俺の猫なんだ
不可逆性FIG
オレノネコナンダ。
「猫」というのは不思議なもので、怪談や都市伝説といった怖い話の題材になりやすい。
たとえば、見知らぬ猫の死体を見ても同情したり憐れんだりしてはいけない、と祖父母からよく言われたものだ。どうしてかわからないが、そうした人間に何か良くないものを引き連れてきてしまうからだそうだ。
しかし、これから語るのはその猫の死体にまつわる話である。私の友人の、仮にMさんとしておこう。彼女が小学生の頃に体験したという不思議な出来事だ。──あ、そうそう、先に断っておくが作り話だと思うならそれでいい。だけど、これは神妙な顔をして語ったMさんから聞いたことをそのまま話すだけなのだから、空想か、はたまた実話なのかは最後に判断してほしいかな。
***
これは彼女──Mさんが小学六年生のときの話。
当時、Mさんが住んでいた地区の外れには資材置き場とは名ばかりの、ほとんど放置された空き地があった。そんなに広くない土地だったため、時おり夕方から夜中に猫の集会が開かれるにはうってつけの場所だったらしい。
飼い猫もいれば、野良猫もいる集会。Mさんも何度か集会を見かけたことがあったそうで、この地区のボス猫はどうやら、まだらなトラ模様の雑種でふてぶてしい顔をした野良猫だということをなんとなく理解していた。
そして、この話はそのボス猫が不審な死を遂げたところから始まるのである。
夕方、それはいつもの下校時の帰り道のことだった。
「あの空き地、どうしたんだろう」
Mさんは猫の集会所に二台の車、作業服とスーツ姿の男の人が何かを確認したり拾い上げたり、変わったことをしているのを発見する。好奇心から少し寄り道をして空き地で何が行われているのか確認しようとしたのだ。
すると、近寄ってくるMさんに気付いたスーツの男性が、「どうしたの、お嬢ちゃん」と彼女を呼び止めた。
「あのう、ここで何してるんですか」
「ここの近所の子かな? さっき市役所に連絡があって、野良猫の死体があるから処ぶ……お葬式をしてほしいって言われて猫さんを受け取りに来たんだよ。僕と、あそこにいる保健所のおじさんとでね」
市役所の職員を名乗った人が、空き地で何かを調べている作業服の人を指差す。その傍ら、空き地の隅っこに少し大きな袋が転がされていた。それは、よく見るとなにか歪なものが入って変形している、奇妙に薄汚れた白い袋だった。
「あ、そうだ。お嬢ちゃんに少し訊きたいんだけど、この近所で野良猫にエサをあげたりしてるお家ってある? それか、動物をすごく嫌ってるお家とか──」
Mさんは近くに住むKくんのことが少し頭によぎったが、言うほどでもないかと思い、
「うーん、いないと思うけど……わかんない」
「そっか、ありがとね。おじさん達はもう帰るけど、危ないからこの空き地には入っちゃいけないよ」
そう言い残して、市役所の職員さんがもうひとりに声をかける。作業服のおじさんは歪に膨らんだ白い袋を「よっこいせ」と重そうに持ち上げながら車に乗せ、そのままエンジンをかけて二台の車はどこかへ去っていった。
残されたMさんは乱雑に資材が積まれた空き地を眺める。彼女は再びKくんのことをぼんやり考えていた。
Kくん。
クラスメイトの男の子で、出来ればあまり関わりたくないタイプの人。言ってしまえば、彼はいじめっ子と言えるような常に自分中心に考えて行動する性格だったのだ。
そのKくんのことをどうして思い出したのかといえば、それは彼がよく猫にちょっかいをかけている現場を目撃していたからに他ならない。
猫を驚かせたり、わざと追いかけたり、酷いときには石をぶつけたりして、可哀相な目にあわせては愉快そうに笑っている、嫌な男の子だった。そんなKくんがMさんの近くに住んでいるという事実も輪をかけて、なるべくなら関わり合いになりたくない人であった。
「──死んだのってアレ、ここいらを縄張りにしてるキジトラ柄の雑種よね。Mちゃんも変な人に気を付けなさいね。あの猫、毒にやられたって話よ。なんでも、口元から泡吹いてひっくり返ってたって……」
帰り道、近所の噂好きなおばさんに掴まってしまい、空き地で何があったのかを知ってしまったMさん。点と点が繋がるように、作業服のおじさんが重そうに持ち上げた白い袋の中身がなんだったのかを理解して、怖くなった彼女は一目散に家に帰ったのだった。
ある日の放課後、学校での用事が長引いてしまい、太陽がほぼ沈みかけている薄暗い帰り道を歩いていたときのことである。遠くで微かに「にゃあにゃあ」と猫同士が会話しているような鳴き声が聞こえていた。──あの空き地からだ。ボス猫が居なくなって、今は誰かがボスになったのだろうか。あの日見た、死骸となったボス猫を詰め込んで薄汚れた白い袋が脳裏をよぎる。再び猫の集会が開かれているということは、そういうことに違いない。
嫌な記憶をなるべく思い出さないようにして、家路を急ぐMさんであった。
***
それからというもの、最初はあまり気にしていなかったがKくんがどうしてか、遅刻したり欠席したりが目立つようになってきていた。Mさんは彼が居ないほうが教室が幾分、静かで過ごしやすいな、などと思っていたが、今日でKくんが欠席してついに三日目という日だった。担任の先生は特に気にした様子もなく、他の欠席している生徒と同じように「体調不良という連絡があった」とだけ告げる。
クラスメイトはひそひそと「風邪ひいたってことは、実は馬鹿じゃなかったのかもね」などなど、Kくんのことを主に悪いことばかり中心に話していた。自己中心的な振る舞いでクラスに迷惑をかける彼らしい気にされようだったことばかり覚えている。
そして、数日後のある日。
学校から帰宅途中のMさんがあの空き地の前を横切ると、なぜかまたしても猫の死骸が置かれていたのである。何かを嘔吐したようで胃の中身が汚れた口元から荒れた地面に広がっていた。真っ黒な姿で首輪はしていない。なのに、不思議と毛並みの美しいメス猫だった。近所の野良猫のようだが、特段見覚えはない。いったいなんでこんなところに……と不思議に思っていると、どこからか人の気配がしたので、後ろを振り向くと、ずっと欠席が続いていた青白い顔のKくんがゆらりと立っていた。
彼は、Mさんの足元にある猫の死骸を無表情に見下ろしながら、ぼそりと言葉を零す。
「それ、俺の猫」
「え?」
「俺の猫だったんだ。俺の……なんだ」
驚いているMさんを無視して、無表情のまま涙を一筋だけ流したKくんはそのまま空き地の中へと入っていく。すると、彼の後を追うようにして近所の飼い猫も野良猫も一堂に会するようにゾロゾロと集まってきたのである。Kくんの足元に猫が集まってくる光景はまるで、猫たちが彼を王として付き従い、崇めているようで気味が悪いものだった。
やがて、彼は首根っこを鷲掴んで猫の死骸を持ち上げ、慈しむように両手で抱きかかえながら路地を曲がり、どこかへ行ってしまった。突然の出来事に困惑し、Kくんと何も言葉を交わせないまま残されたMさんはどうしたらいいのかわからず、ただ立ち尽くしていた。どれくらい時間が経っただろうか、夕暮れに取り残されていたMさんとたくさんの猫たちの視線。そのうちに何事もなかったかのように、猫たちはまた元の日常に戻ろうと潮が引くような静かさでこの場から一匹また一匹と去っていくのだった。
Mさんは我に返り、その奇妙な出来事が恐ろしくなり、慌てて自宅に帰ることにした。
次の日の朝、Mさんは通学中に青白い顔のKくんとばったり出会った。思い詰めたような悲痛な表情を隠すような硬い表情をしていた。しかし、生気の抜けた虚ろな表情のKくんは挨拶することもなく、そのまま素通りしていく。
無視されたMさんは、昨日のこともあり、少し腹を立ててしまう。だが、ここで文句を言うと何をされるかわからない。と普段の嫌な男の子だった彼を思い出して関わり合いになりたくない気持ちのほうが勝ってしまい、結局、黙ってすれ違うように歩くしかなかった。
──今にして思えば、このとき彼に何でもいいから話しかけてさえいれば良かったのかもしれない、何かが変わったのかもしれない、と全てが終わった後の何年間も後悔することは無かったのだろう。
その後、MさんがKくんの姿を見かけることはなかった。
***
Kくんが亡くなったという知らせを聞いたのはその数日後のこと。最初は学校の担任から、その後は近所の噂好きおばさんから。
死因は交通事故による即死だったそうだ。現場検証であの空き地に放置されていた黒猫の容姿とまったく同じ死骸が重傷だった彼の真横で見つかり、事故の原因は猫の死骸を道路に投げ捨てようとしたKくんが誤って轢かれてしまったのだろうとのことだった。理解不能な行動だが、もはや、誰にも真相はわからない。
だが、不可解なのはいくら彼が悪ガキだからといって、そこまで倫理的に逸脱した行為をするだろうか。そして、一番気になるのはあの日、何も言わずに持ち去った黒猫の死骸が彼の死と共に転がっていたのか、ということだ。──あのときのKくんの態度は明らかにおかしかった。別人だと言ってもいいほどに。
それに、あの猫の死骸はKくんの飼い猫だったのなら、なぜ空き地に捨てたのか。いや、そもそも虐待癖のある彼に生き物を飼うことができていたのか。そして、なぜあの猫たちを引き連れていったのか。考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。
もしかして「俺の猫」というのは縄張りに所属する仲間という意味だとすれば、さらにいえば俺の
それ以来、Mさんは空き地には近づかなくなった。月日が経ち、しばらくするといつものように猫の集会がときおり開かれるようになった。今はどの猫がボスになったのか知る由もない。Mさんはあの黒猫のことも、空き地にいる猫の群れにも二度と関わるまいと固く心に誓ったのだ。
***
──これでMさんの話は終わり。彼女の体験した奇妙で、奇怪な出来事だ。
しかし、可哀相なことに彼女、実家に時おり帰省するときは必ずと言っていいほどあの空き地の現状を確認してしまうらしい。何故それをしてしまうのか言葉にして聞いたことはないけれど、これはもはやMさん自身に科せられた呪いみたいなものなのかもしれない。
それにMさんが小学生から社会人になるまで相当の月日が経っている──にも関わらず、あの場所は何の因果か未だに空き地のままだそうだよ。
でも、Mさんの母親が言うにはあの事件から猫の不審死はパタリと無くなったそうだ。相変わらず猫の集会をしているような気配や鳴き声は変わらずにするみたいだけど……いやはや、不思議なこともあるもんだ。
この話を作り話と思ったり、信じてくれなくても別にいい。
別にいいんだけどさ、これだけは言わせてほしい。君も生き物は──特に猫の扱いは本当に気を付けたほうがいいよ。
〈了〉
俺の猫なんだ 不可逆性FIG @FigmentR
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