第4話 冒険者ギルド登録試験

――何も読めん。

記号がいっぱいある、としか泰之やすゆきには認識できなかった。

これでは話にならない。

依頼がいくらあろうが依頼内容が全く分からないのだ。

「泰之さーん」

リィナの声に振り返ると、男たちが木箱を運んでいるところだった。

やっぱこっちの世界では重いんだなアレ。

日本の重力に慣れているからそうでもないんだが。

リィナの隣には見知らぬ女性がいる。

白いブラウスの上に、ネイビーのボディスを赤いひもめ、白いエプロンを付けたミーデルを着ている。

ライトブラウンの髪をショートボブにまとめた、切れ長の知的な瞳が泰之を捉えていた。

「リィナさん、この人は?」

「ケイティだよ。ウチがギルドでお世話になってる人なんだ」

「どうも、ケイティ・スタンフォードです」

「あ、どうも。てんげ……じゃなく、ヤスユキ・テンゲンザカです」

泰之はケイティに自己紹介をする。

名前から先に言った方がどうやら馴染なじみやすそうだと思い、順番を入れ替えた。

「泰之……珍しい名前ですね」

「ね。珍しいよね」

「それで、泰之さん。冒険者になりたいとか」

実際にはそれほどなりたくないとか、そもそも文字が読めないという話は一旦いておく。

「えぇ。まぁ」

「それでは登録を、と言いたいところなのですが、試験を受けていただきます」

「試験?」

泰之はき返す。

「はい。冒険者は危険な仕事です。なりたいから、という理由だけでは冒険者にはなれません。それ相応の力を見せていただく必要があります」

「だからさぁ、泰之さんには要らないって。九十フェルムある木箱を平気で運んできたんだよ?」

「……腕力だけでは戦闘の実力は測れません」

成程なるほど、そりゃそうだ」

「泰之さん、試験ってめちゃくちゃ厳しいんだよ?」

「まぁ死なれても困るだろうし。しょうがないんじゃない?」

「……変なところで軽いよね泰之さん」

「それでは、試験場にご案内いたします」

泰之とリィナはケイティの後についていった。


「ここです」

ケイティが立ち止まる。

そこはテニスコートほどの広さがある空き地だった。

泰之は辺りを見渡しながら言う。

「試験官とかと戦うのか?」

「はい。戦っていただくのは銀級冒険者シルバーランクのグレン・ウィーバー氏です」

「グレン!?」

大声を上げたのはリィナだった。

「グレン・ウィーバーってあの人喰い鎌マン・イーターのグレン!?実力だけなら金級冒険者ゴールドランク中位に入るっていう!?」

ケイティはリィナに向き直って言う。

「はい。そのグレンです。素行はともかく、実力は本物ですから」

「試験官って素行も重要だと思うんだけど?」

「その通りですが、今は深刻な冒険者不足なのです。よって特例となります」

「つまり俺は素行のせいで昇格できない実力者と戦うってことか」

「その通りです」

「泰之さん、やめた方がいいよ!グレンはほんとに強いんだから!」

泰之は笑って言う。

「そんなに強いなら、面白そうじゃないか」

「泰之さん!」

リィナを振り払って泰之は試合場に向かう。

「それに、賊は弱すぎて話にならなかったからな」

「え?」

「は?」

耳に入った泰之の言葉を、リィナとケイティは、しかし、訊き返すことしかできなかった。


グレン・ウィーバーは退屈していた。

依頼では自分の力量以下の相手としか戦えない。

金になるからとけたギルドの試験官の仕事に至っては、力量以下などという話ではない。

大概が自分に挑もうとすらせず逃げ帰ってしまうのだ。

だから、今日は久しぶりの試験官の仕事だった。

とはいえ、それだけだ。

いつも通り、三分の一にも満たない力で相手をし、力量を見極める。

恐らく逃げ帰る連中の方がまだ見込みがある、とグレンは思っている。

まだひよっこにすらなっていない連中が、いくら手加減をしているとはいえ、グレンに一撃与えるなど土台無理というものだ。

自分の実力もわからん奴が、俺より強いわけはない。

楽な仕事だ。

しかしそれにしたって楽すぎる。

あぁ、退屈だ。

とっとと帰って、今日は誰を抱こう?

ここは平和な町だから、俺より強い冒険者は居ない。

冒険者の中から適当に見繕みつくろって連れ込もう。

冒険者は力がすべてだ。

俺に組み敷かれても泣き寝入りするしかない。

そんなことで訴え出ては自分の弱さを声高こわだかに叫んでいる様なものだ。

そうなれば誰も仕事を依頼しなくなるだろう。

嫌なら俺より強くなるほかはない。

そんな簡単に負けるわけはないが。

そうこう考えているうちに、試験場に向かう様グレンは呼ばれた。

木刀と、使う気はないが一応、彼の渾名あだなにもなっている人喰い鎌マン・イーターと呼ばれる大鎌おおがまを手にして、試験場に向かった。


泰之とグレンは試験場で対峙した。

「グレン・ウィーバーだ」

グレンが先に名乗った。

成程、強そうだ、と泰之は思った。

筋肉質な体には不必要な脂肪が無く、いくつか古傷が見えた。

緑のスキッパーのポロシャツの下に白い膝までのズボンを穿いている。

乱暴にかき上げた金髪、サークルに整えられたひげ

鷲鼻わしばなの奥から覗く、眉にくっつきそうな釣り目はダークブラウンに爛々らんらんと輝いている。

左耳に金のシンプルなイヤーカフを二つ、両耳にスペードのマークのピアスを着けている。

「姓は天玄坂てんげんざか。名は泰之」

泰之が名乗る。

泰之は試合等で名乗る必要がある時はこの名乗り方をするようにしていた。

格好かっこういいからである。

「泰之か。ルールは単純だ。制限時間内に俺に一撃与えればお前の勝ち」

「出来なければあんたの勝ちか」

「そういうことだ。逃げるなら今のうちだぞ」

「折角強そうな相手なのにそんなつまんねぇことするかよ」

「ははは、自信家だな」

「ははは、で、どっち使うんだ?それ」

泰之はあごでグレンの持っている武器を指す。

「あぁ、木刀だよ。ま、お前の実力次第ではわからんけどな」

「成程。じゃあ、俺も木刀の方がいいか?」

「お前は好きにしろ。木刀以外の物も使っていいぞ」

「そうか、じゃあ始めよう」

泰之は目だけで足元を見渡す。

手に収まる程度の大きさの石が三つほど転がっている。

「いつでもどうぞ」

泰之は言う。

「それじゃあ開始だ」

グレンが開始を告げた。

グレンは鎌を置き、木刀を正眼せいがんに構える。

悪くない。

けど悪くないだけだ。

泰之は目線をグレンから外さないまま石を拾う。

左脚を前に半身になり、右脚に体重を乗せる。

右膝が爪先の前に出る直前に前傾し、左脚を前に出す。

右手が肩より上に上がらない程度に持ち上げ、腰のひねりを利用して腕を前に振り、グレンの右手へ石を投げつける。

泰之の初手は印地術いんじじゅつ(投石)であった。

野球の経験はなかったが、試しに測ってみたら百二十五キロが出て野球部にスカウトされた泰之である。

投石の速さも尋常な速さではなかった。

その上油断していたグレンは右手にもろに石を受けてしまった。

泰之は笑いながら言う。

「ストラーイク」


泰之を除く三人は呆気あっけに取られていた。

十秒と経たずに泰之はクリア条件を達成したのだ。

一早く動き出したのはグレンだった。

右手の痛みが彼を呼び覚ましたのだろう。

頭を振った後、泰之を見据みすえる。

その顔は、しかし、笑みを隠せていない。

合格だよな?」

泰之はそう言いながらも肩を回してストレッチをしている。

明らかにこれで終わる気はない様子である。

それはグレンもそうであった。

な」

こんな面白そうな試合を終わらせてたまるか。

グレンは木刀を投げ捨てると人喰い鎌マン・イーターを手にした。

「グレンさん、人喰い鎌マン・イーターは使用しないでください!」

それを見て声を上げたのはケイティだった。

落ち着いた声が試験場に響いた。

「そんなつまんねぇこと言うなよ」

そう言ったのは、泰之の方だった。

「本気出してくれるんだろ?そっちの方が面白ぇじゃん」

「おう、本気と言っても殺す気はねぇけどな」

「む。全力じゃねぇのか」

「ここで殺したら捕まっちまうしなぁ。それぁ御免ごめんだ」

「ははは。じゃあ、殺さない程度にやり合うか」

泰之は木刀を正眼に構える。

「おう、俺に勝ったら銀級冒険者シルバーランクに推薦してやるよ」

グレンは大鎌を水平に構える。

「いや、グレンさんにそんな権限ありませんけど」

「無いんだ……何言ってんのアイツ……」

冷静な女性陣の発言が聞こえているのかいないのか、グレンと泰之は一触即発の気配だった。

泰之はじりじりと距離を詰め、グレンは泰之が近づいてくるのを待ち構えている。

技能スキル身体強化アーバンティ速度上昇イクスジェント

グレンが呟くと、体が黄緑色の光に包まれる。

泰之は警戒して足を止めた。

何だあの光は。

「ちょっとグレンさん!何技能スキルまで使ってるんですか!」

成程、あれが技能スキルか。

泰之は今目の前で起きていることを咀嚼そしゃくする。

……なんかよくわからんが、とにかくよし!

出来なかった。

「よくわかんねぇが強くなったんだな。俺は技能スキルなしの力を見せてやろうじゃねぇか」

使えないだけだが、泰之はハッタリを言った。

泰之が技能スキルを使えないことなど知らないグレンは笑う。

「その意気やよし!受け止めてみろ泰之!」

言い終わるや否や、グレンが泰之に向けて弾丸の如く跳んだ。

泰之の腰をめがけて大鎌を振る。

しかし、泰之はそれをで避けた。

腰に向けられた攻撃を避けているから、その体勢はスウェーバックというよりも寧ろリンボーダンスに近かったが。

泰之は倒れ込みながら納刀する。

居合切りでも放つように、腰をひねって抜刀。

木刀はグレンのくびめがけてを描いた。

グレンは大鎌ので何とか防御するが、泰之の膂力りょりょくに耐えきれず、そのまま横に転がった。

「……ケイティ、今何が起きたの?」

「……私に訊かれても……」

二人には、気づいたら二人が転がっていたとしか認識できなかった。

「今のを避けるかよ」

「そっちこそ、よく受けたな」

二人は改めて構え、対峙する。

あぁ、久しぶりだ。

この胸の高鳴り。

どうやらこいつは本物だ。

程度には本物だ。

ふと、グレンは自分が震えていることに気づいた。

武者震いだろうか。

それとも――?

グレンは首を振って雑念を払う。

――久しぶりに、全力を出そう。

人喰い鎌マン・イーター熊爪ウル・ラーナ

グレンが呟くと、人喰い鎌は音を立てて変形していった。


「アルベルトが襲われた?」

ウェルディン王国第一王子、ユリウス・ウェル・エルクは言った。

白いジュストコールの袖口そでぐちに金のレースがあしらわれているほかは、ブリーチズ、ジャボ、シャツのいずれも白い。

金髪の下から覗く涼やかな黄緑の瞳。

全体に端正たんせいな顔立ちは如何いかにも王子然おうじぜんとしていた。

「目的が読めんな」

ユリウスはひたいに手を当てて考える。

仮にも第三王子であるアルベルトを襲えば、よくて死刑、悪ければ親類縁者にまで手が及ぶだろう。

「リヒト殿下の手の者との噂もございます」

家令かれいのロバート・フットマンは言った。

ウイングカラーの白無地のシャツの上に、ダークグレーのネクタイ、ネイビーのベストを重ねて黒いモーニングコートを着ている。

白いストライプの入ったダークグレーのコールパンツを履いていた。

「……あの愚か者か」

ユリウスは吐き捨てる様に言った。

「もし事実なら短慮たんりょと言うのも烏滸おこがましいな」

まことに」

「そもそも、父上がご健在の今骨肉こつにくの争いをして何になるのだ。露見ろけんして死をたまわるだけだろうに」

「誠に」

「アルベルトは生きているのか」

ユリウスはロバートに訊く。

ロバートは眼鏡の位置をただしながら言う。

「確認できておりません」

ユリウスは座りなおす。

「そうか。だがアルベルトはまだ十だ。後ろ盾となる貴族も持たぬ。死んだものとして考えるのが妥当だな」

「誠に」

「生きていようといまいと、下手人げしゅにんを調べる必要がある。黒幕もだ。リヒトの手の者ならこれを理由に糾弾きゅうだんするのがよかろう」

「誠に」

「ではそのように」

かしこまりました」

ロバートは部屋から出ていった。

ユリウスは紅茶を口にする。

カップを置いた時の彼の瞳は、氷のように冷たかった。


人喰い鎌マン・イーターは、山羊やぎ頭蓋骨ずがいこつの形をした柄込えごみみから三枚のやいばを見せている。

刃が一枚だった先ほどまでとは違い、禍々まがまがしいプレッシャーがただよってくる。

泰之は思わず笑みを浮かべる。

「グレンさん!何度も言ってますがやりすぎです!」

ケイティの声が試合場に虚しく響く。

グレンも泰之も試合をやめる気がないのだから、ケイティにはどうしようもない。

「そんなカッコいい機能までついてんのかよ、おっさん」

「誰がおっさんだ、俺はまだ二十一だぞ」

「二十一ぃ!?そんな髭の濃い二十一がいるか!!」

泰之はグレンの顔を指さして叫ぶ。

「うるせぇ!じゃあお前はいくつなんだ!!」

「十七だけど」

「十七ぁ!?私より年下ぁ!?」

今度はリィナから声が上がる。

「お二人とも三十代にしか見えませんが、今はそんな話をしている場合ではありません。泰之さんの実力は十分わかりました。グレンさん、人喰い鎌マン・イーターを置いてください!」

「最後の試験だよ、結果次第では金級冒険者ゴールドランクに推薦してやる」

「そもそもそんな権限無いうえに、あったとしてもグレンさん金級冒険者ゴールドランクじゃないんですから無理だってわかりません!?」

二人はケイティの叫びを無視して構える。

グレンは鎌を水平に。

泰之は木刀を正眼に。

技能スキル斬撃砲ヒュームガルム

グレンがつぶやくと、緑色の光が刃に集まっていく。

また技能スキルとか言うやつか。

泰之は思う。

まぁ、起こりを見れば特に問題は――。

グレンがその場で鎌を上に構え、振り下ろす。

泰之は一瞬何をしているのか理解できなかった。

短く見ても十歩分は距離が開いているのだ、届くはずが無い。

筈が無いのだが――。

鎌が描いた軌跡きせきが、空間に緑色の傷跡きずあとのように残り、泰之の方へ迫ってくる。

泰之は慌てて右へ跳躍し、迫ってくる軌跡を避ける。

斬り裂くような音が響いたかと思うと、試合場の壁には爪で裂かれた様な三条さんじょうの跡が刻まれていた。

泰之は危なかったと言わんばかりに小さく口笛を吹く。

「グレン!アンタ泰之を殺す気!?」

リィナがグレンに怒鳴る。

「これくらいで死ぬタマじゃねぇよ。現にぴんぴんしてるじゃねぇか」

「結果論ですよそれは!」

ケイティもリィナに続いて怒鳴る。

グレンはうるせぇなぁと言いたそうに耳をく。

泰之に向き直ると、泰之は何事もなかったかのように下段に構えなおしている。

グレンはにぃっと笑うと泰之に向かって構えなおす。

――この時既に泰之はグレンに跳びかかろうと小さく体を揺らしていたのだが、グレンはそれに気づかなかった。

「いいぞ!そうじゃなきゃ面白くねぇ!行くぜ!技能スキル、ヒュー――」


クラウチングスタートには、いくつかの種類がある。

その中には、両足の位置がほとんど同じ種類のスタートがある。

これは最初のキックが両足ほぼ同時に行われるスタートであり、爆発的な初速が出ることから、ロケットスタートと呼ばれる。

泰之は木刀を下段に構えると、ロケットスタートによって一瞬でグレンに迫ったのだった。


「――ムッ!?」

突然目の前に現れた泰之に、グレンはあわてる。

いくらロケットスタートでも十歩分を一瞬で迫ることなど出来ない筈だが、泰之の規格外の身体能力と地球と異なる重力が可能にさせたはなわざだった。

泰之は木刀を振り上げ、グレンの喉元のどもとに切っ先を突き付ける。

泰之とグレンの視線が交差する。

「負けだ」

グレンはそう言って人喰い鎌マン・イーターを放し、両手を上げる。

ふところに入られた時点で勝負は決していた。

泰之は木刀を下ろし、グレンから距離をとる。

グレンは泰之の肩に手を置き、

「お前は今日から金級冒険者ゴールドランクだ」

「いやだからそんな権限貴方に無いんですって」




***********************************************

スキル名は頭に浮かんだゴロのいいものを適当に選んでいるため、ある言語でそういう意味になるとかは基本的にありません。

異世界語だから何でもええやろという感じです。

ウェルディン王国の王子なのに全員家名が違うのも気になるかもしれませんがウチの異世界ではそういうルールだということで。

どうしても気になる方は名前の最後にウェルディンをつけることで自己補完してください。

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