第45話 年下でも男の子
今年の白富東の怪物ルーキーと言われる西和真。
シニアの時には関西や関東の、強豪からの特待生勧誘や100近くもあったものだ。
最後の三年生の時にも、打率は七割をオーバーしていて、ホームランも相当に打っていた。
シニアだと相手のレベルは、部活軟式よりも比較的高い。
それなのにOPSは2を超えていたのだから、もう歩かせた方がいいというのは、誰もが分かりきっているぐらいのバッターであった。
ただシニアの世界では、敬遠などは滅多にさせない監督が多い。
打たれたら打たれたで、そこから打たれないようにする工夫が生まれる。
そしてシニアのレベルで打たれているなら、その先の道は細い。
特に将来性の高そうなピッチャーほど、強打者相手でも勝負にいく。
これが高校野球になると、甲子園神話のために、勝利を優先していく傾向となる。
和真が白富東を選んだのには、幾つか理由がある。
まず単純に、一年と二年の時には、甲子園に行けるだろうな、と思ったからだ。
白石昇馬というのは、怪物と言われる和真から見ても、圧倒的な怪物である。
和真も180cmを優に越える体格であるが、昇馬は190cmを越えている。
それに体の厚みが、既に充分すぎるほど出来上がっている。
他には指導者、練習環境、また県内のそこそこの有力選手が、かなり集まるという理由もあった。
もし昇馬が怪我をしても、アルトと真琴のピッチングで、おおよその強豪相手には通用する。
出来れば同学年にも、ある程度のピッチャーが欲しかったところだ。
しかし昇馬に乗っかっていれば、少なくとも甲子園には行ける、と判断した。
プロという目標がある。
和真の父にも、わずかだがプロのスカウトが探りに来ていたのだ。
しかし一つ上や同学年に、とんでもない選手が揃っていたのがあの当時の最強早稲谷大学。
それがプロという世界において、どういう結果を残しているかを見た場合、成功するのはかなり難しいと思えた。
よって普通の、そして貴重なサラリーマンとなったわけだ。
和真はそういったプロの手前まで行った父や、プロで数年確実に働いた父の友人の話などを聞いて、単純にプロを目指すのでは駄目なのだ、ということが分かっている。
プロの中でもさらにトップレベルにいなければ、野球で食っていくことは出来ない。
プロになるのが最大目標であるのなら、それはプロになどならない方がいい。
プロに入った上で、年俸二億を稼げると確信して、ようやくプロに行けばいい。
それ以前の段階で、大学の野球部のつながりや、あるいはノンプロへの就職などと、野球には将来を開く可能性が満ちている。
まあプロには行きたいと思っていたのだが、聖子に散々に言われていたのも確かだ。
他のとこになんか行かんと、うちの後輩になれ。
あと少しの打力が欲しかった、白富東の本音である。
実際に和真は全国レベルのピッチャーから、ホームランが打てた。
単純に一人の強打者が増えたということではなく、和真がいることによって昇馬やアルトが、敬遠されにくくなったのだ。
夏の県大会も迫ってきた頃である。
「一年やけど、ちゃんと出来てるなあ」
聖子と和真はご近所さんなので、帰るのも一緒になりやすい。
和真相手には遠慮のない聖子であるが、春の大会では確実に決定的なチャンスをものにしていた。
「ええ子ええ子したろか?」
そう言って頭半分ほども高い、和真の髪に手を伸ばしてくる。
「聖子ちゃんはそういうとこ、ちょっと考えた方がいいと思う」
「何をやの」
顔面偏差値の高い聖子は、三姉妹の長女。
和真のことも子分扱いで、弟扱いをしてくる。
はっきり言って性格にきついところはある。
だが慣れてしまうと、そのきつさがクセになってしまうのだ。
「聖子ちゃんも顔はいいんだから、せめてもう少しおとなしくすればモテモテになるのに」
「なんやねん、それ。うちはうちで何も変わらんし」
実際に野球部には、美人の女選手がいると、散々に話題にはなっている。
それに二人とも、女子野球では日本代表なのだ。
同じ新入生の中にも、真琴や聖子のことを話題にしている者は多かった。
だが真琴はかなり背が高いこともあってか、男子人気は低め。
王子様的に女子のファンが多いのだ。
そして真琴と聖子のカップリングで、百合妄想をしている者もいる。
救いようがないのは、野球部の中にさえ、そういう人間がいることだ。
もう少し性格がおとなしければ、確かに聖子はもっとモテるだろう。
ただ今のままでも、聖子のいい部分を知っている人間はいるのだ。
それこそ和真のように。
「聖子ちゃん、男子との距離が近すぎるよ。勘違いするのも出てくるだろうし」
「そんなん知らんし。勘違いする方が悪いやろ」
「じゃあ俺みたいにずっと仲のいい男が、付き合ってとか言い出したらどうするの?」
こんな問いは聖子には、ちょっとどころではなく意外であったらしい。
「うちは部内恋愛禁止やろ」
そう言って顔を反らしたので、表情ははっきりと見えなかった。
そんな聖子の手を、和真は取っている。
向き合った和真の顔の位置が、屈みこんでいるのにそれでも上から近い。
「聖子ちゃんもいくら強くても、女の子なんだから」
「ボケ!」
金的を狙った蹴りを、しっかりと膝でガードする和真である。
今までに何度もやられてきたことなのだ。
つかまれた手が、ぴくりとも動かなかった。
さらに攻撃をしようとして、あっさりと和真は手を離す。
「聖子ちゃんに無茶なことはしてほしくないんだよ」
そう言われてしまって、聖子はつかまれていた部分をさする。
力が強くなったのは知っているつもりだったが、男として意識してしまう。
星家は父以外には、日常的には男がいない。
その父はずっと、穏やかな人間だ。
「ごめん、痛かった?」
「たいしたことないわ」
本当に痛くはなかったが、驚いたのは事実だ。
和真が、弟のような和真が、こんなに力が強くなっているなんて。
自分が女なのだと思い知らされる。
シニアでも男子のプレイを見るたびに、必死で技術でカバーしてきたのだ。
「最後の夏が終わるまで、うちは男なんか作る気もないし」
そう言われて和真は、少しだけ安心するのだが。
「聖子ちゃんの理想って、どんな感じ? 近い年代でいったら」
「そら……司朗さんみたいな感じやろ。バッティングで甲子園でホームラン打って、守備もめっちゃ上手くて、走るのも速い。そんでドラ1でプロに入るぐらい」
「昇馬さんみたいなのじゃないんだ?」
「あれは人間ちゃうやろ」
その言葉で、わずかに和真は笑ってしまった。同意見である。
甲子園でホームランを打つ。
そしてプロにドラフト一位で入る。
司朗は自分の上位互換であるが、全く届かない存在というわけでもない。
「来年の夏が終わったら、部内恋愛禁止も関係なくなるよね」
「……まあそうやな」
ならばその時のために、自分は何をするべきか。
(ドラフト一位か)
昇馬の球を打てたなら、それは充分に資格があるだろう。
それでも聖子のほうが、一年早く卒業してしまうのだが。
和真の目標は、とりあえずこの夏と次の夏。
そこで大活躍すれば、最後の夏に届かなかったとしても、充分に一位指名はありうることだ。
「来年の夏までは、誰とも付き合わないんだね?」
「あんたもあかんで。甲子園を、全国制覇を目指すんやから」
異性と付き合う暇などない。
などとは言っているが、この二人の両親がそれぞれ出会ったのは、高校時代の縁である。
あと誰かさんは普通に、性欲を発散させまくっていった。
それは言わぬが華であろう。
(ドラ1で指名されて、日本のどこに行くのか……)
それ以前に聖子の進路も分かっていない、和真の内心はもどかしかった。
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