第47話 研究する男
直史がゴルフに手を出したと聞いて、普通に連絡を取ってきたのが樋口である。
代議士秘書として働く樋口は、実際の仕事は軍師のようなものだ。
イケメンがマスクで隠れるのは損失、などと現役時代には言われていた。
だが政治家ではなく謀略家としては、確かに優れている。
上杉正也の負の側面を、全て取り仕切る男。
フィクサーとでも呼べるようなこの男は、政治家や官僚に加え財界の人間など、多くの種類の人間と交わることがある。
そこで使われるのが、ゴルフという道具である。
新潟県にはさほど、ゴルフ場が多くはない。
面積や人口に対しての比率などでは、さらにそれが下位になる。
ただ東京まで出てくれば、普通に仕事関係で回ることはある。
長野や北海道もそうだが、降雪地帯のゴルフ場は、冬季はスキー場になったりもする。
もっとも昨今のスキー人口は、どんどんと減っているらしい。
娯楽に金をかけるほど、日本人の経済力が大きくなくなってきた、という見方も出来るだろう。
だがもっと身近な娯楽が増えてきたから、とも言える。
広大な場所、移動のための時間と金、そしてプレイにも時間がかかり、道具にも時間がかかる。
例外はあるがゴルフなどというのは、金持ちの趣味であることは間違いない。
そして金だけではなく、他の余裕を持っていなければ出来ない。
「正也はハンデ10の腕前になったからなあ」
それは凄いのかどうなのか。
いまいち分かっていない直史であるが、直史はハーフを4オーバーで回っているので、単純に計算すれば8オーバー程度になる。
もっとも実際のゴルフというのは、そう単純なものではない。
ビギナーズラックがあまりないスポーツではあるが、それは18ホールのラウンドを回ったり、選手権での試合の話。
ハーフで4オーバーならば、ビギナーズラックもないではないが、そもそも直史の才能がゴルフに向いているというのはある。
正也は代議士なので、地元と東京、また他の地方を移動することが多い。
基本的には若年の小僧なので、いくら知名度が高くても政治の世界では、半人前扱いである。
なので東京に来る時には、だいたい顔をつなげるのが仕事であったりする。
また若手の仕事としては、党の重鎮の世話などもある。
直史は百合花のために、千葉県にあるゴルフ場の会員券を、いくつか取得していた。
そして樋口のために、ラウンドの口を利いてやることも、普通にする。
ついでといってはなんだが、百合花も一緒にラウンドさせてやってくれ、ということになったりする。
上杉正也と樋口兼人と、財界人が一人に百合花。
さすがにジュニアでも低学年の部にすらならないので、完全にレディスティから距離を縮めて初球を打つことになる。
樋口は基本的に、理論家である。
ゴルフも理詰めで考えて、それなりの理屈を見出している。
「プロのゴルフとアマチュアのゴルフは違うし、アマチュアでもジュニアの競技ゴルフと一般人の趣味ゴルフは違う」
当たり前のことでは、と百合花は思った。
「マンガとかを読んでゴルフを始めると、どんな人間でも大叩きする」
「それも当たり前では」
思わず言った百合花であるが、実は当たり前のことではないのである。
野球選手はゴルフに向いていると言われる。
実際にジャンボ尾崎という日本のレジェンドは、元プロ野球選手である。
ただどのポジションが向いているか、というのはまた話が違う。
「ゴルフが上達するには性格の向き不向きがあるけど、ゴルフが強くなるには人格が問題になるな」
「性格と人格ですか?」
上達と強さというのも、ちょっと違いの分からない百合花である。
「まあゴルフが好きになれば、自然と練習してある程度は上手くなる。ここには強気でも弱気でも、とにかく継続する力が必要になる」
それはそうだろうな、と百合花は思う。
家の近くに作ったお手製コースで毎日練習していると、祖父母が「まるで小さい頃の直史みたい」などと言ったりするのだ。
「強気なゴルフはいい結果も出るが、大きなミスにもつながる。ただしバーディがないがボギーもないゴルフよりは、5バーディ5ボギーのゴルフの方が伸び代はある」
これには首を傾げる百合花であったが、直史も似たようなことを言っていた気がする。
「ボギーはミスをなくせばいいが、パーをバーディにするのは難しいからだ」
なるほど、確かに言われてみれば、そうなのかもしれない。
樋口はキャッチャーであった。
シニア時代はたいしたことのないピッチャーをリードして、そこそこ勝ち進んでいった。
彼自身も強肩であったが、ピッチャーはしていない。なぜならボールを捕れるキャッチャーがいなかったからだ。
ただし弱いピッチャーを使って勝つことに、快感を覚えてしまう。
そういうひねくれた人間であったのも確かだ。
そんな樋口はゴルフというスポーツが、頭脳戦だとすぐに気づいていた。
またメンタルのスポーツであることも。
研究好きのこの男は、そこそこゴルフに関する本を読んでいる。
そして気づいたのが、ゴルフは思考のスポーツでもあるということだ。
確かに四時間から五時間もかけて、1ラウンドするというスポーツであるが、運動強度はさほど高くもない。
それでも10kmは歩くわけで、終わりごろにはくたくたになっている。
基礎体力も必要ではあるが、休み休み歩いているのに、どうしてそこまで疲労するのか。
それを考えた場合、集中力の限界だと思うのだ。
ゴルフは一つの試合を、四日間かけて行う。
マッチプレーや女子の三日間大会は別だが、女子でもメジャーは四日間だ。
1ラウンドにかける時間も、四時間から五時間はかかる。
そこで集中力を上手く維持し、エネルギーを脳に回復させる。
数日間に渡って競うのは、ロードバイクもそうではある。
しかしゴルフの中でも、女子ゴルフは二週間に一度以上のペースで試合が行われているのだ。
四日間といったが、実際にはマンデーという予選もある。
さらにツアーに参加するには、日本各所を移動する。
一応冬場はシーズンではないが、海外のツアーなら普通に冬場も試合はある。
野球と違って一つの国で完結しているわけではない。
特に男子のゴルフなどは、今は国内の試合が激減している。
トッププレイヤーが海外に主戦場を移したということもあるが、その海外ランキングでも女子の方が世界的に活躍している。
そもそも国内ツアーの大会が、女子の方が圧倒的に男子よりも多いのだ。
ゴルフは金がかかるスポーツだが、女子にとってはおそらく、最も稼げるスポーツだ。
パワーよりもテクニック、そして頭脳とメンタル。
これらは男子と女子の差が、比較的少ない分野である。
だが金の問題であるならば、そもそも百合花は資産家の娘である。
金だけを求めるならば、いくらでも確実な方法があるだろう、と樋口は思うのだ。
大介と同じ雰囲気を持っている。
純粋にその競技において、とにかく勝ちたいという闘争心。
それは昇馬以上のものだ。
彼にあるのは闘争心ではなく、生存本能なのだから。
樋口はラウンド終了後、直史と合流する。
そして百合花の、素晴らしい資質についても語った。
パワーではなく、バネで飛ばしている。
まだ小学生というのが信じられない正確性もある。
ただ彼女なら、どんなスポーツをしても成功するだろう。
その中でゴルフというのは、果たして彼女にマッチしているのか。
大介の子供たちは昇馬を筆頭に、誰もが身体能力を活かすスポーツなどで活躍している。
ゴルフが悪いというわけではないが、あの瞬発力や持久力は、他のスポーツでも活躍出来るのではないかと思われた。
両親の体格はさほどでもないが、兄の昇馬や姉から逆算すれば、そこそこの身長にはなるだろう。
今のゴルフはティーショットで、正確に遠くに飛ばすことが重要になっている。
そのためのバネを、百合花は持っている。
だがそれこそ、活かすスポーツが思いつく。
瞬発力を考えるなら、テニスもいいのではないか、と樋口は思う。
だがゴルフのボールを打つという技術は、テニスよりは野球に近い。
届く範囲のボールを打つのだが、ゴルフと同じくほぼフットワークが必要ない。
しかし女子野球という市場は、プロスポーツとして存在しない。
「本人の希望を最優先にすればいいだろう」
「これだから金持ちは」
「お前のところだって、金はあるだろ?」
確かにMLBで荒稼ぎしたのは、直史だけではないのだ。
樋口にも四人の子供がいる。
それなりに習い事としてスポーツもさせている。
だがプロを目指す、というほどの熱意を持っている子はいない。
樋口が元々、学者肌の人間ということもあるだろう。
子供は間違いなく、ある程度は親の影響を受けるものなのだ。
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