彼が怒っています?
もうすぐ私たちのお店、質屋兼レンタルショップが開店してから1年になる。
質屋のほうは、蓮司の祖父君が経営していたものを蓮司が譲り受けて経営しているのだが、レンタルショップはそうではない。
蓮司が企画して祖父君に頼み込み、新しくサービスを始めることをお許しいただいて実現したのだ。
「これからはレンタルは流行る。ビジネスチャンスなんだよ。だから紗奈々、力を貸せ」
そんな風に言って私を連れてきた彼だけど、私は知っている。
本当はご両親から一度くらい会社員として普通に働いてみてはどうか、と説得されていたことを。祖父君の質屋を継ぐのは構わないが、急がなくてもいいじゃないか、と。
これは別に千里眼やテレパシーで知ったことではない。
お店で働き始める前に彼の祖父君に挨拶をした際、こっそり教えてくれたのだ。
「蓮司は一度決めたら考えを変えん。紗奈々ちゃん、あいつのことを頼むよ」
と。
蓮司は、普通の会社ではとてもやっていけそうにない引き籠りコミュ障の私を拾い上げてくれた恩人である。
普段は意地悪ばかり言う彼だけれど、本当はとても優しい、むしろ優しすぎるくらいの人なのだ。
だから、お店開店1周年記念に蓮司の喜ぶことをしてあげたい。感謝を伝えたい。
その日の夜、私は転移でお隣に住む蓮司の部屋を訪れた。私の部屋とほぼ同じ間取りの1kの狭い部屋だが、モノトーンのインテリアでまとめられていてすっきりしており狭さは感じない。
「蓮くん、あのね」
「わっ、紗奈々?!」
ガタガタっと腰掛けていたデスクチェアから蓮司は慌てて立ち上がった。その間に器用に眺めていたらしいパソコンの画面をスリープモードにした。
ちらりと見えた画面には指輪が映っていたと思う。
仕入のこと調べてたのかな。
むう…。
「私、何も見たりしないよ」
「その前にいきなり部屋に来るな。先に連絡しろっていつも言ってるだろ、お前に見せられないものを観てる時だってあるんだよ。お子ちゃまには分かんないだろうがな」
「それって…な、なんでもない」
ちょっと想像してしまった。セクシーでお胸の大きいお姉さんの淫らな映像…を観ている蓮司を。
視線を下に落とすと、裸足の私の足がみえる。遮るものはささやかである。
何故だか小さい胸がしくしくしてきて両手をぎゅっと握っていると、顎を掴まれて顔を上げさせられた。
間近に蓮司の顔が迫っている。
ち、近いっ…。
ふるふると頭を振ってみたが解放してもらえなかったので諦めた。
「それで?何か困ってるのか」
「う、ううん。蓮くん、何か私にお願いごととかないかな…?欲しいものでも、何でも」
「なんだよ急に」
「ほら、いつも蓮くんにお世話になってるから。雇ってもらってる身だけど、私も社会人で大人、だから。たまには私のこと頼りにして欲しいな、みたいな…」
はっきり1周年記念に何かしたいと言えばよかったのだろうけど、蓮司を驚かせたかったから、少し遠回しに話してみる。
蓮司は一瞬優美な眉をひそめたけれど、すぐにいつものちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
「へえ?大人、ねえ。」
いや、いつもの意地悪…じゃない?
なんだか不機嫌だ。たぶん。
蓮司は私の顎から手を離して、じりじりと近寄ってくる。
思わず後ずさった。
「何で逃げる?俺に触れても問題ないはずだろ」
「でも、それとこれとは違う気がするのっ」
「どう違う?」
「なんか、いつもと蓮くんが違うのっ!だから私も変なのっ」
全身が熱くなって、なんだか目元がじーんとしてきた。
くちびるを噛んで押し寄せる何かに耐えてみる。
「俺のせい、か」
ぼそり、と呟いた声もなんだかいつもと違う。
もしかして怒ってる?
私が、大人、とか生意気なこといったから?
蓮司が何を考えているのかわからなくて、怖くて彼の顔を見れない。
逃げ出したくてどうしようもなくなって、話の途中なのに私は転移して帰宅してしまった。
お隣の自分の家へ。
他人に触れたり、その人のモノに触れるといろんなことが視えてしまう、これは結構怖いことだ。知りたくもない他人の黒い気持ちを知ってしまったりする。それを言い訳に人を出来るだけ避けてきた。良くないとは思っていたけれど、テレパシーやサイコメトリで視えるんだから、普通の人より他人のことがわかるし問題ない、と自分を納得させていた。
蓮司に対しては発動しない。
怖くて人を避けていたから、分からないのは安心した。
分からないことに甘えて、蓮司と過ごしていたんだ、私。
こんなことに今更気づくなんて、私、全然大人じゃない。
蓮司が呆れて怒るのももっともだ。
…挽回したい。
自分で蓮司が喜ぶこと、考えてみよう。
1周年記念の日、謝って仲直りしよう。
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