第44話 メンタル・スポーツ

 プロスポーツにおいて重要なものは、果たしてなんであろうか。

 それはもちろん金である。

 そして多くの場合、付随してくるのが名誉や社会的地位だろう。

 世界には多くのスポーツがあるが、その中で最も名誉や社会的地位が得やすいスポーツこそ、ゴルフなのである。

 これは単純に、ハンデを付けさえすれば、下手な金持ちや権力者と、プロのトップ選手が一緒にラウンドすることが出来るシステムにある。


「今の日本の女子スポーツでは、確かに一番稼げるだろうな」

 ちょっと調べた感じで、直史はそう言う。

 むしろゴルフに関しては、日本では女子の方が稼げたりする。

 単純に男子よりも試合数が多いのが、今の日本のゴルフ事情である。

 また世界レベルで見ても、女子の日本人選手は男子よりも多く、世界ランキングに入っている。

 さらに言えばトップの中のトップであると、スポンサーとの契約金が馬鹿にならない。

 賞金よりもそちらの方が、はるかに多かったりする。


 なお大介はあまりゴルフが好きではない。

 あれだけ広さがあれば、幾つの野球場が作れるのか。そんなことを考えている。

 もっともNPBの選手の中には、キャンプ中にゴルフのラウンドを回るゴルフ好きがそこそこ多い。

 金持ちのスポーツだと大介は思っているが、実際のところは野球も充分、金持ちのスポーツであるのだ。

「まあ、何事も経験か」

 子供の可能性を閉じない親ではないので、大介も頷いた。

 だが普段は千葉と兵庫に分かれて住んでいるため、百合花の保護者としては祖父母か、母親の桜が付いていることになる。

 子供の数が多いので、なかなか付き合うことも難しい。

 大介が関東に遠征するタイミングで、椿が付き添ったりもするのだ。


 千葉県は実は、日本でも一位を争うほど、ゴルフ場の数が多い。

 そして日本はアメリカの次を、カナダと争うほどゴルフ場の数が多い。

 意外かもしれないが発祥の地であるイギリスは、現在四位。

 もっとも国土面積の違いを考えれば、それも当たり前であろう。

 また日本のゴルフ場は、バブル期に大量に作られた。

 ゴルフ場会員券などというのは、まさにバブルの象徴だ。


 アメリカだけで世界のゴルフ場の、四割以上を占めている。

 トップ四カ国だけで、75%のゴルフ場があるのだ。

 ただ日本のゴルフ場は、毎年どんどんと減少傾向にある。

 テレビもおおよそは、地上波で放送されなくなったものだ。

 しかしそんな中で、女子ゴルフはここのところずっと強い。

 そして世界的に見れば、アジアはゴルフの市場が拡大傾向にある。




 ゴルフはピッチングに似ているな、と直史は思った。

「バッティングじゃなくて?」

 百合花の疑問に、直史は自分の感覚を告げる。

「バッティングは基本的に、あの広いスタンドのどこかに放り込めばいいだろう? しかしゴルフは最終的に、あの小さな穴に球を入れなければいけない」

 そう、ゴルフは飛ばしっこではないのである。

「最初のドライバーショットさえも、単純に飛ばせばいいというわけじゃない。ピッチングはそれこそ、ゴルフボール一個分の精度で投げることがある」

 それはお前だけである。


 直史の言っていることは、ある程度は間違いない。

 ちょっとルールを調べただけで、本質を理解していた。

 メンタル・スポーツとは野球も言われているものだ。

 しかしどうも調べた限りでは、ゴルフの方がより、メンタルが必要になるスポーツではないかと思われる。

 駆け引きにしてもそうだが、プレッシャーをお互いに掛け合うところは、確かに野球に似ているかもしれないし、メンタルスポーツではあるだろう。

 だが試合に四時間だの五時間だのかけて、さらにそれを三日から四日もかけて行うというのは、贅沢なスポーツだ。


「伯父さんもやってみる?」

「そうだな。引退したらかなり、必要になってくるかもな」

 ゴルフ場で色々な、商売の交渉がされるというのはあることだ。

 また政治家などでも、多くがゴルフを趣味としていたりする。

 ある程度の腕前を磨いても、損はないだろう。


 初心者用のクラブセットを買ってみた。

 そして百合花には、ジュニア用のクラブを買ってやる。

 もっとも金が出ているのは、当然大介からである。

 実家からもマンションからも、それなりに近いところに練習場はある。

 とりあえず冬の間、直史はある程度、百合花に付き合った。

 ゴルフ練習場というところには、おおよそティーチングプロが存在する。

 そこで基本的なことを教わる。


 時折見かける、ドライバーをショットするような場所。

 だが実際にはアプローチという、グリーンに寄せていく練習も出来る場所がある。

 さらにパットの練習が出来るグリーンもある。

「メンタル・スポーツと言われているけど、インテリジェンス・スポーツでもあるな」

 直史の理解としてはそうなる。


 コースをどう攻略していくか、手順は必ずいくつかが存在する。

 自分の実力に合った手順を選べば、それなりの数字が出てくるのだ。

 組み立てていくのは、まさに配球のようなもの。

 そしてその配球を元に、リードを行う。

 つまりその日の天候や、相手との差。

 正確に打つことが出来た上で、ある程度の誤差が出る。

 その誤差をどうやって消すか、どうやって許容するか。




 直史としてはゴルフ付き合いを考えはしたが、シーズンが始まればそちらに時間を取られる。

 また会社の役員としての仕事もあるし、弁護士事務所の仕事もある。

 基本的には、企業の法務部の役員といったあたり。

 だが顔の広さを利用して、色々と交渉もして行くのだ。


 そんなことをしている間に、活動的過ぎる妹たちが行動を起こした。

 大介の稼いだ金を、金融投資でがっつり増やしたが、直史の伝手も利用する。

 実家の周囲の開けたスペースに、ゴルフの練習場を少し作ってしまったのだ。

 バンカーとグリーン。そして打つためのネット付き練習場。

 実際の距離が出したいのなら、普通に空き地に打っていけばいい。


 そして予想していたことだが、百合花よりも先に桜の方が上手くなっていった。

「ゴルフって肉体の微細なコントロールが重要なんだね」

 出力の最大値も重要ではあるが、出力コントロールの方が重要。

 なにしろ全体のショットの四割を占めるのがパットである。

 そのパットには、全力のスイングなどまず必要ないのだ。


 強すぎても弱すぎてもいけない。

 そこを狙う、というのはまさにピッチング。

 いや、そんなピッチングの理論を使っているのはお前だけだ、と直史などは言われそうであるが。

「これ、腕の力は握力以外、あんまり必要ないね」

 知り合いのゴルフ好きに連れて行ってもらって、娘と一緒に回る桜。

 何度か回ってみると、おおよそのコツが掴めてくる。


 自分たちのやっているのは、単に上達するためのゴルフだ。

 百合花が今やっているのも、まだその段階である。

 そして今の段階では、まだ深く考える必要はない。

 しっかりとボールを打つことだけを、考えていけばいい。

 だがやがては、気力が必要になるだろう。

 その気力を維持するための、体力も必要になるだろう。


 女性用の1ラウンドからして、距離は6km以上。

 その距離を全て歩いた上で、コース間を歩いていく必要もある。

 ただ一日10kmぐらいなら、普通に歩くことは出来る。

 別にスポーツをしていなくても、普通の靴さえ履いていれば、三時間もあれば確実に歩ける。

 そして時間的には、およそ四時間から五時間ほどがかかるわけだ。


 ショットの瞬間に筋肉を使うだけで、あとは走ることもない。

 楽なスポーツに思えるが、それだけに技術もいる。

 そして昭和のゴルフはともかく、現代ゴルフはこれまたアスリート化している。

 より遠くに飛ばす力、より高く飛ばす力、そういったものが技術と共に必要になっているのだ。


 直史はバッティングではなく、ピッチングにこれは近い、と言った。

 しかし桜の感覚としては、ピッチングよりもさらにアレに近いと思った。

 ビリヤードである。

(競技になると、神経戦や頭脳戦が重要になる)

 それをあっさりと桜は理解していた。

(でもまあ、今はそんなことはいいか)

 百合花が全日本ジュニア選手権年齢別で優勝するのは、この翌年のことである。

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