第5話 薬草採取

「……えー、グレンさんが盛大に暴走しましたが、とにかく実力には問題ありません。泰之さんは今日から冒険者として登録可能です」

「なんかすみません、盛り上がっちゃって」

「過ぎたことは結構です。登録されますか?」

「よろしくお願いします」

「では、少々お待ちください」

ケイティは奥に入っていった。

「いやー、なんかすごかったね……」

リィナは泰之やすゆきに話しかける。

「あぁ、まさかあの顔で二十一とはな」

「違うし。それ言うなら泰之の十七も大概よ?」

「そんなことはない、俺は年相応だよ」

「んー、鏡ってどこだっけなぁ?」

そうこう話しているうちにケイティが戻ってくる。

「こちらが銅級冒険者ブロンズランクのライセンスです。それと、こちらが銅級冒険者ブロンズランクに向けたクエストです」

「どうも」

受け取ったはいいが全く読めなかった。

「この中だと、どれが一番初心者向けなんです?」

文字が読めないことを悟られない様にそれらしいことを言う泰之。

「そうですね、この薬草採取なんかいかがでしょう」

成程なるほど、自慢じゃないですがどれが薬草か絶対見分けつかないと思うんですがどうしましょう」

「……本当に何の自慢にもなりませんね」

「でもそういう人もいるよね?そういう人はどうしてるの?」

リィナが尋ねる。

「実物を持っていく方も居れば、鑑定クォーレン技能スキル持ちの方に任せる方も居ますね」

「実物持ってっても絶対わからんから鑑定クォーレン?の技能スキルを持ってる人を探そう」

そうですかと辺りを見渡すケイティ。

「今は冒険者ギルドの鑑定技能クォーレンスキル持ちは出払ってますね……商業ギルドには居ると思いますよ。商人は鑑定クォーレンできないと話にならないところがありますし」

「成程確かに」

「じゃあお姉さんが商業ギルドに連れて行ってあげるよ」

リィナが声を上げる。

「え?お姉……さん……?」

泰之は疑問の視線を向ける。

「十九だからね、お姉さんだよ。……何だいその目は」

「十二くらいかと思ってた……」

「……殴られたいならそう言ってくれればよかったのにぃ」

リィナの笑顔は人喰い鎌マン・イーターと同等の殺気をはらんでいた。


泰之とリィナは商業ギルドへ足を運んだ。

商業ギルドは冒険者ギルド同様賑わっていたが、どうやら賑わっているだけではなさそうだった。

泰之達は様子を窺う。

どうやら少女と男が言い争っているらしい。

少女はリィナと同じくらい――百四十五センチくらいだろうか――の背格好をしている。

黄緑色のシャツとくすんだベージュのハーフパンツ。

パーマのかかったライトブラウンの髪は鼻にかかり、空色の両目の上でまとめられている。

左の前髪は銀のヘアピンでまとめられ、どういう仕組みか一部の髪が頭頂部で屹立きつりつしていた。

「ただの石ころじゃないか、それを売ろうだなんて無理があるぞ」

「違う!魔石ませきなんだってば!」

「魔石ねぇ……おい、ダイアンお前どう思う」

「ん?技能スキル鑑定クォーレンっと……うーん、魔石には見えないがなぁ」

「何でよ!見れば分かるじゃんか!」

「うーむ……」

「どうしたんだ?」

泰之が話に割って入る。

「ん?あぁ、この子がこの石を魔石だって言い張っててな」

……この町、門番より商人の方が肝が据わっているんだが?

あの門番が特別なんだろうか……。

いやそんなことよりも。

「魔石?」

「あぁ、見た感じただの石ころにしか見えなくてな。兄さんはどう思う?」

「俺はその辺素人だからな……」

「うぅー……」

少女が恨めしそうに泰之をにらむ。

「君は鑑定クォーレン技能スキル持ちなのか?」

「……持ってますけど」

鑑定クォーレンして魔石だって言ってるってことか?しかしなぁ。ダイアンは鑑定クォーレンレベル四だぞ?」

「私だって!持ってる!もん!」

少女が駄々だだをこねる様に地団太じだんだを踏む。

困った様に顔を見合わせる商人たちを尻目に、泰之は話しかける。

鑑定クォーレン技能スキル持ちなら、一つお願いしたいことがあるんだけど」

「……ふぇ?」


「泰之ってロリコン?わざわざあんな子選んで。他にもいっぱい鑑定技能クォーレンスキル持ちは居たでしょ?」

「別にそんなことは無い」

リィナの不躾ぶしつけな問いを泰之は否定する。

急になんてこと言うんだこの似非えせ幼女は。

「俺はあくまで弱者の味方だ。だから、女子供を助けたくなるのさ」

「ふぅん?」

信じてなさそうにリィナは泰之の顔を覗き込む。

「それに――」

泰之は少女を見て遠い目をする。

「それに?」

「――能力を評価されないってのはなかなかムカつくもんだ」


「じゃ、自己紹介しよっか。あたしはリィナ。リィナ・オーキッド」

「オーキッドってことは、宿屋さんの」

「お?よくわかったね。んで、このデカブツが」

「誰がデカブツか」

強面こわもておじさんが」

「だから十七歳だからおじさんじゃないっつの」

「十七歳!?」

少女が驚いた表情で大声を上げる。

「見えないよねぇ、お嬢ちゃん」

「はい」

「失礼な奴らだな」

「まぁともかく、このでっかいのはヤスユキ・テンゲンザカ」

天玄坂てんげんざか……聞いたことない」

「まぁ……無いだろうな」

そもそも日本でも聞いたことないし。

「泰之って外国の人?」

「そんなとこだ。で、君は?」

「エイミ、えーっと……ボイジャー。エイミ・ボイジャーです」

こいつ今名字考えたな。

「お前今考えただろ」

「泰之、子供に対してお前とか言うからモテないんだよ」

「勝手な憶測で嫌なレッテルをはるな」

「じゃあモテてた?」

「……モテるモテない以前にビビられてたというか」

「哀れな……」

リィナは口元を押さえながら泰之に憐憫れんびんの視線を向ける。

ぶん殴ってやろうか。

「あ、あの」

エイミがおずおずと会話に割って入る。

「どしたのエイミちゃん」

「それでやってほしいことって何なんでしょう」

「あぁ。冒険者ギルドで薬草採取のクエストをけようと思ったんだけど」

「薬草の鑑定クォーレンをしてほしい、と?」

泰之がうなずく。

「話が早くて助かるよ」

「多分大丈夫だと思いますが薬草は鑑定クォーレンしたことないですよ?」

鑑定技能クォーレンスキルがあれば大丈夫だろ、多分。一応冒険者ギルドでどれを取りに行けばいいか確認しに行こう」

「はーい」

三人は一旦冒険者ギルドへと引き返したのだった。


「泰之さん、鑑定クォーレンできる人は……泰之さんってロリコンなんですか?」

「別にそんなことはない」

この世界の人間は思ったことを口にしないと気が済まないのだろうか。

「そうは言いますが、その子と言いリィナさんと言い……」

「ケイティ、喧嘩したいの?」

「まぁ落ち着けよ似非幼女」

「誰が似非幼女よ!」

声を荒げるリィナ。

「薬草がどういうものかわからなかったからさ。ケイティさん、エイミに薬草を見せてやってくれないか」

「成程、かしこまりました。先程ちょうど薬草採取のクエストを終えたパーティが戻ってきたので、取ってきますね」

ケイティは薬草を取りに奥へ入っていった。


「お待たせしました」

ケイティが薬草を手に戻ってきた。

エイミがとてとてと近寄る。

目を細めて薬草を見はじめた。

「分かりそう?」

「んー……?はい。分かりますけど、これって――」

「泰之?何やってんだ?」

通りすがったグレンが声をかけてきた。

「お、おっさん」

「誰がおっさんだ。このちっこいのは?」

「エイミだよ。薬草採取に行くから薬草を鑑定クォーレンしてくれる人が必要で」

グレンは値踏みするような目でエイミを見る。

「で、このちっこいのか。……ていうか討伐クエスト行けよお前は」

「討伐するモンスターも分からんからな。いずれにせよ鑑定クォーレンする人は必要なんだ」

「成程。ちっこいの、俺はグレンだ」

銀級冒険者シルバーランクでグレン……人喰い鎌マン・イーター!?」

「おう、よくわかったな」

「エイミちゃん、物知りだねぇ」

リィナがそう言うと、エイミは羞含はにかむ様に微笑ほほえむ。

「一応商人ですから。情報は命です」

「おっさん有名人なんだなぁ」

「だからおっさんじゃねえっつうの」

人喰い鎌マン・イーターをおっさん呼び……。泰之さんって、何者……?」

エイミの疑問が募る中、泰之達は薬草が取れるという場所に向かったのだった。


クレールの町から東に五キロ進むとあるラカン平原。

そこは魔物が少なく、薬草の群生地があるという。

泰之とエイミ、ついでにリィナはケイティからそう聞き、やってきたのだった。

「さて、薬草採取としゃれこみますか」

「しゃれこもー!」

「エイミは鑑定クォーレンよろしくな」

「はい」

泰之達は各自別れて薬草採取に向かった。


「エイミちゃん、これ薬草だよね?」

「えーっと、はい、そうです」

「エイミ、これは?」

「泰之さんのは違いますね……。色がそもそも違うじゃないですか……」

泰之達はそれらしき草を見つけると、逐一ちくいちエイミに見せて確認していた。

「違うか?」

「もう少し青緑色なんですよ薬草は。ほら」

泰之は手渡された薬草をじっくり見ると

「成程?分かった」

嘘をついた。

「泰之さん、適当なこと言わないでください」

「何故バレたんだ」

「それくらいは表情を見ればわかります」

「マジか、凄いなエイミ」

「大したことないですよ」

そう言いつつもエイミは満更でもなさそうな表情をしている。

「エイミちゃん、持ってきたよ。これもだよね」

「えーっと、そうですね。奥の壺に入れておいてください」

「何で奥?」

「え?だって薬草は薬草でも種類違うじゃないですか」

「へ?」

「あ?」

泰之とリィナの困惑をよそにエイミは言葉をぐ。

「手前の壺にはジェヤ草を入れてます。先程泰之さんにお見せしたものですね。これは切り傷などに効くようです。せんじてポーションにすることもできますし、り潰して軟膏なんこうにすることもあるようです。

奥の壺にはサルワ草を入れてます。リィナさんが先ほど持ってきたものです。見てください。ジェヤ草は葉脈が網状脈もうじょうみゃくですが、サルワ草は平行脈へいこうみゃくです。これは病気や魔力欠乏に効くようです。煎じてマナポーションにすることができます」

エイミは立て板に水といった様子で滔々とうとうと説明を続ける。

泰之はエイミにふと思いついた疑問をぶつける。

「ギルドで見せてもらったのはどっちだったんだ?」

エイミは困ったような表情で

「それが、両方混ざってたんですよ。あれじゃポーションを作る人が面倒だろうから、分ければ評価上がるんじゃないかと思いまして」

泰之とリィナは感心している。

「成程なぁ」

「色々考えてたんだねぇ、エイミちゃん」

リィナがエイミの頭をでると、エイミはむずがゆそうにする。

泰之はもう一つ思いついた疑問をぶつける。

「ところで、俺がさっき持ってきたのはどんな草なんだ?」

「キナ草ですね。毒です」

エイミは泰之に残酷な事実を突きつけた。


二つの壺が満杯になったので、三人は帰路に着こうとしていた。

泰之はついに正しい薬草を持って来ることができなかったが。

「問題は壺をどう運ぶかですね。いくら草といえども満杯まで入れてしまいましたから……。泰之さんには申し訳ないですが、泰之さんに片方を運んでもらって、もう片方は私とリィナさんで交互に持つ、ということでいいでしょうか」

「いや、両方持つよめんどくさい」

「いやいや、満杯まで入ってるんですから。最低でも片方五フェルムはあるはずですよ?それにここからクレールまで五リエナあるんですよ?」

「泰之は馬鹿力だから平気なんだよ、エイミちゃん」

「そんなわけ……」

泰之は二つの壺を重ねると軽々持ち上げる。

「へ?」

「よし行くか」

「れっつらー!」

泰之は休憩も挟まずクレールまで二つの壺を運びきったのだった。


「ただいまー!ケイティ!」

「ただいまー」

「……本当にそのまま持って来ちゃった……」

三人をケイティが出迎える。

「お疲れ様です。想定より遅かったですがどうでしたか?」

「ジェヤ草とサルワ草で分けて採取してたら時間がかかってな」

説明する泰之をジトっと見ながらリィナは、

「泰之は何の役にも立たなかったしね」

「あの、ジェヤ草とサルワ草というのは……?」

「え?ポーション用とマナポーション用で両方取ってくるんですよね?見せてもらったのでも混ざってましたし」

さも当然と言いたげにエイミはケイティの疑問に回答する。

ケイティは首をかしげる。

「マナ、ポーション?」

「魔力が回復するんだろ?」

「ちょ、ちょっと依頼主の方を呼んできますから待っててください」

焦って人を遣わすケイティを見て、三人は顔を見合わせた。


「それで、急に僕を呼んだのはどういうことかね?」

忙しいんだけどなぁとぼやきながら頭をくと、ぼさぼさの長髪からフケが落ちた。

「ランディさん、実はですね――」


「ふぅん。マナポーションねぇ。聞いたことないなぁ」

「ご存知ないですか?」

「無いねぇ。このたる錬金術師、ランディ・ボヤージが言うんだよ?そんなもの無いさ」

小馬鹿にした様にランディが言うと、エイミが反論する。

鑑定クォーレンしたらサルワ草は煎じることでマナポーションになることが判明しました」

鑑定クォーレンしたのは君かい?」

「はい」

「君みたいな子供が鑑定クォーレンしてもねぇ。信用できないよ」

技能スキルに年齢は関係ありません!」

「大体本当に技能スキル持ちなのかも怪しいしね」

「なんで……!」

誰も、私を信じてくれないんだ。

泣きそうな声でエイミが文句を言おうとしたところへ

「エイミ、もういい」

泰之が割って入る。

泰之はエイミの境遇に少なからず同情していた。

能力にはしかるべき報いがあるべきだと思っている。

それが良きにつけ悪しきにつけ、だ。

「お前さぁ、な錬金術師だっけ?」

「前途洋々たる錬金術師だ!」

「いや、前途多難だよ。俺は錬金術のことは分からんが、それでもお前の錬金術師としての人生が前途多難だってことだけは分かる」

「偉そうなことを……!何故前途多難なのか戯れに聞いてやろうじゃないか」

「聞いてやろう、じゃねぇだろ。教えてください、だろ?」

泰之はランディをめつける。

ランディは体をすくませた。

「ケイティさん、クエスト失敗でいいや。ジェヤ草は渡すけど。キャンセル料とか、かかるのかな?」

「そもそも壺一つ分あれば十分なのでそれなら失敗になりません」

「あれ、そうなの?」

「あたしが二つ壺を用意してもらったんだよ。本来三人で行く様なクエストじゃないし、帰りは泰之に持たせればいーやって思って」

「おい」

「でもそれでうまくいったわけだし、結果オーライでしょ」

リィナが泰之にウインクする。

泰之は頭をはたきたくなったが溜息ためいきくだけで我慢した。

ようやく動けるようになったランディが声を荒げる。

「僕抜きで話を進めるなっ!認めんぞ僕は。侮辱したのを撤回しなければクエストは失敗だ!」

「ランディさん、あなたにそんな権限ありませんよー」

「ケイティ、それ口癖なの?」

「今日だけね……。……お願いだからそうであって欲しいわ……」

ケイティが溜息を吐きながらこめかみを押さえる。

「大体君らより僕の方がギルドに貢献しとるのだ、今後ギルドでの立場が無くなるぞ」

「そうかぁ?固陋蠢愚ころうしゅんぐな錬金術師よかよっぽど役に立つと思うがね」

「ほう、ならば勝負だ。どちらがギルドの役に立つかをな」

「ランディさん、それは無茶だよ……」

「望むところだ」

「えぇ……?望んじゃうの……?」

泰之は胸を叩いて答える。

「勝負なら何でもござれだ」

「そ、そう……でも採取クエストはやめなね」

「む?何故だ」

「……泰之さぁ、それ本気で言ってるわけ?」

泰之は心底不思議そうな顔で首を傾げる。

リィナは、それはそれは大きな溜息を吐いた。

「……とりあえず、このクエストは完了、ということで双方宜しいでしょうか?私もあとの仕事が詰まってまして」

笑顔でこめかみを震わせるケイティの怒気に当てられ、今回は解散となった。


「エイミは、家は何処なんだ?」

ギルドを出て、泰之が尋ねる。

「私は、えっと、家出してまして……」

「家出?駄目だよーエイミちゃん。あれって最終的に誰の得にもなんないから」

たしなめる様にリィナが言う。

「まぁ色々あるんだろ。リィナも家出したことくらいあるだろ?」

「まぁ、三回ほどね。泰之は?」

「十七回くらいかな」

年一ねんいち!?年一は馬鹿でしょ」

「ぷっ、あはははは!」

二人が言い争うのを見て、エイミは思わず笑った。

「あははははは!馬鹿が二人いる!」

「ちょっと、泰之のせいであたしまで馬鹿扱いなんだけど」

「リィナが馬鹿なのは事実だからともかく」

「ふんっ」

リィナが泰之の臀部でんぶを蹴る。

「あでっ!……まぁ、ともかくだ。今日泊まるところ無いんだろ?」

「はい」

「じゃあ金は俺が出すからリィナんとこの宿屋に泊まるか」

「え?いいんですか?」

「あぁ、今日の礼ってことで。それで、明日以降のクエストも手伝ってもらえるか?」

勿論もちろんです!」

エイミは花が咲いた様に笑った。

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