彼は今日も意地悪です
今日は以前質屋をご利用いただいたお客様がお見えになっている。
「本日は指輪のレンタルご希望と伺っております」
「はい。実は…お付き合いしている女性にプロポーズをしたくて」
「わあ、素敵!」
プロポーズかあ、すごい。
思わずにっこりしてしまう。
先日、駅に用事があって駅前をうろうろしていたら、結婚式の前撮り中らしきカップルを見かけた。
白いドレスがとても素敵で、思わず千里眼でガン見してしまった。
「彼女、プロポーズでは指輪をこう、パカーっと箱を開いてプレゼントされるのが憧れらしくて。でも僕はセンスがないから、いきなり買うのは怖くて。それで一旦お借りしてプロポーズして、後で一緒に買いに行くっていうやり方があるって聞いたんです」
「彼女さん、きっとお喜びになります!簡易の指輪を購入する方もいらっしゃって、それも素敵なのですが、本物は見た時のときめきが違いますもの」
うきうきとタブレットを操作する。
レンタル品もモノによってはそのままお買い上げいただくことも可能だ。仮のプロポーズ指輪とは言え、素敵なものをお勧めしたい。
「そうですか、女性にそう言っていただけると安心です。店員さんもプロポーズで指輪をもらいたいですか?」
「私ですか…?恋人はいないので、妄想になってしまいますが…そうですね、素敵ですね」
「あれ、そうなんですか?以前お店に一緒に立っていた男性のこと、恋人だと思ってました。とても仲が良さそうだったので」
「違いますよー、幼馴染なんです」
「なるほど」
…イケメンでも苦労するんだなあ。
「えっと、今何かおっしゃいました?」
「なんでも。あ、いい指輪ありましたか?」
ん、なんだったんだろう。
彼女さんの趣味などを伺い、実物をお見せして、無事お貸しできた。お見送り後、カウンターを片付けながらるんるんした。
「いいなあ」
プロポーズが成功したら、結婚するんだよね。
ウェディングドレスの花嫁さんも素敵だったけど、タキシードの花婿さんも格好良いよね。
そう思いながら頭に浮かんだのは、真っ白なタキシードを着こなす蓮司だった。
すらっと背が高くて、引き締まった身体つきの彼にはよく似合いそう。
隣には…やっぱり背が高めのお姉さんがいいのかな。
胸が少しちくり、とした。
あれっ、と思ったので自分の胸を透視したけれどよく分からなかった。私は文系なのである。
少し溜息をついてリラックスしようと身体をふわりと宙に浮かせた。
念力だ。
と、身体が突然暖かいものに包まれた。
「紗奈々、こんな外から丸見えのところで宙に浮くな。自分から珍百景を作り出してどうする、お前みたいな空飛ぶ子リスはすぐ動物園行きだぞ」
ぱっと振り向くと、間近に蓮司の整った顔があった。
彼は私をお姫様抱っこしている、ように腕を私の背中と膝裏にあてている。
私はびっくりして力を解いてしまった。
ふわっと一瞬無重力状態になったけれど、蓮司の腕が危なげなく私の身体を支えてくれる。
「い、いつのまに!おろして」
「さっき、『いいなあ』って言ってただろ。何が『いいなあ』なんだ」
「なんでもないよ!蓮くんの聞き間違いじゃないかな」
恋人もいないのに、プロポーズに憧れたなんて言ったら絶対にからかわれる。
さっき妄想した蓮司のタキシード姿を思い出して少しドキドキしながら顔を背けた。
「ふうん?」
私をそっと床におろして立たせると、器用に片方の口の端を持ち上げて私の顔を覗き込んでくる。
手でぐいぐいと顔を押し退けようとしたら逆に手を掴まれて指を軽く握り込まれた。
「ふうん…」
にぎにぎ。
な、なんだよう。
やっぱり蓮司はいつもちょっと意地悪だ。
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