超能力者だけど彼のことだけ分かりません!
及川パセリ
彼のことだけ分かりません
カランコロン、と鐘が鳴った。
重厚な木製の扉をそーっと開けて、若い女性が顔を覗かせた。
「いらっしゃいませ、中へどうぞ」
「あの、店員さんですか…?」
はい。店員さんです。
私はカウンターの内側で立ち上がってご挨拶した。
童顔で低い身長と、袖が手を覆うくらいのだぼっとしたフーディを着ているからあまりちゃんとして見えないのかも。
「はい、ご予約の小林様でいらっしゃいますね」
「ええ。ここって、レンタルもあるんですよね?」
「質屋とレンタルの両方を営んでおります」
そう、ここは質屋兼ブランド品レンタルショップだ。
私はここで主に接客を担当している。
「本日はネックレスのレンタルと伺っております」
「はい…友人のパーティにお呼ばれしていて、ドレスに合うジュエリーをお借りしたいんです」
「かしこまりました。どういったドレスをお召しになるご予定ですか?」
そう言って、私はタブレットを手にした。両手にグローブをつけたままだけれど、これはスマホ対応のものなので問題ない。
小林様からドレスの色柄やパーティの雰囲気を伺いながらすいすいと画面をいじり、お見せする。
「こちらのゴールドのネックレスはいかがでしょう。長さもあるので、デコルテに映えます。他にも…オーソドックスですが、こちらの二連パールのネックレスもおすすめです」
「わあ、素敵…!パーティなんて滅多にないし、きちんとしたジュエリーをなかなか買う機会はないからレンタルにしたんだけど、いろいろ選べるのね」
ニコニコしていただけて嬉しい。
そういうニーズって結構多いんです。
まあこのビジネスを企画したのは私ではないけれど。
その後も3つほど候補を見繕い、店の奥から実物を持ってきた。鏡に合わせて選んでいただき、無事お貸しした。
小林様を見送り、私は一息つく。
お茶を飲みたいな。
昨日フランスの期間限定ブレンド紅茶をデパートでゲットしたばかりだ。
新作を試したい。
でもお茶の前にひと仕事。
カウンターの備え付けたノートパソコンで報告シートを記入する。
記入を終え、肩をぐるぐる回しながら立ち上がって店の奥の簡易キッチンに転移テレポートし、指をすいと動かして念力サイコキネシスで食器棚から北欧風デザインのマグカップを取り出す。
茶葉はどこだっけ?
閉じられた戸棚を透・視・してみたけれど見つからない。
冷蔵庫だっけ…?
またもや透視するけれど、ない。
ちなみに私は透視している間はぼーっと突っ立っている、らしい。
自分では見えないけれど。
透視を切り上げて、一旦お湯を沸かそうと後ろを振り向こうとしたそのとき―
がばっと後ろから身体を抱き締められた。
「また何か失くしたのか。今日も阿呆で可愛いなあ、紗奈々さなな」
「わわっ…れ、蓮れんくん!?」
「茶葉なら昨日、食器棚に突っ込んでただろ。マグカップと近い方が便利〜って」
変な声で私の真似をしないで欲しい。
恥ずかしいから。
「午前中にレンタル返却予約があったが、バッグの返却は無事終わったか?」
「う、うん。状態に問題はなかったよ。でもまだ残留思念は視・て・ないの」
「わかった、早めに頼む。あれは結構人気商品だからな」
「うん」
っていうか、
「は、放してっ」
身を捩って何とか腕から逃れようとするが、ぎゅう、とより強く抱き締められた。
もはや抱き潰そうとしてない?
いや、変な意味じゃなくて。
「初めてじゃないくせに。何で照れてるんだよ」
喉の奥でくつくつと笑いながら蓮くん―蓮司れんじはのたまった。
変な言い方しないでください…。
「お、お茶っ。淹れたいの!それに私が触られるの苦手なこと、知ってるくせに」
謎に心拍数が上がって不安になってきた。
心臓の拍動できる回数は決まってるって聞いたことあるけど、今ので結構減ってそう。
どうしよう。
蓮司が後ろから私の顔を覗き込む。
顔が近い。
長い睫毛にぱっちりした二重の目が私を見つめた。
「俺のことだけは読めないんだろ?」
そのとおりだ。
転移テレポートも念力サイコキネシスも透視も、残留思念を視ることサイコメトリも読心テレパシーもできる、他にもいろいろできる万能超能力者の私だけれど―
この幼馴染の男、蓮司についてだけは、普通の人になってしまうのだ。
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