第15話(最終回) 咲くも枯らすも自分次第8
姉ちゃんたちを見送ったあと、ダウンコートを羽織り、決意を固めて家のドアを開いた。電車に乗り込んで、岸野の住む町、そして彼女と約束した公園に向かう。ぼんやりとした曇り空の下を歩く。どう声をかけるか、何から話すかを考える反面、来てなかったらと不安も募る。
岸野がベンチに座っているのを確認すると、さらに感情がぐちゃぐちゃになっていった。ちゃんと来てくれた嬉しさだったり、このあと、どうなっていくのかという心配が俺を襲い、どんな表情を今浮かべているのかわからない。マフラーで口元はわからないが、無表情の目で岸野はそんな俺をじっと見ている。
「ひ、久しぶり」
声が裏返った。君彦さんが家に来た日の父さんみたいじゃん……。
「何言ってんの、学校で会うじゃん」
「その……ほら、最近話してなかったから」
「まぁ、そうだけど」
「岸野、あの……」
せっかくこうして休みの日に時間割いてきてくれたんだ。言わなきゃいけないこといっぱいあるはずだろう? このまま岸野と離れるのか? と忙しなく頭の中でいろいろ考えるけど、自分の気持ちを伝えるための良い方法が浮かばない。
休日の公園は十二月でも人は多い。犬の散歩させている人、目の前の広い芝生では寒さをものともしない子どもたちが走り回っている。俺たちが座るこのベンチの周りだけ、違う世界のようだ。
「佐野くん」
呼びかけられて我に返る。
「は、はい……!」
何を言われるか……。思わず生唾を飲む。岸野の表情は硬い。あぁ……、これは覚悟決めないといけない。
「こないだは本当にごめんなさい」
「へ……?」
思っていた言葉じゃなくて、気の抜けた声を出してしまう。
「私が勝手に自信のなさに絶望して、不機嫌になったというか……。それより、ずっと言えなかったことがあるんだけど」
「なに?」
そう聞き返すと、あの日のように岸野はうつむく。
「あのお弁当、手作りじゃなくて、その、全部冷凍食品で……」
「えっ……⁉」
「『手作りで持ってく』なんて偉そうなこと言ったくせに、あの日の朝、寝坊して。あわててお弁当用に買いだめしてる冷凍食品を詰めたの。食べても何も言わない佐野くんに『手作りじゃないよね』っていつ言われるか怖かった。最初にちゃんと言い出せなかった自分は心底バカだし、外は寒いし、教室も食堂も嫌だって言われるし、もういろんなことが嫌になって。家に帰って、身勝手なことしてしまったと後悔したけど、あんなこと言って、弁明したらいいのかってまたそれで悩んで」
「そっか……」
岸野の本心がわからず、良い作戦も思いつかなかったなりに、ぼんやり考えてたこととは全然違う展開が起きて混乱する。でも、ここでまた黙ったり、言葉に詰まったり、岸野の反応を待っている場合じゃない。
「どこから話していけばいいかな……。あ、俺、神の舌なんてもってないから、食べたところで手作りか冷凍かなんてわかんなかった。てか、冷凍食品好きでよく食べるし」
「それはそうかもだけど」
「初めての彼女がお弁当作ってきてくれて嬉しくて、めちゃくちゃ緊張もしてたんだよ。それじゃなくても、岸野と付き合えた時点で浮かれてて。教室や食堂で食べるのに気乗りしなかったのは、岸野と一緒にいるのが恥ずかしいとかじゃないから。周りに人がいると今以上に緊張しそうで。二人きりで話するほうが性に合ってるって思って」
「付き合ってからも委員会以外で話しかけてこないもんね」
「岸野は嫌じゃないのか?」
「嫌って?」
「俺が話しかけたりしたら、クラスメイトにからかわれたりするかもしれないじゃん」
「そんなの放っておいたらいいよ」
即答し、俺の方に体を向ける。
「だって、私たちはお互い好きだから付き合ってるんでしょ。何か恥ずかしいことある?」
俺は素早く首を横に振る。
「でしょ?」
「俺がそういうこと気にしてたせいで、岸野を不信感与えたっていうか、人一倍寒がりなのは知ってたのに外で食べようって言って悪かった」
「佐野くんって照れ屋だよね」
「うっ……」
「ほら、今も頬紅くなってさ」
「見るなよ……」
「私もわかってるつもりだったのにね。周りのカップルに憧れすぎちゃった。いつもお家からあんな美味しそうなお弁当持ってきてるのにとは思ったんだけど……。彼女らしいところ見せたくて」
恥ずかしそうにマフラーを手でいじりながら、
「そういえば、佐野くん最近お昼どこで食べてたの?」
「基本は食堂行ってその日の気分でいろいろ食ってた。ちょうどその時、弁当持って行く、持って行かないで家族と揉めたりで……あ、でも、さっきちゃんと和解したから!」
「さっき⁉」
「俺、家族にも素直な気持ちを上手く伝えられなくて、関係がぐちゃぐちゃになりかけてたんだよ」
「そうだったんだ……。ご家族にも迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「いやいや。これがきっかけで家族とも和解出来たし。だから、岸野にもちゃんと話したいと思って」
両手で岸野の手を取り、包む。
「俺は岸野がどう自信ないのかわからない。俺にとって、今一番好きで一番かわいいって思ってる人は岸野深雪なんだ。別れようって言われたけど、俺は別れたくない。俺はもっと……」
「待って」
「どうした?」
「私、一回も別れようって言ってないよ」
「へ? そうだっけ」
「確かに距離を置こうとは言ったよ。それなのに、みんな口々に『深雪からフったんでしょ』って」
「『フラれたんだろ』って言われまくったから、なんか言われた気になってた」
「勝手に話盛られたよね。ただちょっと……」
「ちょっと?」
「前みたいに話すタイミングを失ってただけで。私も佐野くんのこと変わらず好き」
岸野の言葉を噛みしめてから、
「よかったぁ~」
と叫びながら抱きしめる。岸野のマフラーが分厚くて二人の間に少し隙間ができる。
「ちょっと、ここ、公園……!」
「ごめん、テンション上がって……」
あんだけ姉ちゃんと君彦さんの姿見てたらなんか感化されてしまって思わず柄にもないことを。離れようとすると、岸野が俺のスウェットの襟ぐりをぐっと掴む。引き寄せて無言で見つめたあと、軽く唇を重ねた。どこか満足そうな岸野と、思考停止している俺。
「ねぇ、待って。何その顔、おもしろい」
腹抱えて笑い出す。
「何ってなんだよ! そんなの急にキスされたら誰だってびっくりするだろ」
「でも、そんなぽかんってしてさぁ!」
「あぁ……ファーストキスだったのに、一瞬過ぎてなんか感覚ない」
「そんながっかりしないでよ」
「その、もう一回、キスお願い出来ないでしょうか……」
「いいけど、なんで敬語なの」
岸野が笑い終わるのを待ってから、もう一度顔を合わせる。手どうしたらいいんだ。顎に添える? 頬に? 目はさっき開けたまましちゃったな。どのタイミングで閉じる? ああもうわかんねぇ! ゆっくり重ねる。さっきよりは数秒長くキスをした。
「今日のこと、きっと後で思い出してまた笑いそう」
「やっぱ、岸野……いや、深雪が笑ってる顔がかわいいよ」
「えっ、あっ、ありがと……」
たどたどしくそう言ったあと、深雪はゆっくりと俺の腕を掴む。
「ねぇ、せっかくだし、もう少し一緒にいたい」
「もちろん。どっかで話してから帰ろうぜ」
「あのね、私、お弁当は失敗しちゃったけど、お菓子は得意で……。今度クッキー作ったら食べてくれる?」
「マジ⁉ 嬉しい! 食べる、食べるよ。てか、お菓子作れるのすげぇじゃん」
「そうかな?」
「うちの母さんも姉ちゃんも料理は作れるのに、二人ともおおざっぱだから菓子作りは全然ダメなんだよ。だから、手作りのお菓子って食べたことなくて。深雪が作ってくれるならなおさら食べてみたい」
「わかった。作ってくる」
「あ、冬休みにさ、手芸教えてくれよな」
「うん、約束だもんね」
ベンチから立ち上がると手をつなぎ、歩きだす。どこへ行くか、決めてないけど。じっとしていられない。口には出さないけど、きっとそれは彼女も一緒なのかもしれない。
「深雪、改めてこれからよろしく」
「よろしく、悠太」
深雪も俺も照れくさそうに笑った。
【完結】言わぬが花とは言うけれど ホズミロザスケ @hozumi63sk
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