第6話 エイミ・ボイジャーの異世界講座(各国首脳編)

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前書き

この話はストーリーには直接関わってこない部分なので、読み飛ばしていただいても問題ありません。


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「エイミ、ちょっといいか?」

泰之やすゆきは隣の部屋のエイミを訪ねた。

「はい、なんでしょう?」

「エイミは物知りだからさ、色々教えてもらおうと思って」

「な、成程?ま、まぁ教えるのはやぶさかではありませんが、何をきたいんですか?」

エイミは満更でもなさそうな表情で答えた。

「そのちょろさで商人としてやっていけるか疑問ではあるが……」

「商談となれば話は別です」

「まぁ切り替えられるならいいか」

「はい。で、何を訊きたいんです?」

エイミは廊下に出てくる。

「うーん、まぁ本当に色々なんだけども……」

泰之は閃いたような表情をした後、

「とりあえず文字の読み方を」

「馬鹿なんですか?」

エイミは食い気味にそう言った。


「言っただろ?俺は外国人みたいなもんなんだって」

泰之はエイミを部屋に招き入れてそう言った。

「はぁ、そのがよく分かんないんですけど」

泰之は椅子いすに、エイミはベッドに座った。

「じゃあ記憶喪失みたいなもんで」

「いやだから分かんないのはみたいなもんの方なので、そっちが変わっても分かんないんですよ」

「ともかく、文字が読めないんだよ俺は。このままじゃ不安で夜も三食しか食べれない」

「あんまり不安そうに見えませんけど。それと、一日何食計算だとそうなるんですかね」

「まぁ正直不安ではない」

「やっぱり」

何故か胸を張る泰之にジトっとした視線を送るエイミ。

「でも不便だろ?」

「学校行かなかったんですか?」

「よくサボってはいたな」

「じゃあ自業自得ですよ」

「だったら交換条件だ」

「交換条件ですか。折角なので条件次第ということにしましょう」

ほんとは条件とか要らないですけど、とはエイミは言わない。

泰之が勝手に条件を持ち出してきたのだからそれを呑む形の方がいいと損得勘定で判断した。

「次のクエストの報酬、半々でという話だったがエイミが五割五分でどうだ」

「ケチ臭いですね、九割で」

勿論もちろんエイミも本当に九割取る気はない。

身内贔屓みうちびいきしないようにする練習を兼ねているのだ。

ついでに泰之が変な要求に乗らないかも見ている。

「取りすぎだろ、六割だ」

「八割」

「六割五分」

「七割」

「六割五分だ」

泰之が苦い顔をして言う。

「まぁいいでしょう。今回は六割五分いただきますが、実際の取引では払う金額を一割も増やすのは出来る限りやめてくださいね」

「お前が八割とか七割とか言うからじゃないか」

「商人はですね、一円でも多ければいいんです。明らかに無理なことを言われた後、すんなり安くなって泰之さんは安心しましたよね?それが商人の作戦なんです。この条件は無理だけどその条件なら……ってお客に思わせたら勝ちです」

「成程なぁ」

泰之がうなり、エイミがうなずく。

「さて、文字を教えるんでしたよね。リィナさんから要らない紙とペンを借りてきましょう」

エイミがとててと部屋を出て行った。


「文字体系は丸っきりカタカナなんだな」

エイミが書いてくれた文字の一覧表を見て泰之が呟く。

綺麗きれいに五十音に対応した文字群がそこにはあった。

「カタカナ?」

「こっちの話だ」

泰之が適当に流す。

「よくわかりませんが、これが普段使われる文字群です。アノイータと呼ばれてます」

「普段使いじゃない文字もあると」

「ええ。まぁこちらは本当に滅多なことでは使いません。基本口に出すだけですからね」

「口に出すだけなのに文字があるのか?」

技能スキルや魔法に使われる言語をロマル語と言い、ロマル語の記述に使う文字をそのままロマル文字と言います。文字として使われるのは魔術書くらいなので、滅多に見られるものではないんです」

一応こう書きます、と言って二十六文字の文字群を書いていく。

「アルファベットと同じ文字数だ」

「アルファベット?」

「いや、気にするな」

「カタカナとアルファベット、何なのかは気になりますが今は訊かないでおきましょう」

「あぁ」


「他に何かありますか?」

「うーん、世界情勢を簡単に」

「中々難しい注文を」

「でもエイミならできる、だろ?主要な国名と各国の首脳とかそれくらいでいいんだ」

泰之が期待の目でエイミを見る。

エイミが小さく溜息ためいきく。

そんな目で見られたら頑張るしかないじゃないか。

「分かりました。とてもざっくりですが、まず今私たちがいる国。ここはウェルディン王国です。現当主は『歌劇王ブリアガンテ』エルンスト・ゼシカ・ウェルディン。宰相に『偉大なるジョンミューリアル・ジョン』ジョン・ハーケン・シュヴァルツマイヤー公爵。陸軍大臣『灼眼の巨熊ラジェンタ・ウル・パーナ』ニェット・ウル・パーナ侯爵。海軍大臣、『三叉槍の護り手トリルラ・ジェンナ』マナタイト・ヘルム侯爵。

その他国の重要人物として、獣人国じゅうじんこくベスティアとの国境に配置されている、『女公爵メルデグォート』アシュリー・ローレライ辺境伯。王族にはユリウス・ウェル・エルク第一王子。マリー・ロウ・プッカー第一王女。リヒト・テレサミード・シュバルツマイヤー第二王子。アルベルト・ウォレス・リヒテラーデ第三王子。リリー・ルー・グリュエール第二王女。全員挙げるとキリがないので、これくらいでしょうか」

「アルベルト?」

泰之がアルベルトと聞いて思わず聞き返す。

「はい、第三王子はアルベルト・ウォレス・リヒテラーデです。どうかしました?」

「いや、何でもない。続けて」

「獣人国は二つありますが、まずウェルディン王国と地続きの方から。獣人国ベスティア。現当主は『閃虎万雷リューネル・ボウヤン』レレッカ・クィーラン。獣人国に関しては国交が成立していないためその程度しか情報がありません」

「成程」

「次にもう一つの獣人国。こちらは帝国と地続きの方ですね。獣人国ルヒル。現当主は『金獅子王ウェリダ・リオナ・ガンテ』ルルルェ・ベナム」

「凄い名前だな」

「亜人は人間とは名付け方が異なりますからね。で、ワルキア帝国。現当主は『剣豪皇帝ジーク・アルメン』ドレーク・シェ・ワルキア。宰相に『金成宝樹ウェリダ・ポゥ・ウェスケン』リオン・ダービー公爵と、『独眼竜ユーナ・ダグ・ヴァーレル』カイル・ボーウッド公爵。陸軍大臣に『断風の大斧シリウル・パーナ・ダ・ヒューム・リィン』ギルボア・ルヴェイン伯爵。海軍大臣に『銀髪の人魚姫ウィルグルム・ペリッツォーネ』リンダ・シュルデンヒルト伯爵。獣人国ルヒルとの国境に配置されている『七帝の御意見番バウンター・ダ・テラノアルメン』ヤーコブ・ペトリューシカ辺境伯。皇族にアリシア・ハイデンガルダ・エドヴァルドビッチ第一皇女。イリーナ・ラポーシャ・ヤポンスキー第二皇女。アンドリュー・ハイク・ラランドララ第一皇子」

「この世界の人間って二つ名ないと死ぬの?」

「死にはしませんけど功績を挙げた人間には大体二つ名がついてますね」

「考えるのがめんどくさそうだな」

泰之は苦笑する。

「何の話です?」

「まぁ気にするな。他には?」

「最後はゼノビア公国ですね。他にもいくつか国はありますが、主な国としては以上です。現当主は『戦場の奇術師ビュータ・ダ・フォーレン』シャルル・デュクセン。宰相に『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』ケヴィン・リリック侯爵。陸軍大臣に『陥陣営ヴォルヘン・クォーレル』ヴォルフ・シャガール・クォーターローレン子爵。海軍大臣に『留紺りゅうこんの魔女』ジーア・ンバール・セレンピエール子爵。太子はまだ生まれていません」

エイミは言葉を止めて、背伸びをした。

泰之はあごに手を当てて考え、尋ねる。

「今現在戦争は?」

「現在は表立った抗争はありません。水面下で動いているものはありそうですが」

「……例えば?」

「企業秘密です」

「ウェルディン王国の王位継承問題とかは?」

エイミはぴくっと反応し、泰之を見る。

値踏みする様な冷たい視線が泰之に刺さる。

エイミは声をひそめ、

「……どこでそれを?」

泰之はエイミの視線を真正面から受け続けていたが、鼻から小さく息を漏らすと

「半分はカマをかけただけだよ」

を訊いているんですよ」

「根拠というほどのもんじゃないさ。偶然俺がこの前アルベルト・ウォレス・リヒテラーデと思しき人物を助けた、ってだけで」

「何故その人がアルベルト王子だと?」

「まず、身形がただの貴族では無さそうだった」

「……次は?」

「名前が一緒だった。家名は教えてもらってないけど」

「それで?」

「それだけだと言ったら?」

泰之が悪戯いたずらっぽく笑う。

エイミが身を乗り出して問い詰める。

、と返します」

「根拠もないのに?」

「泰之さんは鹿。根拠も無しに言い始めることはないでしょう」

「それめてる?」

「褒めてますよ?話をする際のスタートラインには立っている、と言う程度には」

「年下にそんな上から認められてもなぁ」

「私の主観ではスタートラインに立てもしないやからが七割です」

「はいはい。まぁエイミの読み通りもう一つ理由はある。アルの従者さんが言ってたんだ。より安全なリヒテラーデ子爵領へ行くって。従者さんはこうも言ってた。ここクレールはメニエール伯爵の領地で、治安もいいってな」

泰之は座り直す。

「不思議だったんだよ。なんでわざわざ伯爵領から子爵領へ移動するんだろう?普通の貴族が庇護ひごを受けるうえで、ここも治安いいんだったら伯爵領の方が安全じゃないか?」

「そこに第三王子の家名がわかったからもしかしたら、ということですか」

「まぁそんなとこ」

「ちなみに従者さんのお名前は?」

「トマスさん」

「リッカー騎士爵ですか」

「騎士爵なのかは知らんけどそうだよ」

エイミはしばらく目をつむると目を開き、

「敵はどんな様子でした?」

「いかにも賊って感じだったけど……あ、一人魔法使いがいたな」

「ただの賊ではないと」

「そうなの?」

「魔法が使えて賊に身をやつしてる人間なんてほぼゼロと言っていいでしょうね」

「そんな貴重なのか」

「全人口の二割くらいですかね」

「……まぁ居なくはないくらいか」

「本命は第二王子の手の者ですかね。対抗は、と言っても大きく離されてますが、第一王子。大穴でその他の諸貴族といった感じかと」

「第二王子が本命なのは?」

「まぁ黒い噂が色々とある方なので」

「ふぅん、王子だとしても子供を襲うのはムカつくな」

「ムカつく、ですか」

「俺の行動指標は基本的にムカつくか否かだよ」

「なるほど、単純明解。その分強い。……泰之さん、次の依頼はゴブリン退治とか如何いかがでしょう?」

「ゴブリン?」

泰之は首をかしげる。

あまりゲームをしてこなかった泰之には馴染なじみの薄い単語だ。

「なんでゴブリン退治を?」

「泰之さんは私の実力を見て仲間に入れてくれた、と思ってます」

「最初はムカついたからだったけど」

「……その辺りの経緯はまたの機会に。ですが私は泰之さんの実力を知りません」

「テストを兼ねて、ってとこか。ゴブリンってのはどんな奴なんだ?」

「人型のモンスターですよ」

「人型……。和解とかはできないのか?」

「は?」

エイミは目を丸くして泰之を見る。

「平和的に解決できればそれが一番じゃないかと思ってな」

「ゴブリンは会話できませんよ」

「じゃあ無理か」

エイミは怜悧れいりな鋭い視線を泰之に向ける。

泰之がどこまで本気なのか、表情から、視線から、汗から値踏みする。

泰之は思い悩むように眉をひそめている。

どうやら本気で言っているらしいことを確認したエイミは泰之の部屋を後にした。

泰之のことを計りかねつつ、自室にこもったのであった。

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