彼から離れます
あれから数日経ったが、蓮司と顔を合わせたのは1、2回だけだ。
彼は外回りをすることが多い。だからお店で会わないことはこれまでもあったけれど、こんなに会わないのは初めてだ。
寂しいけれど、今は我慢する。
1周年記念に、素敵なレストランを見つけたから予約してみた。
まだ誘えていないから、そろそろ言わなきゃ。
ピロピロ、と店の電話が鳴った。
「はい、こちらー」
『あっ、紗奈々さん!私、梨華です。今ティアラをお借りしてる』
レンタルショップ常連の梨華さんだ。
「梨華さん、こんにちは。麦穂のティアラですね。いかがなさいましたか?ご返却にはもう少し余裕があったかと」
『ええ、そうなんだけど…実は怪我をしてしまって。今入院しているの』
「えっ、怪我?!大丈夫ですか?」
『階段を踏み外してしまって。大したことはないのだけど、大事をとって一応ね』
大丈夫かな。心配だし千里眼で視たいところだが彼女がどこにいるのか分からないから力は使えない。
『それでね、返却期限までに退院できそうにないの。申し訳ないのだけど、病院まで引き取りに来ていただけないかしら…?』
出張サービスはオプションにあるので可能だ。ただ、基本的に私は外出を引き籠っているので、対応は主に蓮司が行なっている。
普段ならすぐに蓮司に連絡して出張してもらうところだけど…。
私も他人を避けて引き籠ってばかりじゃなくて、変わりたい。
大人だし。
あとまだ蓮司とはちょっと気まずいし。
「かしこまりました、伺います!」
『ありがとう。急なんだけど、今日お願いできる?』
「本日でしたら、夕方であれば」
病院の場所を聞いて、スマホのマップアプリを開いた。
電車と徒歩を合わせて30分で着くらしい。
行ったことのない場所だ。転移できないわけではないが、周りに人がいたら危険だし、何より今回の出張の目的は他人に慣れること。
普通の手段で向かうのだ。
午後の営業を少し早めに終え、店内を片付けた。
蓮司は今日は外回りの日で、外にいる。ばたばたしていて、この後の出張のことをまだ伝えていなかった。
そろそろでないと。
蓮司にメッセージだけ送っとこう。
たんたんとスマホを操作して、それから、一歩外へと踏み出した。
*********************
電車の窓に映る自分の姿を見る。
サングラス、マスク、いつものだぼっとしたフーディ、黒のグローブ、スキニーパンツにゴツゴツしたブーツ。
頭にはフードをすっぽりと被っているから、かなり怪しい風体だ。
でもやっぱり素肌を出すのは怖い。
布越しであれば、サイコメトリもテレパシーもかなり力が弱まるから、全力で防具を身につけたつもりだ。
吊り革に触れないよう、両足を踏ん張って、電車の揺れに耐えた。
3駅目で電車をおり、改札をでた。
すごい。
今のところほとんど問題ない!
時間もギリギリ通勤ラッシュに被っていないらしく、人にぶつかることもなかった。後は病院までてくてく歩いていくだけだ。
本当ならバスに乗ったほうが早く着くのだけど、バスは電車よりも狭いし揺れる。力が発動しやすい環境だから、今日はやめておいた。
つ、疲れた…。暑いしめちゃくちゃしんどいよ、歩くのって。
まだ夏ではないから気温は大したことはないが、湿度が高い。全身防御中の厚着の私にはサウナにいるくらいに感じられる…加えて、私の運動不足。
なんとか踏ん張って歩き続け、ようやく病院に到着した。病室へ向かう。
コンコン。
ノックしてドアを開けた。
「はあ、はあ、こんにち、はあ…」
「はーい…っきゃあああ」
「り、梨華さんっ、私、紗奈々ですっ」
「えっ」
よかった、気づいてもらえた。
そうだよね、こんな格好、変質者だよね。
やっぱりこのままではいけないと再認識させられた。
何はともあれ受け取りだ。
梨華さんからレンタル品を受け取り確認した。問題ない。彼女がレンタル品を入れていた袋ごと渡してくれたのでその中に戻す。
ダメだ、まだ息が整わないしちょっとクラクラしてきた。
「…に……を渡しておいてくれる?よろしくね」
「…は、はい」
え、なんて。…まあいいか。
挨拶もそこそこに、帰路につく。病院を出て歩き始めたけれど、体調が悪化している。
怖いけど、装備を外そう。
まずグローブを外した。
まだ暑いし、もっと防御力を下げないとダメかも。
いや、もう帰るだけならテレポートを…。
と思ったが失敗して派手に転けた。
その拍子に、もらった袋の中身が地面に散らばって、何かに素手で触れてしまった。
途端にサイコメトリが発動する。
「あ…」
頭に映像が流れ込んでくる。
楽しそうにページをめくる梨華さん。
これは…何かのカタログ?
あ、これハイブランドジュエリーのカタログだ。
どこかのカフェにいるのかな。おしゃれな店内だ。
「どんな婚約指輪がいいかな…蓮司くんは…だし…かも」
こ、婚約指輪?!しかも蓮司って…。
びっくりしてカタログから手が離れて、視えなくなった。
ま、まさか二人は…。
どうしよう。
想像するとすごく怖くなった。
心臓がばくばくしている。
どうにか起き上がったけれどたちあがる気力はなく、ぺたんと座り込んだ。
と、後ろから腕をぐいっと引っ張られた。
「紗奈々っ!大丈夫か!」
「蓮くん…?なんでここに」
頬に蓮司の手が当たる。
冷たくて気持ちよくて、でもちょっと胸が痛い。
「あっつ…熱中症になってる。なんでこんなになるまで我慢してんだ!こんな暑い日に阿呆みたいな格好しやがって、水も飲んでねえのかよ」
「へへ…ごめんね」
こんなことで心配をかけてしまうなんて、情けない。
蓮司に大人扱いしてもらえないのも当然だ。たぶん梨華さんとは全然違う。
誤魔化すようにへらりと笑ったけれど、もう体力の限界だった。
蓮司の胸に倒れ込むように、私は気を失った。
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