる。闇が森を侵食するたびに言いようもない不安感が心に広がっていく。
先ほどまでは急な出来事に混乱して、自分が見知らぬ森の中にいるということに対し現実感を見いだせていなかった。
まるで夢の中にいるかのような気分で何も考えず歩いていた。
迂闊だった。緊張感をもち、体力の消費は最小限にして計画的に行動するべきだったのだ。しかしそう後悔してももう遅い。すでに森は闇に包まれている。
今できることをしよう。そう考えて、夜の森で最も危険なものは何なのかについて思考を巡らす。
このような状況に陥ったのは初めてであるが、夜の森は肉食動物が襲ってくる恐れがあると言われているのを思い出した。
さすがに闇の中で肉食動物が襲いに来たらどうしようもないため、対抗策を考える。火を焚くことが頭にチラついたが、生憎火種を自分でつくったことなどなく、試行錯誤している時間などない。
そのため今の自分の取れる行動として最善なのは、木に登ることだと考えた。木の上であれば安全に夜をやり過ごすことが出来る。
そう思いすぐに近くにあった木に登ることを決めた。
木に登ることなどせいぜい小学生のときまでしかやっていなかったため、どう登ればいいのかあまりイメージが湧かない。
とりあえず一番低い枝を掴もうと考え、ダッシュで助走をつけて樹皮へと足をかけた。2歩ほど樹皮を蹴って枝に手を伸ばす。
右手が枝に接触し、掴んだ。そう思った瞬間、
「ッ!」
左足の膝が樹皮に引っ掛かり、血が流れ出た。
すぐに左手で枝を掴み、勢いをつけて枝の上に乗る。そして足を引き上げた。
左膝を見ると、傷があまり深くないようだったため、痛みを無視してもう一つ上の枝に登ることにした。この高さではまだ安心できない。
幸い比較的近くに枝があったため飛び乗り、ようやく腰を落ち着かせた。
とりあえず血が出ている左膝は手で押さえることにした。服で縛ることも考えたが、森の中で肌を晒すのはあまりいい結果を生まなそうなので、とりあえず止まるまで押さえて居ることにした。
一息ついたところで、周りを見渡す。そこまで高い木ではないため遠くを見渡せるわけではないが、見える限りでは森が広がっているようだ。
本当になぜこんなことになった。そう自問しても答えを用意することなどできない。ただこの現状を受け入れることしかできないのだ。
眠気が襲ってくるまで何となく木の下を眺めていた。
しばらくそうしていると、木々の間から人のような影が2つほど何かを話しながら歩いてくるのを見つけた。
こんな夜中に、こんなところに人が来るものなのか?そう疑問に思い、警戒心を高めながら息をひそめる。
そして彼らの話を盗み聞きしてみようと耳を澄ます。善良な地元民であれば助けを求めてみてもいいかもしれない。そう思いながら。
声が聞こえる距離になった。こんな夜中の森で何を話している?
「gugya gaua gyayayaayagyaya」
耳障りな音が聞こえた。赤子の甲高い叫び声のような、または老人の𠮟責のような、形容できない、しかし悍ましい声。
「っ!?」
不快感に思わず声を出しそうになったのを抑え、頭を働かせる。
そうだ、よく考えるとまだこの地で人と会っていない。もしかしたらこの地域で使われている言語かも知れない。そう自分を納得させ、静かにそれらの姿を確認しようと顔を出してみる。
深緑色の肌、異様に長い腕、黄色い瞳に口からはみ出た黄ばんだ牙。身長は160cmほどだろうか、膨らんだ下っ腹を携え、少し猫背気味になりながら歩いてくるそれらは。
この世の物とは思えないほどおぞましい見た目をしていた。
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