第42話 ラストシーズン

 帝都一は春の大会を、順当に勝ち進んでいた。

 センバツも優勝し、今年の夏は司朗の高校野球最後のシーズン。

 帝都一が最強であったのは、いつの時代であろうか。

 少なくとも今は、それに名乗りを上げるほどの実績を出している。

 プロの選手を輩出したという基準なら、本多達がいた年代であろう。

 一年生の時に、全国制覇を達成している。


 ただその後の二年は、厳しいものであった。

 春日山、大阪光陰、白富東の3チームが、とんでもない争いを繰り広げたからだ。

 大阪光陰の三連覇に、春日山の四季連続決勝進出、そして春日山の新潟県勢初優勝から、白富東への時代へと。

 帝都一も充分に強かったが、あの時代は本当に異常であったのだ。


 今の帝都一は、最強であると言っていいのかもしれない。

 司朗が入って入ってきて夏と春を連覇。

 次の夏は惜しくも準優勝であった。

 ただその次のセンバツは、またしても優勝を果たした。

 ルールによって勝った試合だ、などと言われたりもしていたが。

 結局昇馬からは、一点も取れていない。

 どのチームも公式戦では、一点も取れていないのだ。


 その昇馬と対決する司朗のラストシーズン。

 春から始まる、夏への準備。

 東京都大会は、春と秋は東西に分かれることなく開催される。

 東西の両方に、超強豪が存在する東京。

 しかし司朗が入ってからは、東京の覇者は帝都一であった。

 だが夏にはまた、東西に分かれての出場となる。

 最後の夏は、やはり優勝して終わりたい。

 そんなチームは、全国で一つしかないのだが。


 センバツからも明らかであるが、司朗は安打製造機に、スラッガー要素を付け足した。

 昇馬のスピードボールに対応するためには、自分もスイングスピードを高めるしかない。

 それは当たり前のことであるのだが、同時にそのスイングスピードの上昇は、長打力を高めることにもつながる。

 東京都大会が始まってから、司朗はホームランを連発するようになっている。


 打率はむしろ、少し下がっている。

 しかしそれは打たなくてもいい場面では、あえて打っていないだけである。

 そもそも今までにも、高校通算で50本はホームランを打っている司朗。

 それが明らかに、バッターとして一つ上のステージに上がったのだ。


 ホームランの打ちそこないがヒット。

 それが野球の常識である。

 しかしミートするヒットに、パワーをプラスしてホームランにする。

 このバッティングは実は、大介に似ている。

 ジャストミートこそが重要で、バレルはあまり考えない。

 だが司朗は、上手くスイングを調整し、長打と単打でスイングを使い分けていた。


 都大会は本戦からの出場であるが、六試合で5ホームラン。

 五割をはるかに超える高打率に加えて、この長打力である。

 ただ司朗もまた、強打者ゆえの問題に直面する。

 敬遠されるか、そうでなくてもボール球だけしか投げてこなくなるのだ。


 大介の場合はその体格が、むしろ幸いした。

 どうしてこんなチビ相手に、逃げる必要があるのか、と散々に思われたのだ。

 それはプロの世界でも変わらず、結局その外見で侮られたことが、史上最強の強打者を誕生させたと言えよう。

 ただ司朗は187cmもあり、さらに厚みもかなりのものがある。

 去年の秋から、体重は5kg以上増えたのだ。

 ひょっとしたらプロ入りすれば、一年目の敬遠記録などを更新するのでは。

 そんなことも思われている司朗である。




 司朗のバッティングの覚醒で、帝都一は打撃面が強化された。

 おそらく下位指名まで含めて、今の三年からは三人ほど、支配下で指名されるのではないか、と思われている。

 ただそれに比べると、ピッチャーはやや物足りない。

 もちろん全国レベルのピッチャーが、三枚は存在する。

 しかし昇馬や将典のような、怪物レベルのピッチャーは、今のところ発展途上だ。


 日本各地から、帝都一は選手を集めている。

 特待生は上限が五名と決まっているが、おおよそ20人はスポーツ推薦を取っている。

 また一般入試で入った生徒も、野球部には入れる。

 おおよそ一学年、30人ほども新入部員がいる。

 白富東の玉石混淆とは違い、玉が半分以上の玉石混淆だ。


 この時期は部員数が100人ほどにもなり、監督やコーチはその管理が大変である。

 キャプテンに任せられるところもあるが、おおよそは内野の選手を選ぶか、キャッチャーを選ぶことが多い。

 もっともポジションではなく、人格が重要なのであるが。

「う~ん……」

 関東大会のトーナメントが完成し、ジンは考える。

 一回戦は山梨の準優勝校で、おそらくは勝てるだろう。

 また二回戦も、どちらが勝ちあがってくるか分かるような、圧倒的な力の差はないチーム同士の勝利者だ。

 準決勝はおそらく、埼玉の花咲徳政か、神奈川の横浜学一か。

 この二校が一回戦から戦っているというのが、クジの偏りというものだろう。


 しかしトーナメントの反対側は、相当に勝ち残るのが分かりやすい。

 去年の神宮を優勝し、センバツでも準決勝まで残った桜印と、センバツでその桜印に勝利し、帝都一と日本一を争った白富東。

「また白石昇馬と上杉将典の対戦か」

 正直なところ、センバツの優勝は漁夫の利と言われていて、実際にそうだなとも思っているジンだ。

 大介と上杉は、NPBにおいて宿命のライバルなどとも言われた。

 息子の代でも、それが続いていくのか。

 もっともピッチャーとしてはともかく、バッターとしては昇馬の方が、かなり上であろう。

 当たり前のように、甲子園でもホームランを打っている。

 その姿は父親に似ている。


 二年生で160km/hオーバーを投げるピッチャーは、当然ながらピッチャーとして使うべきだろう。

 ただ既に公式戦だけで、30本のホームランを打っている昇馬だ。

 そのスラッガーという素材は、あるいは司朗以上。

 もしも故障してピッチャーだ駄目でも、バッターとして充分に通用する。

 ただ野球選手としてと言うよりは、人間としてかなりのクセがある。


 新入部員が入って、打力は向上している。

 昇馬以外にもアルトや真琴は、全国レベルで通用する。

 しかし昇馬の球数を増やすことが、勝利の手段だとは、分かってしまったはずだ。

 もちろんそれすらも難しいのだが。

 高校野球は上手くやらないと、カットでバントを取られるのだ。

 以前のカット戦法が露骨だったので、作られたルールである。


 

 昇馬とまともに勝負して、勝てそうなのは司朗ぐらいか。

 去年の試合、昇馬はあえて右で投げて、司朗を打ち取っている。

 おそらく司朗の予知能力を、それなりに知っていたから出来たことだ。

 そして司朗もまた、自分一人の力で昇馬と対決することを考えている。


 帝都一の選手層は厚い。

 上位打線はいずれも、プロに指名されるか、将来的にプロレベルまで伸びる才能を持っている。

 だがただプロになる程度では、それでも充分に凄いのだが、昇馬を打つことは出来ないだろう。

 運よく誰かが出た時に、確実に帰す長打。

 あるいは一人で点を取る、ホームランが必要になる。


 センバツにしても、白富東に先に一点を取られていたのだ。

 県大会のスコアを見る限り、間違いなく得点力はアップしている。

 そんな中で白富東と対戦するのに、帝都一には絶対的なエースがいない。

(だからこそ継投が重要にもなるんだけどな)

 今年の一年生にも、絶対的なエースとなりそうなピッチャーはいる。

 しかし春の大会に、そんな無理をさせるつもりはない。

 

 司朗が入ってきて、既に三度の日本一。

 最後の夏で負けたとしても、次のステージは決まっている。

 ただ昇馬との対決の行方次第では、高卒プロ入りを撤回するかもしれない。

 ジンは采配によって、勝利を導くように考える。

 布石となるのならば、この春の大会は捨ててもいい、と考えているのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る