もう一つの白
第43話 負けず嫌いの血統
女子が男子に勝てる競技はあるだろうか。
一般的に体重別で分かれている競技は、まったく勝ち目はないと思われる。
また、単純に体格が有利に働くものも、男性が圧倒的に有利だろう。
スポーツ競技の中では、基本的に性別で分かれるのが当然なのだ。
それがアメリカの中では、変なポリコレだのLGBTだので、おかしなことになっている。
変革の動きが大きいが、その動きが悪い方にあるのも、アメリカという社会の特徴なのであろうか。
そのアメリカで白石家の長女は、バレエを選んだ。
男子と競うわけではなく、お互いが役割を分担し、一つのステージを作り上げるというものだ。
スポーツではないが、肉体の操作に繊細さを有するということでは、確かに間違いのないものだろう。
長女がバレエを始めて、双子の次女と三女は、最初は少しバレエをした。
だが姉に追いつけないと思ったら、あっさりと違う路線に変更する。
クラシックバレエに対して、こちらはダンスを選択したのだ。
双子であることを上手く使った、テクニカルな踊り。
ちょっと短い動画配信で、有名になっている。
四女は考えた。
とりあえず長女と同じく、バレエをやってみたりもした。
ニューヨークにいる期間が長いので、そこで色々なスポーツもしてみたものだ。
「伯父さん、スポーツで女子が男子に勝てるのって、何かないのかな?」
「そうだなあ」
問われたのは直史であるが、疑問に答えたのは瑞希である。
「日本の場合は公営競技の中に、ジョッキーとモータースポーツがあるけど」
男女混合であるが、現実的にはどちらも、ほぼ男の世界である。
それに競馬の騎手であるなら、競馬の世界に伝手がないといけない。
瑞希がそれを口にしたのは、大介がまた新しく馬を買って、馬主登録などをしているからだ。
ただ、白石家は長女を見るに、そこそこ身長が高くなりそうなのだ。
両親は共に平均か平均以下の身長だが、親戚は背の高い人間が多い。
競馬の騎手や競艇、またオートレースにしても、体重の軽い方が有利である場合がかなり多い。
「他にはスポーツじゃないけど、成立しているのは囲碁とか将棋とか」
「それはアキちゃんに勝てないから駄目」
親戚の中には将棋を趣味とする人間もいて、直史などは相当に強い。
だがさらに強いのが明史で、しかしながらその明史でも、プロを目指すほどは強くはないのだ。本人が趣味でやっているというのもあるが。
別にスポーツにこだわることはないだろうに、と直史は思う。
だが世間的に有名なものであると、フィギュアスケートなどは芸術要素が強く、男子とはまた違った魅力があるだろう。
「男子に勝てるわけじゃないけど、あとは女子競技で成立してるのは……テニスとゴルフかな?」
「ゴルフ……」
大介はフロリダにキャンプでいる間、ゴルフに誘われることが多かった。
実際に飛ばし屋であることを考えると、フィジカルの才能という面はあるだろう。
「ゴルフはメンタルスポーツだしな」
ちなみに一番のメンタルスポーツと呼ばれるのは、ビリヤードであるとも噂される。
「お金持ちのスポーツみたい……」
「お金持ちの娘だろ?」
百合花の言葉に、直史はあっさりと応じてしまったものだ。
現代のスポーツにおいて、参入障壁の小さなスポーツは、バスケットボールやサッカーなどであろう。
つまり初期投資に金がかからないスポーツだ。
もちろんそれも、シューズやスパイクを考えれば、習い事のスポーツ全体が金はかかる。
ただ普通の靴であっても、ボールさえあれば出来るスポーツだ。
野球はボールとグラブとバットがいる。
ゴルフはクラブが何本も必要で、ボールも必要であるし、何よりも場所がとにかく必要だ。
金持ちのスポーツがあるのだから、金持ちが貧乏人のスポーツを邪魔してはいけない。
そんな傲慢な話でもないし、直史は金持ちだがゴルフをしない。
ただ今後の付き合いによっては、ゴルフも覚えたほうがいいのかな、ということは考えているが。
おおよそのスポーツでは、女子プロのトップは男子アマのトップに勝てない。
だがメンタルが大きく作用するスポーツなら、充分に逆転のチャンスはある。
「あと女子が稼げるスポーツだと、ゴルフが一番とか聞いたかな」
「ゴルフかあ」
うんうんと唸っていた百合花であるが、とりあえずやってみようという考えにはなったらしい。
その思考回路は独特だなと、直史は思ったものだ。
子供がスポーツを始めるなど、周囲の人間がやっているか、親の勧めというのがほとんどであろう。
それが百合花の場合、男にも勝てるもの、という理由を出して来た。
バレエはやってみて、素質があると言われている。
しかし姉に追いつけない、と思ってやめたのは下の姉たちと同じ理由である。
別にバレエの世界は、トップの一人だけが重要な世界でもない。
なのにトップを目指すというのは、ものすごい自信家と言えるだろうか。
視線が最初から頂点を目指している。
両親が負けず嫌いではあるが、その子供たちもまたそうと言うか、ちょっとおかしなところはある。
「とりあえずやってみるか?」
そう声をかけたのは、父親の大介ではなく、将来的にゴルフが必要かなと思っていた直史の方であった。
バブル時代の象徴とも言えるゴルフ場だが、おかげで競技レベルを上げることにはつながっている。
どうしても日本人には不可能であった、メジャー優勝も果たされた。
千葉県内にもたくさんのゴルフ場はあり、また練習場もたくさんある。
そして数日の練習をした後、直史は百合花を連れて、誘われたゴルフ場に向かった。
帰ってきたのはそれほど遅くもない時間である。
「性格で向き不向きがあるスポーツかな」
直史はそうあったりと言ったが、百合花は頬を膨らませていた。
動いているボールにバットを当てる野球の方が、理論的には難しいはずである。
しかしゴルフは、バッティングではなくピッチングに似ている。
極端な話、バッティングは広いスタンドに放り込めばそれでいい。
ピッチングの場合、少なくとも直史は、速いボールを投げるのではなく、必要なボールを投げることを考える。
速すぎるボールというのは、ゴルフで例えればOBだ。
「なかなか技術のいるスポーツだし、メンタルコントロールの他に駆け引きも必要だ」
直史は自分には合ったスポーツだな、と思った。
それでも今日、ハーフ36のところを4もオーバーしてしまったのだが。
……初めてコースに出てそれというのが、どれだけ驚異的なことなのか、もちろん直史は分かっていない。
子供用のクラブで回った百合花は、14オーバーであった。
「あたし、ゴルフやる」
「今調べたんだが、テニスの方が賞金だけなら高そうだぞ」
「ううん、ゴルフがいい」
「今日あんなにボロボロだったのにか」
直史からするとゴルフは、闘争心を抑えることが必要なスポーツであると思う。
ただパワーだけで戦うスポーツではないな、と分析していた。
「難しいからこそ、やってみたい」
「へえ」
ゴルフに全く興味のない大介としては、娘がそういうならやらせてみてもいいとは思う。
もっとも女子は集団競技でプロとして成立しているスポーツが、かなり少ないとは思っていった。
白石家の人間は、鷹揚さを持ってはいるが、闘争心に溢れたところもある。
直史としてはそのあたり、しっかりとレッスンを受けるのが重要だろうな、と考える。
一流である人間というのは、他のことをしても本質を見極めるのが上手い。
今日は一緒に回ってもらった知人たちが、ゴルフの色々な面を見せてくれた。
ただ直史としては、ゴルフはやるのはともかく、見るのは面倒だなという感想を抱いた。
野球も三時間ほどは時間がかかるスポーツだが、ゴルフは18ホールを回ればそれ以上かかることも多い。
「まあ近くにもゴルフ場はあるし、練習するところはそれこそあるし、やってみてもいいんじゃないか?」
直史としては百合花の負けん気の強さは、テニスの方が向いているのでは、と思ったが。
難しいからこそやる。
天性の性格が、プロスポーツに向いていることは確かだ。
また実は日本の女子ゴルフは、世界で戦えるほどレベルが高い。
さらに言うと、女子は男子ゴルフの大会に参加出来ないわけでもない。
それなりに近くに練習場とゴルフ場がある。
さらに耕作放棄地を使えば、ゴルフの練習を庭先で出来る。
(大介のところは、スポーツ一家だなあ)
のんびりと考える直史であるが、この先の近い未来に自分が、今からでもプロテストを受けてみないか、と言われるとはさすがに想像していなかったのであった。
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