第41話 スカウトデビュー
スカウトの仕事というのは、意外と地味なものである。
青砥は自分自身も比較的無名なところから指名されたため、スカウトは甲子園はさほど重要視せず、地方大会をしっかりと見ることを知っている。
甲子園というのは答え合わせであって、ここからドラフト一位候補を探すというのは、もう遅いのだ。
もちろん甲子園で覚醒し、いきなり目玉になってくる選手がいないでもない。
しかしそういった選手でさえも、事前にこっそりと目を付けているスカウトがいる場合がほとんどなのだ。
そんなわけでスカウトというのは、コネクションを作っていくのが重要である。
大学や社会人は、ドラフトの選手をスカウトするだけではない。
まだ未熟だが素材としては優れている選手を、送り込む場所でもある。
そういった人脈というのは、一朝一夕に築けるものではない。
だが既に存在するものを、誰にも継承しないというのも、もったいない話ではある。
鉄也の持っている人脈は、関東と東北に集中している。
関東だけでも一人で巡るには、広大な領域だ。
そこから選手を発掘するというのは、効率も重要だがそれ以上に人脈が必要となってくる。
ちょっとこの選手を見てほしい。
そういうところから発掘された選手は、意外なほど多いのだ。
南関東を回ると言っても、ここは日本でも最も、チーム数の多い場所と言えるだろう。
ここだけではなく関東全般と、東北までもカバーしていた鉄也は、本当にスカウントとしては化け物なのである。
直史をレックスに入れた手腕。
また甲子園で故障したと見られた金原や地方大会で敗退した佐竹。
千葉からは青砥の他にも、星などを獲得していた。
樋口は大学時代、一二年生の頃はそれほど、バッティングでは活躍しなかった。
重要な場面でこそ打つために、数字を良くするためだけのバッティングは必要なかったのだ。
それでも四年生になってからは、圧倒的な打点を誇っていたが。
その樋口にも接触していたが、星を見出したのには驚いた。
分かりやすい先発やリリーフではないが、チームにとっては必要なタイプのピッチャー。
そういうピッチャーというのは、なかなか目立つものではない。
MLBなどは守備のユーティリティープレイヤーも存在する。
だがNPBでは登録メンバーが、MLBよりも多いのだ。
先発ピッチャーに上がりがない。
そもそもMLBは、レギュラーシーズンを減らして、ポストシーズンの試合を多くしたがっていたりもするらしい。
観客動員という点では、確かにその方がいいのだろう。
しかし選手、特にピッチャーの負担という点では、ポストシーズンが増えすぎることは喜ばしくない。
MLBに行くような選手を、下位指名で発掘する。
それが出来ればスカウトとしては、まさにスカウト冥利に尽きるだろう。
隠し玉を発掘するというのは、かつてはスカウトの醍醐味であった。
しかし今はネットによって、すぐに情報が共有されてしまう。
鉄也は少なくとも中学時代からは、選手の進路を考えている。
ただしその時点でのフィジカルバカにはあまり興味がない。
選手というのはあくまでも、完成形が重要なのである。
全盛期が高校生の時などであれば、そんな選手は必要ない。
もっとも昇馬レベルの選手なら、話は別になってくる。
今の南関東で、掘り出し物を見つけるなら、千葉県が有力だ。
なぜなら白富東の圧倒的な強さによって、この二年ほどはいいピッチャーもバッターも、全国や関東に出場することが難しくなっているからだ。
甲子園は最終確認とはいっても、そこで急激に成長する選手はいる。
知名度に負けてドラフト上位で指名してしまうことはあるのだ。
吉村などは二年生で甲子園に行ったが、その先輩の黒田などは、甲子園で活躍しなければ、もっと指名順位は低かっただろう。
また青砥や大原なども、千葉出身で長くプロで活躍した選手だ。
千葉と同じことは、神奈川にも言える。
桜印が現在は、最強のチームとなっている。
ただ神奈川というのは、野球強豪が多い。
県大会を見てみれば、甲子園を複数回制覇したチームがいくつもある。
また東京は東京で、チームも多いが大学も多い。
高校ばかりではなく大学に、社会人まで様子を見に行かなければいけない。
チームの監督と中を良くしておくと、他のチームの動向が見えてくるのだ。
関東は面積は狭いが、チーム数は多い。
そして比較的、交通手段が整っている。
とんでもない山奥や、交通手段の限られた離島でもない限り、今は情報が集まってくる。
なんなら野球の情報網で、自然と伝わってくるのだ。
交通網を考えて、また自家用車を使うことも前提で、様々なチームを往来する。
この時期はおおよそのチームが、新しく稼働する時期だ。
高校や大学、そして社会人など、新メンバーが入る。
もっとも高校などは成長の度合いが違うので、個体差が関係してくる。
高校野球などは秋の時点で、新チームは発足している。
ただ冬を越えてどうなったか、練習試合を見ていくのだ。
春季大会の公式戦では、本番の動きが見られる。
ただ本番は夏の地方大会なのだ。
甲子園は答え合わせで、そこまでにおおよその選手は絞ってある。
むしろプロに来るような選手は、地方大会で負けていてほしい。
チームの結果と選手の評価は違うはずである。
だが甲子園で目立って活躍してしまうと、フロントがその知名度を欲しがって、本当にチームに必要は選手が、後回しにされてしまうのだ。
今年のドラフトには全く関係がない。
だが来年のドラフトでは、大注目となる選手。
白富東の昇馬に関しては、今の時点から接触しておかなければいけない。
長く目をかけることによって、こちらの誠意も伝わる。
もっとも昇馬は誠意とかは関係ない。
本当の誠意とは金であると思っている。
白富東の練習を、見学しているのはスカウトだけではない。
近隣の野球おじさんが、日本一のピッチャーを見に来るのだ。
もちろんそれは、高校野球限定のこと。
日常的に白富東は、寄付などを受け取っていたものだ。
野球大好きおじさんは、どこにでもいるものだから。
千葉県のチームは他に、いくつもあるものだ。
全てを回っていては、とても時間が足らない。
そこで重要になってくるのが人脈。
見る目がある人間と、どう関係を結んでいくか。
それを青砥に継承しているのである。
白富東の監督は鬼塚である。
青砥は高校時代、甲子園を賭けて白富東と対戦した。
そして負けたが、自身はプロにやってきた。
また鉄也は鬼塚にとって、高校時代一個上であったジンの父親でもある。
ここで春の県大会本戦までに、あちこちのチームの情報を手に入れるのだ。
千葉県の高校野球は、今は昇馬と白富東を中心に動いている。
既に実績のある選手や、高校で伸びそうな選手が、集まってきてしまっているのだ。
するとどうしても甲子園に行きたいと思う選手は、県外を選択したくなってくる。
千葉はただでさえチーム数は多く、今の一年は二年の夏まで、とても甲子園に行けそうにない。
ならば刷新一強の栃木などに進学、という選択も出てくるのだ。
幸いと言っていいのか、関東には強豪の私立がいくらでもある。
白富東は今年、打撃力の高い外野手、西和真が入ってきた。
本来なら鷺北シニアから、県外や近畿のチームに、特待生として招かれるレベルである。
ただし確実に甲子園に行くためには、白富東が一番だと思ったのだ。
「二年後のドラフトにひっかかりそうだな」
和真の他にも、スポーツ推薦で進学出来そうな一年生は数人いた。
そして問題はキャッチャーである。
一人しかキャッチャーが入ってきていない。
もっとも一つ上の学年に、キャッチャーが出来る選手が何人もいるのだが。
バッティングが駄目なタイプだが、キャッチングとリードはそこそこ。
もっとも昇馬のボールをキャッチするのは、まだまだ不可能である。
スカウトはその年のドラフト候補だけを見ているわけにはいかない。
少なくともシニアから見て、幼少期のことまで知らなければいけないのだ。
成長曲線をしっかり辿って、その完成形を推測する。
そこまでやってやっと、スカウトはドラフトで指名する選手を、編成の会議に出すことが出来るのだ。
千葉は今、昇馬一人の力によって、完全な混乱の中にある。
だからこそここで、期待の選手を見つけなければいけないのだ。
東京も帝都一が強く、神奈川も桜印が強い。
高校ではまだ覚醒しなくても、大学を通ればプロの域に達するかもしれない。
一人の選手をプロに入れるまで、やるべきことはいくらでもあるのであった。
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