第48話 進路相談

 プロ野球のドラフトというのは、様々な変遷を経て現在の形態となっている。

 もちろんこれからも戦力均衡のために、どんどんと変化していくのであろう。

 今のドラフトは、これまた歪になっている。

 育成枠が大きくなりすぎて、支配下登録枠ではなく、育成で10人以上も獲得するという球団が出てきているのだ。

 下位指名や育成指名から、活躍する選手も出てきている。

 だが基本的には、上位指名でどういう傾向の選手を獲得するか、それがチームの将来につながっていく。


 今年の競合必至と言われているのは、高校生の神崎司朗。

 強肩俊足の外野手であり、それすらもおまけに過ぎない高打率と長打力。

 元々ドラ一候補などと言われる、安打量産機のクラッチヒッターではあった。

 だが最後の冬を越えてからこちら、そこそこであった長打力も開花。

 体格に充分な筋肉が乗って、最後の甲子園でも五本のホームランを打っている。


 夏の甲子園終了後、高校生はプロ志望届を出す期間となる。

 締め切りはドラフトの二週間まであり、まだ一ヶ月以上の猶予があった。

 実は司朗はまだ完全に、高校野球を引退しているわけではない。

 甲子園のベスト4まで残った帝都一は、国体の出場もある。

 またU-18のワールドカップもあるのだ。

 そこでもまたホームランを打てば、司朗の高校通算本塁打は100本を超えるかもしれない。

 もっとも弱いチームともそれなりに当たる高校野球では、通算本塁打数はあまり当てにならない。

 注目すべきは甲子園で何本打ったか、などというところであろう。

 その点ではホームランこそ打てなかったが、昇馬相手にヒットを複数打ったのは評価されるところだ。


 この二つの大会、特に後者において、文字通り海外のピッチャー相手にどういうバッティングが出来るか。

 司朗はシニア時代に世界大会などは体験していない。

 アメリカ以外にメキシコやベネズエラなど、世界のトップクラスとの対決が行われる。

 もっとも現在の野球において、高校以下のレベルでは日本が、一位であるのだが。

 正確に言うならアマチュア野球は、日本がどの部門でもトップになっている。

 アジアでは他に台湾、韓国の三国は、おおよそ世界のトップ5に入ってくる。

 これにアメリカと、あとは中南米のどこかが入って、上位が決まる。




 甲子園後の司朗には、マスコミが群がってきている。

 なにしろ高卒ながら既に、即戦力の実力がある上に、伸び代もまだまだありそうな選手なのだ。

 キャンプで上手く調整できたら、開幕から一軍であろう。

 こんなことを言われているが、肝心のプロ志望届を出さない。

 本人にそのことについて尋ねても、とりあえずワールドカップと国体が終わってから、と言うのみだ。

 大学進学を考えているなら、妥当なところではそのまま帝都大へ進学。

 ただ本人の学力もあるので、早慶も狙っているのでは、という話になってくる。


 司朗レベルのバッターであるともう、下手に呟くことも出来ない。

 顔立ちがイケメンであるというのも、そのスター性を際立たせることとなった。

 一年の夏から甲子園で優勝し、五季のうち三回で優勝。

 実力、ルックス、スター性に話題など、とにかくどのチームでも欲しい選手となっている。

 一番ラブコールを送ってくるのは、レックスであろうか。

 監督であるジンの父親というラインで、ここはかなり事前の接触がやりやすくなっている。

 禁止されていようと、ばれなければ問題はない。

 ジンはそのあたり、別にスポーツマンシップに反さないだろうと考えている人間だ。


 ただ司朗にはまだ迷いがあった。

 このままプロに進むべきか、他のルートを考えるべきか。

 そして相談するのは、実の父親の武史ではなく、高卒でプロ入りした大介でもなく、直史であるところ人選を間違ってはいない。

「そもそも本気でプロになりたいのか?」

 根本的な問いに対して、司朗は複雑な顔をする。

「周囲の期待に応えるべきかな、と考えています」

 もちろん司朗自身、野球は好きである。

 プロに進めば高校では対戦が不可能であった、より強いピッチャーとの対戦もあるだろう。

 具体的には直史と、公式戦で戦える。


 直史は来年で43歳のシーズンとなる。

 大学を経由していけば、おそらく引退までには間に合わない。

 武史との親子対決も、実現した方が面白い。

 なんだかんだと司朗は、これから10年間以上の、日本のプロ野球人気を支える存在になるかもしれないのだ。

「将来的にはメジャーに行きたいのか?」

 この点も考えておかなければいけない。

 直史は司朗の実力を、長打力が大幅に増えた織田、という感じに見ている。

 自分でも経験しているだけに、充分にメジャーで通用すると思うのだ。

 そして司朗はメジャーについては、そこまでの熱意を持っていない。

 ただ彼が丁度移籍のいいタイミングになった時には、おそらく直史たちはさすがにNPBから引退しているだろう。


 メジャー移籍まで視野に入れているなら、福岡からの指名は拒否すべきである。

 あそこは基本的に、選手のポスティングを容認していないのだから。

 そこをしっかりと考えておかないと、高卒で九年目まで飼い殺しにされる。

 もしもメジャー移籍を少しでも考えているなら、ポスティングを容認しない球団には入らない、と明言しておいた方がいいだろう。

 直史も三年目でメジャーに行ったのは、レックスとの契約において、その旨を書いておいたからだ。

 二年間しかいなかったが、その二年を日本一に導いたのであるから、そこは勘弁してほしい。


 FAでの移籍も確かにあるが、それよりはポスティングの方が、基本的に球団にもメリットがある。

 今では他の球団は、ポスティングを容認しているところがほとんどだ。

 ただ直史の感覚としては、絶対的な成績を残した上で、メジャーに移籍するべきだとは思う。

 買い叩かれるのは絶対に防ぐべきである。

 司朗がメジャーに行くというのは、それだけ日本のプロ野球ファンが、離れてしまう可能性すらあるのだ。

 もっともこういった才能に満ち溢れた存在であっても、怪我で故障などをして、満足に働けないという例もある。


 直史は何も迷わずプロ入りを選択した人間以外には、おおよそ進学のアドバイスをしている。

 特に身内である武史と淳には、学歴のメリットを示している。

 もっとも当の直史は、野球部にはあまり顔を出していない。

 もちろんしっかりと練習はしていたのだが、それよりは勉強の方を優先していた。

 そしてその頃の伝手なども、現在は役に立っている。

 司朗は野球が好きなのであろうが、それだけで一生を食っていくつもりなのか。

 そうは見えないので、直史も確認するのだ。


 本来の神崎家は、文化系の家である。

 もっとも母である恵美理も、色々なお嬢様の心得があり、スポーツ万能ではあった。

 大学で色々と学び、それから選択をするというのも、悪くはないのだ。

「けれどそれじゃ、伯父さんたちの引退に間に合わない」

 それだけで司朗の、プロ入りの動機になりえる。

「公式戦で対戦するつもりか」

 司朗の気持ちは直史も、全く分からないというわけではないのだ。


 素直に野球をやってみたいという気持ちはある。

 だが司朗は野球選手が、それほど長く出来ない職業だということも、ちゃんと分かっている。

 父や伯父たちは例外であり、その後の人生の方がずっと長いのだ。

 しかし引退後でも、勉強をしなおすことは出来るだろう。

 上杉などは高卒であるが、カリスマの高さで政治家をしている。

 もちろんそのブレーンは、あちこちから有能な人間を集めているが。


 やってみて駄目なら、普通にキャリアを変えればいい。

 幸いと言ってはなんだが、司朗の場合は実家も太い。

 直史の場合はリスクを負うことが出来なかったため、プロの道には進まなかった。

 だが若い間の数年ならば、充分に取り返せると思うのだ。

 もちろん他に何か、真剣にやりたいことがあるのなら別だが。


 将来的にやりたいことは、特に決めてはいない。

 流されるようにやってきたのに、ここまでの実力がついたというのは、指導者を含めた環境のおかげであろう。

 プロでも通用するだろうな、というのは直史も分かっているのだ。

 だがわずかな怪我で、その未来が閉ざされるのも、スポーツの世界である。

 そのあたりのことも考えて、ケアしてくれる球団を選ぶべきだろうが。


 司朗の望みの通りであるなら、パ・リーグの球団は当てはまらない。

 セでも直史や武史と対戦したいなら、かなり限られてくる。

 カップス、フェニックス、タイタンズにライガース。

 ライガースに行かれると大変だな、と直史は思う。

「ライガースのノリにはちょっと……」

 タイプ的にはカップスなどが合ってるのかな、と思う直史である。

 フェニックスもそこそこ、選手個人の育成は、決して悪くはないのだが。


 ともかくポスティングを認めていない球団は、NGとはっきりさせておくべきである。

 他には直史と対決するなら、レックスもNGであろう。

 ただスターズに入って、紅白戦をするならいいのではなかろうか。

 そもそも武史の力は、復帰後も勝利しているとはいえ、衰えているのははっきりしているのだ。

 司朗が加入すればスターズも、かなり厚みが出てくるのではないか。

「とりあえずレックスと福岡以外で」

 意図ははっきりと分かるのだが、自分のチームが除外されているのは、なんとなく寂しく感じてしまう直史であった。

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