第3話 ニソクコガネムシ スライム

あの日の高笑いから、5年の月日が経った。

私は9歳となり、時が流れるのは早いものだとしみじみ思いながらも手は止めない。


「エコは今日も変わらず、色々な意味ですごいね」


あの日から毎日のように魔法を教えてもらえるようにせがんだ結果、あれからそれほど経過しないうちに魔法を教えてもらえるようになった。父が私に根負けした結果だ。

しかし今現在、私は独学で魔法を学んでいる。

残念ながら院長はあまり魔法が得意ではなく、学べる内容が少なかったのだ。


それはそうだ。そう都合よく魔法のプロがいるはずもない。

彼はただの一職員でしかないのだから。そも、そんな技能があれば、ここにはいまい。


そして、私はどうやら天才だったらしい。

いや、まあ、仮にも公爵家の血筋。今は知り得ぬことで、後から知ったことであるが、私が生まれた家は子々孫々と優秀な血を取り込んできた武闘派として有名な一族らしく、その血をしっかりと引き継いだ私は当然のように天才として産まれた。

その天才っぷりは独学で右腕に他生物を封印する術式を5年足らずで開発できてしまったことから分かる。

これは最早、天が右腕を疼かせなさいと言っているに違いないとまで思ったほどだ。


「よし。これで封印術式第一号が完成だ。後は実際に右腕に封印してみないと…」


完成を遂げた試作型封印術式第一号の試運転をしながら、実際に何を封じるかを考える。

敢えて封印は完全なものではなく、『遊び』を入れているために適度に力が漏れ出で右腕を疼かせてくれるはず。


だがしかし。これは私の思いつきから作った完全なる新技術。いくら天才の私が生み出した魔法といえど、一個や二個の不具合がどこかしらに出るはず。

本命の前に、いい感じの封印対象を見つけて実験したいところだ。

まずは適当な動物で試すところから始めよう。


そして見出したのは街中で比較的簡単に見つけることが可能な「ニソクコガネムシ」だ。


ニソクコガネムシとはこの世界におけるコガネムシの一種であり、コガネムシとはいわばツノのないカブトムシを小さくしたような昆虫のことを言う。

そして、ニソクコガネムシはその名が示す通り、二つの後ろ足で立ったり歩いたり、走ったりもできるコガネムシの一種である。

一見すると黒い色のコガネムシというだけの昆虫にすぎないが、よく見れば本来昆虫にあるはずの6本足のうち2本は退化しており、立ち上がるための後ろ脚は太く発達して、完全な二足歩行に適応したコガネムシと言うことでその奇妙な見た目から黒い小人と呼ばれることもあるそうな。


いや、まあ、言いたいであろうことはわかる。

『実験とはいえど、もっとマトモなのを選出できなかったのかと』

ああ、その通りだとも。


出来なかったのだ。


忘れてはならないのが私はようやくポンぽこお腹の幼児体型を脱出したかな程度の9才児。まだ齢二桁にも行かないキッズなのである。

まず頭に浮かんだ手頃な封印対象、すなわち前世のフィクションではよく最弱とされるスライムやゴブリンあたりを捕獲しようかと思ったのだが、まあ無理だと判断した。

なぜならば義理の父を含めて孤児院の職員やら街の人やらに聞き込んで調べてみたところ色々と難しいことが分かったからである。

まず、スライムから話すが、スライムと一口に言っても前世においては2種類のスライムがいた。

粘菌と書いてスライムと読むようなリアル系か、なんでも食べて消化できますみたいなどういう構造でそうなってるのか説明されない(できない)タイプの幻想系スライムかだ。

幻想系なら行けた気がするのだが、この世界のスライムと呼ばれるであろう生物は粘菌が魔力を取り込んで進化したタイプらしい。

そして、この場合私の開発した封印術ではどうなるかが分からないと言うのがネックであった。

地球産の粘菌の生態を簡単に説明するとまず粘菌は胞子で増える。胞子から出てきた粘菌はより小さな細菌や有機物を餌として成長していく。ある程度成長すると他の個体と融合し、餌を取りながらもさらに大きく成長し続けて最後には子実体と呼ばれるキノコのような胞子を作り出す器官へと姿を変えてまた、胞子から粘菌が…という生活史を辿る。


この融合というのが曲者で、別個体同士が完全に合体して単細胞生物としての1個体になる種類もいれば、単細胞生物としての個体同士が接続されて、単細胞ではない多細胞生物としての1個体に変化したりする種もいたり、なんなら合体をしないまま純粋な単細胞生物として生き続ける種もいる。

最初の融合タイプを変形菌、単細胞生物から多細胞生物に変化するタイプを細胞性粘菌、合体を行わない、ないしは数個体だけで合体する小規模なタイプを原生粘菌と言う…だったはず。


さて、長々と話してきたが問題となるのはこの世界のスライムが単細胞生物なのか多細胞生物なのかはっきりしない細胞性粘菌だった場合である。

気にしすぎな気もするがこの場合、魔法による認識は多細胞生物としての単体になるのか、単細胞生物としての単体になるのか。

後者の場合スライムの極一部だけが封印ということになる気がする。

しかも使うのは科学ではなく魔法という別の理。

なんなら魔法的にはどのタイプであれ、1個体としての魂はあるから単細胞生物の集合体扱いされる可能性も十分にありうる。その場合、体に封印すると言う都合上、この辺がフワッとしてると封印術の誤作動で「封印における遊び」が悪さをして怪人スライム人間が誕生!なんてことになりかねない気がしなくもない。

誕生したばかりの封印魔法の挙動が読みきれないのはいささか異常にこわいものがある。


あと、シンプルに街中にスライムが生息しておらず、入手が難しいと言うのもある。

この世界のスライムは基本的に森や洞窟を住処としているらしく、そうした環境下で魔物が蔓延るこの世界で9才児が捕まえに行くのは少々厳しい。


魔力という新たなエネルギー源のせいか、この世界の生き物は、概ね巨大化する傾向にある。

そして、動物は基本的に自分の体より小さな他生物は餌とみなすことが多い。

身を守る手段が乏しい小さな子供にはちょっと厳しいものがある。というのが私の結論であった。


攻撃魔法?封印術の研究でろくに使いこなせてないので、下手をすれば自らの魔法で自傷しかねない。

そもそもが、ゲームのようにボタン一つで発動できるほど手軽なものではないので背後から忍び寄られたら何もできずに食い殺される可能性が高い。

つまり1人で森に入るなど、まず無理であるし護衛をしてくれそうな人の当てもないのだから。

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