第35話 女子野球 Uー18
WBCで日本が強いのは、アメリカが主力を出さないからだ、という言い訳がある。
そもそもアメリカという経済圏が巨大で、あまり国際大会など必要としていない。
マーケットが世界中に広がり、充分に成立しているのだ。
対して日本は、おおよそ国内の市場に依存している。
アメリカはどこの国の選手でも受け入れる。
それが問題ともなっているのだが。
対して女子野球はどうであるのか。
それはもう圧倒的に、日本が強い。
アメリカのパワー野球のロジックが女子のフィジカルでは適応されない。
そもそも筋力などはともかく、反射神経や動体視力は、男女でもそれほどの差はないものなのだ。
そういった要因から、日本の緻密な野球が必要となる。
アメリカは基本的にアマチュアスポーツはエンジョイするものだ。
特にこの年代であると、心身の成長を重視する。
基本的にスポーツは男のもので、女はあくまで男の余興。
ジェンダー的に言えないことであるが、アメリカのマチョイズムとはそういうものだ。
それでも野球をやりたい女子がいる。
真琴と聖子のデジチャレ映像が送られてきたとき、選考の会議は正直困ったものである。
130km/hのボールを投げられる、左のサイドスロー。
しかも現役の男子に混じって、充分に戦力になっている。
関東大会は男子に対して投げて、3イニングまでは充分に通用していた。
Uー15の時代から男子に混じっていたので、女子の間での実力は分からない。
しかし女子の日本代表は、おおよそ男子の中学のチームにも負けるものなのだ。
日本の女子野球は、ただでさえ世界で一番レベルが高いと言われている。
そしてこの二人は、父親がプロ野球選手。
特に片方は、現役の完全なるレジェンドである。
「星もいいピッチャーでしたね」
「ああいうピッチャーがひとりいると、チームは楽なんだろうけどね」
この場にいる者は選手であれば、おおよそ星よりも実績を残した人間だ。
ともあれ二人とも、充分に実力は足りている。
特に真琴のピッチャーとしての能力は、現在の日本女子では、年代別を超越してトップレベルであろう。
さらにバッターとしても高校野球で、男を相手にホームランを打っているのだ。
地味に父親を超えている部分であったりする。
選出すること自体は問題ないというか、選出しないのは問題になる。
おそらく大丈夫だろうが、佐藤直史がこの件について発言したらどうなるか。
彼に匹敵する発言力の持ち主は、引退したレジェンドまでを含めても、上杉勝也と白石大介ぐらいしかいない。
そして大介は直史の義弟で、上杉の妻は日本史上最強の女子選手と言われた明日美であるのだ。
そもそも選出したくないというわけではない。
だが女子野球では実績のない選手が入ってきて、果たしてどういう反応になるのか。
あとは男子の高校野球に混じっている以上、日程の問題もある。
ただ実績や送られてきた映像からするに、完全にエースのスペックである。
さらにキャッチャーやファースト、外野の守備まで一級品。
これが男子に混じっても遜色のないレベルというわけだ。
男子の高校野球や、プロ野球に比べれば、はるかに注目度の低い女子野球。
しかし世界最強ではある。
真琴のピッチングはかつての権藤明日美のようなタイプとは違うが、それでも圧倒的なものであるのは確かだ。
かくして真琴と、聖子もしっかりと、一年生ながらUー18に選ばれたのである。
キャッチャーミットの綿の量を増やす必要が出てくる。
少し濡らした方がいい音が出るのだが、昇馬のストレートに対応するには、さすがに手が壊れてしまう。
下手なキャッチングをすると、親指の付け根がえぐられてしまう。
そこはもう、センスでどうにかするしかないのだ。
「下手に流すと、ストライク取ってくれへんからなあ」
「そこな」
日本の高校野球というのは、アマチュアにしては相当にレベルが高い。
だがアマチュアにしてはという前提であって、昇馬のボールは既にプロ級である。
この球速のストレートを正確に判定するのは相当に難しい。
フレーミングで上手くストライクにすることも出来るが、逆に流してしまうとボールとされることもある。
女子の骨格と筋力で、これをキャッチできる時点で、かなり尋常ではない。
昇馬は真の意味でのフェミニストであるので、真琴が泣き言を言わない限りは、自分から手加減をして投げようとは思わない。
そして真琴は誰かさんに似て、実はとても負けず嫌いである。
そもそも真琴は体の柔らかさなどから、ファーストの適性も相当にあるのだ。
鬼塚としては来年あたり、昇馬のボールを問題なくキャッチしてくれるキャッチャーが入ってほしい。
一応はアルトもキャッチまでは出来るだが、キャッチャーをやらせることは彼にとって、外野を守る走力を低下させることになる。
それに片手が痺れてしまえば、バッティングにも影響する。
やはり白富東は、選手層が薄い。
キャッチャーに困るというのは、かつて中学時代に直史も通った道だ。
『そういうわけで、何かアドバイスをもらえませんか?』
『筋肉を鍛えて慣れるしかないかな』
電話の向こうでは、樋口がそう教えてくれている。
一応樋口は、学生指導資格を回復しているが、新潟と東京を往復することが多く、千葉で直接教えてくれるわけではない。
それにしても速球が常時150km/hオーバーというのを、女子がキャッチするというのは驚きである。
女子選手が性別で分かれているスポーツをやれば、おおよそ天下を取れたのではないか。
テニスあたりならまだ転向の余地があるかもしれないが、別に真琴は野球以外のスポーツがやりたいわけではないのだ。
ただ真琴は、珍しいサウスポーのキャッチャーなので、男子に混じってもそれを活かすことは出来るかもしれない。
またピッチャーとしてもこの球速にサウスポーのサイドスロー、球種などを計算すれば、全国レベルでも通用する。
特に左バッター相手なら、クロスファイアーとスライダーが極めて効果的だろう。
白富東が重視する最大のポイント。
昇馬という戦力は確かにそうだが、それを活かすための一番大事なところが、真琴という存在なのである。
夏が始まろうとしている。
女子の代表として、今年はアジアのチームと対戦することになるが、果たしてどういう結果になるのか。
国際大会無敗の父の血筋が、どう発揮されるのかは大きく期待されている。
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