第4話

 ――そういえば、物語のシンデレラはちゃんと返事をしていただろうか?

 話が勝手に進んで行く状況を見て、わたしはふと思う。

 王子様のプロポーズに対して、わたしはひたすら固まっていた。あまりに衝撃的過ぎて、返事はおろか首を振ることすらできなかったのだ。

 だけど、母親を筆頭に周囲が騒ぎ立て――気づけば、わたしと王子様の結婚話は町中に広まっていた。

「シンデレラって名前をつけた甲斐があったわ」

 結局、母親のその言葉が全てだった。

 わたしの気持ちなんて考えておらず、断るなんて夢にも思っていない。

 わたしの物語のはずなのに、誰もが童話の物語を押し付けてくる。

「シンデレラ、王子様に相応しい女の子になるよう頑張るのよ」

 そんな理由なら頑張りたくなかったけど、母親の中ではもう決まっているようだ。

 王子様が成人するまで、わたしはお城で教育を受ける。

 つまり、家族と離れて暮らすことになるのに……誰も寂しかっていない。みんな素晴らしいことのように語って、わたしとのお別れを喜んでいる。

 それが嫌で、わたしは逃げるようにソルシエの工房へと足を運んだ。

「やぁ、シンデレラ。なんだか大変なことになっているようだね」

 既に知っていたのか、ソルシエはそう言って出迎えてくれた。

「うん、とっても大変なの。もう、モデルもできないかも……」

 口にした途端、わたしは泣きたくなってしまった。

「そうだね」

 ソルシエは他人事のように漏らしてから、

「あぁ、そうだ。おめでとうシンデレラ」

 そんな台詞を吐き出した。

「え?」

「王子様との結婚、おめでとう」

 彼が繰り返した瞬間、堪えきれず涙が溢れ出る。

「えっ? どうしたのシンデレラ?」

 ソルシエが慌てるも、わたしは言えなかった。

「……大丈夫です。嬉し涙、ですから」

 そう、誤魔化すことしかできなかった。

「なら、よかった」

 心の底から安堵する彼の顔を見たら、言えるはずがなかった。

 それでも勇気を振り絞って、

「……モデルをさせてください。たぶん、これで最後になると思うから」

 わたしは申し出た。

「もちろんだとも」

 そうして、わたしは以前と同じ豪奢な椅子に座る。

 だけどあの時と違って――わたしは正面からソルシエの瞳を見つめていた。

 彼は真剣な表情で手を動かして、今のわたしの表情を書き留めている。

 

 ――わたしはあなたが好きです。

 

 この気持ちが伝わるかどうかはわからない。少なくとも、今の彼には届かないだろう。彼の情熱は人形に注がれているから、わたしの恋は届かない。

 でも、それでいいと思う。

 この恋はとんでもなく我儘だから、言ったところで困らせるだけだ。

 誰もが羨むハッピーエンドを迎えられるのに、別の結末を求めるなんて……きっと我儘に違いない。

 だから、わたしは我慢する。

 きっと、それが正解だと思うから――

 

 

 

 

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