彼は意地悪でした

私、紗奈々は超能力を活かして、幼馴染の蓮司が経営する質屋兼ブランド品レンタルショップで働いている。


質屋では、残留思念を視る力サイコメトリを活かして、持ち込まれる品々の真贋を査定する。

本物であれば、作った人やお店の人の思いが詰まっており、工房や店舗の景色が見えるのだ。


レンタルショップでは、お客様から返却されたあとにサイコメトリの力を使う。どんな場所で使われ、借りた人やその周囲の人の反応がどうだったかを視るのだ。

どのようなモノが流行しているか、必要とされているかを把握しておくことで、品揃えをベストな状態に保っている、との蓮司のお言葉だ。


ちょっと、それはプライバシーの侵害では…?と進言したことはあるが、一蹴されてしまった。


盗聴器をつけているわけでもないし、個人情報を漏らさなければ問題ない。

それにお前のその力は不可抗力だろ。


と。


それはその通りだ。

転移テレポートなどの他の力は意識しなければ発動しないけれど、サイコメトリともう一つだけは常時発動状態なのだ。


例えば電車。素手で吊り革に触ろうものなら、電車での青春甘酸っぱい高校生の会話からやつれた中年男性の会社への恨み辛みが、雪崩のように身体に流れ込んでくる。


かなりしんどい。


もう一つというのはテレパシーだ。といっても、これは他人に直接触れなければ機能しない。ふいに道端で誰かとぶつかると「ハアハア、ゆかりん、今日も可愛かったなグフフ」など聴こえてくる。


触れないようにすればいいのだが、この狭くて人口の多い街ではそれも難しい。

超能力があるからって、めちゃくちゃ便利で最高なわけでもないのである。



*********************

私が小学2年生のとき、蓮司はお隣に引っ越してきた。なので彼は小学校の頃からの幼馴染である。


ご両親に連れられて私の家に挨拶にきた彼は天使のようだったが、翌日一緒に登校した彼は悪魔に豹変していた。


私をからかったり、意地悪を言ったり。でも私のことを「さっちゃん」と呼んでくれたし、彼は自分のことを「蓮くん」と呼べと言った。


意地悪は続いたけれど、何だかんだ私たちは毎日一緒に登校していた。


そんなある日ある朝突然、私は超能力に目覚めた。

目覚めたのは、今でも常時発動中のサイコメトリとテレパシーだった。


家を出る直前のことだったと思う。その日家族はみんな早く出てしまって、私が鍵をかける日だった。


卸したての靴を履こうとして触れると、突然工場のような風景が視えた。たくさんの機械や人の間を通り抜けていく。

くらりとしながら立ち上がり、ドアを開けようとノブに触れると、家族の姿をたくさん視た。買物の荷物をたくさんもつ父と母、出かける兄、知らない女性と母。母の友人だろうか。


私はいきなりのことに混乱した。


怖い。怖い怖い怖い。


家をよろめきながら飛び出し、目をぎゅっと瞑って闇雲に走った。


「あぶないっ」

キキィ―――――――ッ


腕を誰かに強く引かれて後ろに倒れ込んだ。

(危なかった、さっちゃん、どうしたの、心配だ、さっちゃん)


「蓮…くん」


車道に飛び出して轢かれかけた私を助けてくれたのは、意地悪な、でも何だかんだで仲良しの蓮司だった。


彼の私を心配する叫び声が頭に直接伝わってきたけれど、不思議と怖くはなかった。


私をぎゅうっと抱き締めて、ほっとした顔で微笑んだ彼の顔を、死ぬまで忘れないと思う。


それからというもの、蓮司と私はずうっと一緒にいる。


グローブを提案してくれたのは彼で、私は仕事の時以外はグローブをつけている。もう少し大きくなってからだけれど、季節を問わずグローブをすると目立つことを憂鬱に思っていた私のために、袖が長くて手が隠れるだぼっとしたフーディを勧めてくれたのも彼だ。


力が目覚めてすぐの頃は、蓮司心の声も聞こえていたが、いつのまにか聞こえなくなり、彼の持ち物にもサイコメトリが発動しなくなった。


理由はわからないけど、蓮司にだけはこれまでどおり接することができた。


とまあそんなわけで、私は外にでるのが怖くて人と関わるのが苦手な引き籠りコミュ障になった。


でも蓮司は特別だ。


私は意地悪な彼のおかげで、毎日が楽しい。

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