第4話 ミドリゴブリン ニソクコガネムシ

そして、スライムと同じく、フィクションにおいては雑魚扱いされがちなゴブリンも子供の手には負えない存在である。

この付近の森にはゴブリンの一種、ミドリゴブリンが生息していると言うが、まず奴らは子供に捕まえられるような貧弱な生き物ではない。

この世界におけるゴブリンは地球で言うところの類人猿の一種、すなわち猿扱いされているのだが、地球でも猿は猛獣の一種、なんて一部では呼ばれているようにこの世界のゴブリンもまた、ばっちり猛獣扱い、なんなら熊並みに恐れている人もいると言う。


と言うのも彼らは類人猿らしくかなりの知能を持つ。いや、類人猿以上の知能を持つ。

魔力が脳の発達にも寄与しているのかは分からないが、人間から奪ったのか盗んだのかどこからか調達した武器や防具を装備し、罠を使い、毒を使い、言葉を使い、火を使い、結束意識が高く、コミュニケーション能力の高さからくる情報共有能力まで持つ。

一部の地域では魔物ではなく人より劣った人と言う意味合いを込めて「亜人」と呼ぶ地域もあるそうな。


さすがに言葉を操る存在を右腕に封じるのはどうなのかな?という倫理的な問題もあって、なおのことゴブリンを選択肢に入れるのは難しい。


話を戻そう。

つまり、子供の私にとって身近にいて、かつ捕獲しやすい魔物がニソクコガネムシなのである。

さらに言えば、そのニソクコガネムシが私の目の前にいる。


くくく。ようやく私の夢が叶う日が来るのだ。今は子供にも捕まるような貧弱な魔物しか右腕に封じることができないが、しかしこれは私史上、歴史的で偉大なる第一歩である。

いずれはドラゴンやら不死鳥、なんなら天使やら悪魔を封じてみたいものだが今は雌伏の時。

ひとまずはコイツくらいの魔物で我慢するとしよう。では、いざ封印するための魔法を使わなくてはならない。

うむ、偉大なる一歩を踏み出せる今という瞬間を大切に…


「ねぇ、せっかく捕まえてきたのに逃げちゃうよ?」


とはこの場にいる協力者、すなわち私と同じく孤児であり、隣の部屋に住むツェツィ、9才の女児の言葉である。

私がニソクコガネムシを欲しがっていたのを知っていたので捕まえてきてくれたのだ。

中身が大人なだけに子供達と馴染めず、ほぼぼっちの私とも仲良くしてくれる、実に優しい女の子である。


「ちょっと待ちたまえ…というか君に捕まえておいて欲しい」

「えぇ、それくらい、じぶんでやればいいじゃん」

「いや、思いのほか…うごうごしてるというか、あまり…その…はっきり言うと触りたくない」

「なにそれぇ。欲しがってたからせっかく捕まえてあげたんだよ?」

「うむ、それには感謝してる。感謝しているのだけれど…話に聞くのと実際に見るのは違うと言うか、百聞は一見にしかずというか」


いや、別に虫は嫌いではない。嫌いではないのだ。なんなら好きな方といえるし、ゴキブリだって特別好きではないが、見るだけでわーきゃー騒ぐなんてこともない。

しかし、目の前で動くニソクコガネムシはなんかこう…端的に言うと気持ち悪い。

別名で黒い小人と呼ばれるらしいのだが…黒い小人とはよく言ったものだ。

動きが絶妙に虫ではない。一対の足が退化して残った4足が人に近い形になっているだけに動きや見た目がより人くさい。

それでいてコガネムシの見た目をしているものだから…悪い意味でのギャップを感じている。

これを手掴みはちょっと遠慮したい。

ちなみにコイツらは食性も人に近い。

幼虫、成虫ともに雑食で、食べれそうな物であればなんでも食べる。

体長は最大で10センチほど。地球基準で言えば大型の昆虫と行っても良いくらいにはデカい。ゆえに気持ち悪さも際立っていると言える。

幼虫は地中で枯葉や木の根、動物の死骸や時には自分よりも小さな生物を捕食しながら成長していき、蛹になって成虫に羽化するまで地中生活を行うという。

成虫はこんな見た目で飛行能力がかなり高く、天敵からは飛んで逃げるらしい。

名前の由来である二足歩行で逃げることももちろんあるが、基本的には飛んで逃げることの方がはるかに多く、虫あみも無い素手で捕まえるのはなかなかに困難なのだとか。

そんな虫を簡単に捕まえてしまえる優しいだけじゃない機敏で華麗なツェツィさん。さすが飛んでいるトンボを素手で捕まえたという伝説を持つだけはある。

子供達の間ではトンボキラーと呼ばれ、尊敬の眼差しを向けられているとか。


さて。いつまでも気持ち悪がってもいられない。

とっとと憧れの魔法を使ってしまおう。

対象となる生物に触れていなくてはならないのがなおのこと忌避感を煽ってくるのが、この魔法の難点だ。



「そいっ!」



詠唱なんて物はないので、魔力を練り上げて掛け声とともに編み出した魔法が発動。

ニソクコガネムシが光になって、私の右腕に吸収されていく。

これによって私は新たなる私へと進化したのだ。


「わぁ!?なんか吸われちゃった!!なにそれ!?私もできる!?やりたい!!」


実のところ、この右腕に封印する魔法は封印した魔物の身体能力やら魔力をそのまま私の身体に取り込むという、副次的な効果を持つ。


つまり。


「ツェツィ。私と腕相撲をしよう。今日の私は一味も二味も違うぞ。そう!今の私はゴクブト味だ!!」

「ゴクブト…?よく分からないけど、良いよ!私が勝ったらそれ教えてよね!」

「ふっ、いいだろう。キミが今の私に勝てるものならな」


まったく。

優しく可憐な女の子であるが、所詮は9才の一般的な…せいぜい空飛ぶトンボを捕まえられる程度の女児でしかない。

ただの女児が今の私に勝とうなど100年早いと言うことを教えてあげよう。

勝負の厳しさを知って泣いてしまうかもしれないが、それもまた自然の摂理。

早いか遅いかに過ぎない。

今は泣け。

そして立ち上がるのだ。

君が大人になった時、今日の経験が役立つ時もあろう。


「いくぞ、ツェツィ」

「うん。いつでもいいよ」


そして私は普通に負けた。


泣いた。

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