第38話 東京物語
帝都一は夏の甲子園で決勝にて敗退した。
まさに白石昇馬のための甲子園であったと言えよう。
だが監督であるジンの目からすれば、ようやくその分析も出来てきたと言っていい。
もしもあちらが勝ち進んで、秋に神宮で当たるとしたら、今度は勝てる自信がある。
(ポイントはピッチャーじゃなくてキャッチャーなんだよな)
決勝でとんでもないスピードボールを連発したことの意味を、ようやく分かってきた。
あれだけ速いボールであれば、キャッチする方にも相当の技術とパワーがいる。
ストレートを見逃して、変化球に絞れば良かった。
その傾向はあったが、徹底してはいなかった。
あるいはストレートをカットして、キャッチャーにぶつけるなど。
(それをやったらモンスターなペアレンツが動くかもしれないからなあ)
高校野球に相応しくないプレイであるのも確かだろうが。
千葉県の秋季大会は終わったが、東京は関東大会に出ない分、その時期にまで都大会が行われている。
決勝戦は11月となり、随分と夏の名残は消えていく。
そこで優勝したらセンバツは確定し、神宮大会の出場も決まる。
帝都一は三年が抜けたが、当たり前のように勝っていた。
ブロック大会は免除で、都大会本戦からの出場。
一回戦は16-0の大差でコールド勝ちし、一年生のピッチャーを使う余裕すらある。
だが二回戦でいきなり、体育大学付属の私立と当たったりもする。
エースの轟が去った今の帝都一は、エースナンバーこそ確定しているが、それが春にまでエースであるとは限らない。
負けはしないまでも、コールドは難しいかな、とジンは考える。
継投をしていって、無理なく勝てばいい。
結局はここも、5-1で無難に試合を終わらせた。
新しいチームというのはどうしても、打線のつながりなどが弱かったりする。
内野の連携にしても、0.1秒単位で遅くなる。
これが積み重なってくると、一点を争う勝負に負けることになる。
だが苦戦をすること自体は、想定内であるし悪いことではない。
厳しい試合に勝ってこそ、得られるものはあるのだ。
打線が上手くつながらず、チャンスに最少点しか取れない。
相手の打線が偶然つながって、点を取られてしまったりもする。
それでも勝ってしまうのが、帝都一の勝負強さか。
3-2というスコアであるのに、選手たちは最後まで落ち着いていた。
これでベスト8進出である。
新チームの始動が遅くても、競った試合を勝つことが出来る。
だがこの先が厳しくなってくるのだ。
「次の相手は東名大菅生だ」
このあたりからはおおよそ、甲子園出場校が普通に出てくる。
試合が進めば進むほど、そんなチームが普通に出てくる。
神奈川も魔境だとは言われるが、東京ほどではないと思う。
これに勝ったら次は、おそらく早大付属であろうか。
決勝に上がってきそうなのは、日奥第三であろうか。
ただ秋の新戦力は、かなり手探りでの試合となる。
司朗にとっては最後の一年。
ここを逃したら帝都一の戦力は、やや弱くなってしまう。
東京で弱くなるというのは、一気に甲子園が遠ざかるということだ。
ただまだしも夏の方が、東だけで戦うので、出場できる可能性は上がるか。
単純にチーム数を言うなら、100校ちょっと。
実は千葉よりも少ないのである。
それに東東京は、東京でも特に中心部となっている。
野球部の専用グラウンドに、バスで移動する高校などもあるのだ。
準々決勝に挑む前に、高校野球の最後のイベントが三年生には待っている。
もっとも三年生全員というわけではなく、ごく選ばれた数人だけの話になるが。
すなわちプロ野球のドラフト会議である。
帝都一にNPB球団から複数の調査書が送られているのは、轟と早瀬の二人だ。
決勝まで行った轟は、球速も155は出るし、変化球も充分。
即戦力とまではいかないが、一年も鍛えれば充分に一軍に上がれるポテンシャルを持っている。
早瀬は基本的にはアベレージヒッターだが、守備も上手く走塁も得意で、いわゆる野球IQが高い。
少しまだ線は細いが、これまた一年もすれば充分に一軍で勝負になると思うのだ。
即戦力かポテンシャルか、チームによって期待するものは違う。
たとえば今年のレックスとライガースは、新たな先発候補を必要としていた。
ピッチャーは何人いてもいい。
継投が主流になっている現在、先発だけではなく、リリーフも大切なのだ。
轟に関しては、支配下契約で間違いないと思っている。
そして早瀬に関しても、おそらくは支配下登録で指名されるはずだ。
今年はピッチャーが豊富だが、大卒の即戦力と言われるようなピッチャーは、さすがに競合するだろう。
果たしてどこのチームに指名されるのか。
キャプテンの諸星なども、調査書が来るだけは来た。
だが本人としては、まずは大学進学を希望している。
夏こそ決勝で敗北したが、去年の夏や今年の春は、優勝したチームのキャプテンなのだ。
実は勉強の方もそれなりに出来るため、帝都大にそのまま推薦で進学出来るのだ。
そこでも野球をして、果たしてどのくらい自分に伸び代があるか。
それによっては四年後、プロの世界に進んでいるかもしれない。
今年の高卒ピッチャーの中でも、特に甲子園で活躍した中では、轟の他にも上位指名が期待されているピッチャーが何人かいる。
尚明福岡の宗像は、白富東と当たって敗北してはいるが、その内容は1-0という僅差であった。
それに加えてサウスポーということもあり、かなりの上位で指名されるだろうが、彼はまだ二年生。
それと比較したならば、轟も外れ一位ぐらいにはなってもおかしくない。
あとは龍山付属の桜木も、三年のサウスポーで評価が高い。
桐生学園の相馬、他には甲子園には届かなかったが、早大付属の砂原なども、優れたサウスポーのピッチャーなのである。
サウスポーが豊作ということで、高卒からドラフト一位が生まれるかもしれない。
今はどのチームも、ピッチャーの枚数が足りていないのだから。
轟と早瀬に関しては、どの球団に行きたいかという話になる。
二人とも関東の出身なので、やはり関東がいいか。
あるいはセ・リーグとパ・リーグの問題もある。
もっとも今は、とにかくプロに入ってしまえば、どこのチームかはあまり文句を言わない、という優等生タイプが多くなっている。
FAやポスティングがあるため、一定の期間が過ぎれば移籍出来るし、その期間も少しずつ短くなっている。
だがその中でも、人気不人気の球団はあるのだ。
かつては福岡が資本力が豊かで育成が強い、などとも言われていた。
だが昨今はむしろ、育成で選手を取りまくって、まさに青田買いをしている。
すると不思議なことが起こる。
ドラフトの上位指名で入った選手が、上手く大成しないのだ。
また球団の施設などに対する要望も、選手の側からはある。
関東の球団などは移動が楽そうに思えるが、寮から球場への距離が、地価の関係もあって遠かったりする。
このあたり地方球団の方が、有利であったりする。
司朗にしてもそろそろ、次のステージを考える段階だ。
高校レベルでは充分にエースクラスのピッチャーとしても通用したが、プロではバッティングに専念することになるだろう。
外野はどこでも守れる走力があるし、肩も強い。
そしてこの秋が終わった冬の課題は、フィジカルを鍛えてパワーを付けることだ。
かなりの長打力がある史郎だが、基本的にはケースバッティングをする、ミートが得意なバッターなのだ。
フィジカル全盛の時代だが、史郎はそれに反発している。
打つべき時に打てば、それで充分なのだ。
普段はある程度の打率を維持し、チャンスにおいて勝負を決める。
直史からすれば、樋口のようなバッターだな、ということになる。
都大会の最中であるが、ドラフトは行われる。
帝都一の野球部では、しっかりとテレビカメラが入っていた。
轟は明らかに上位指名が見込めたし、早瀬もおそらく指名されるであろうとは、以前から言われている。
ただ一巡目一位指名は、大卒の即戦力投手や、野手が競合で指名された。
外れ一位がまた競合し、そして外れ外れ。
轟の名前が呼ばれたのは、神奈川グローリースターズの指名であった。
外れのそのまた外れであろうが、一位指名は一位指名。
ただこの一位指名の前に、既に高卒投手としては、龍山付属の桜木が外れ一位で指名されている。
サウスポーというのはそれだけ、プロの世界でも重要視されるのか。
確かにリリーフとしては、サウスポーの優位性はかなり高い場合がある。
一位指名された高卒投手は二人。
ただ野手では尚明福岡の蜂谷が、一巡目で先に競合指名を受けていた。
地元福岡のコンコルズが、まさに地元の高校から一位指名。
確かにスラッガーとしては、評価は高かった。
甲子園では相手が悪すぎただけである。
そして早瀬が指名されたのは、四巡目である。
「おお、神戸か」
神戸オーシャンウェーブの四位指名。
セとパで二人の進路は別れたわけである。
だがこういったことは、当たり前にあることだ。
それなりに注目されていた選手が順当に上位指名された、高卒選手の多い年であったと言えるだろう。
来年は、あの舞台に自分がいるのか。
監督と共に、マスコミから取材を受けている先輩たち。
去年も見た光景であるが、それはまだ遠いことだと思っていた。
帝都一のレギュラーともなると、多くが野球でプロ入りするか、そうでなくても大学でも続けるという。
司朗の場合はまだ、迷うところがあったのだ。
そもそも育った家が、スポーツ家系というわけではなかった。
父は確かにプロスポーツ選手であったが、息子にそれを強制することは一切なかった。
母はむしろ文化系であったが、長じて考えてみれば、文武両道の人間であったと言える。
親戚筋もスポーツ選手以外に、ノンフィクションライターや弁護士など、様々な彩の中で育った。
しかしさすがに、大学に進学するのかプロの道に進むのか、そろそろ決めるべきであろう。
迷うところはあるのだ。
ただ自分の適性が、野球に一番あることは間違いない。
だが自分以上に野球に愛されていると思う昇馬など、将来はハンターにでもなろうかという勢いで、大自然の中を生きている。
当人が言われれば、全くそんなことはないと言うであろうが。
東京で生まれて、東京とニューヨークで育った。
そんな都会っ子である司朗は、まだ選択を絞りきれていないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます