第30話 東京の西

 夏休みに入り、受験生はいよいよ本格的に勉強に入っている。

 そんな中で電車の乗り換えに苦労する昇馬に付き合って、西東京にやってきたのは真琴である。

 傍から見たらカップルにしか見えないだろうし、どちらもその体格から中学生には見えないだろう。

「それにしても、スマホのアプリ使えば楽なのに」

「路線図は分かっても、構内のことが分からん」

 日本ほど首都圏の電車が発達している国は、確かにないのだろう。

 昇馬の場合、ニューヨークではあまり電車を利用しなかったというのもある。


 人間離れしたところを見せる昇馬であるが、都会の中では普通に目立つ長身の少年に過ぎない。

 もっとも真琴と並ぶと、二人ともスタイルがいいため、芸能人と間違われる可能性もあるかもしれない。

 どちらも父親がメンクイであったというのもある。

 ただ昇馬は母親似ではあるが、真琴はどちらからも顔立ちは遺伝している。


 東京まで出て、そこから西の方向へ。

 電車が走っていると、次第に風景も変わってくる。

「東京もずっと都会じゃないんだな」

「ニューヨークとかでもそうじゃないの?」

「まあそうなんだけど」

 途中での会話は、ごく普通のものとなる。

「シロちゃんも一緒なら良かったなあ」

「そりゃあっちはそれこそ甲子園期間中だし」

 従兄の司朗は、一年生ながら名門帝都一の四番として、現在甲子園に出場中である。


 甲子園に出場すれば、まさに夏で一年が終わることになる。

 だが地方大会で終わると、夏休みを前に夏が終わってしまうのだ。

 残酷だな、と真琴は思うが、昇馬には分からない感覚だろうとも思うのだ。

「あのさ、シロちゃんの学校が勝ち残ったら、甲子園の決勝見に行かない?」

「俺はいいけど、お前の勉強は?」

「よほど油断しなきゃわたしは大丈夫」

 もっとも来年は、また面白いことになるのかもしれないが。

「けど学生服持ってないのは仕方ないけど、スーツとか着ていった方が良かったんじゃないの?」

 そう言う真琴は学生服なのであるが、昇馬からするとどうしてわざわざ呼ばれているのに、そんな格好をするのか分からない。

 アメリカでもTPOはあるが今回の場合はお呼ばれしているわけである。

 足元はガチガチのブーツを履いているのだが。




 東京も西の方にまで向かうと、風景が横長になっていく。

 最寄り駅で降りた二人だが、ここからはまたバスに乗ることになる。

 しかし今日は、迎えの車が来ていた。

「いや~、よく来てくれたね~」

 とりあえずの目的を達成し、スカウトは笑顔であった。

 昇馬はきょろきょろと、景色を見ている。

「東京といってもこのあたりは田舎だろ?」

「いや、むしろ田舎とか言ってた割には都会だなって」

「うちの実家周りは本当に田舎だしね」

「でもアメリカの荒野とかに比べると、まだ人間っぽいよ」


 昇馬の野生的な部分は、間違いなくアメリカの大地が生み出したものだ。

「そちらの子が従姉っていうことは、ひょっとしてあの?」

「あのと言われても。佐藤真琴です」

「佐藤直史選手の?」

「娘です」

「いや~、すごいねお父さん!」

 そこから饒舌になるスカウトである。まあ、気持ちは分からないでもない。


 当時中学生で、三歳下であった彼は、直史の三年の夏のピッチングを見たらしい。

 もちろんテレビで、ではあるが。

「あれから何度もビデオで見たけど、やっぱりリアルタイムでは違ったね。相手の真田選手も名球会入りしたから凄かったけど、佐藤選手は本当にもう、格が違った」

 だいたい野球好きの30代ぐらいから上の人間は、父のことを話すとき、こういったことを話す。

 どれだけ熱狂させたのだろう、と娘ながら照れてしまう。

 この父と娘の間には、色々な要因があって壁になりかけたこともある。

 だがその度に、その壁を突き崩すのが、周囲からの絶対的な直史の評価だ。


 てれてれと大好きなお父さんを誉められる真琴。

「リアルタイムじゃなかったけど、その前の年も凄かったんだよね。最後の劇的な場外ホームラン」

「あ~、大介叔父さんの」

「そうそう。さすがにあれから木製バットに代えたんで、プロになってからも打ってないけど、この間のは惜しかったね」

「場外なんてしょっちゅう、向こうでは打ってたけどなあ」

 意外と場外ホームランの出やすいMLBなのは、球場の作りが歪であったりするからだ。


 ともあれ両親の話題は、それなりに話が広がった。

 昇馬としては父親は、いまだに勝負しても、ほとんどまともに抑えられない、高い壁であるが。

 尊敬の対象ではあるが、男の子はいずれ、父親を越えていかないといけない。

 それにしては高すぎる父の存在は、あるいは息子をスポイルするものであるのかもしれない。




 今年の東東京の大会では、帝都一が期待の一年生スラッガーを擁して、甲子園出場を決めた。

 なお昇馬と違って司朗の場合は、その素性を明らかにしていない。

 そもそも佐藤という名字が日本では一番多いというのもあるが、母方の神崎に養子として入っているので、名前からも分からないようになっているのだ。

 興和は西東京のチームだが、帝都一とは夏はともかく秋の大会では対決することとなる。

 そして東京の都大会を制すれば、それはそのままセンバツ出場が決定する。


 帝都一を打ち負かし、東京の頂点に立つためには、強力なピッチャーが必要だ。

 とりあえず他の学校が不可能であった、昇馬をここに連れて来るということ。

 それに成功しただけでも、他のスカウトよりは有能かもしれない。

 ただし昇馬の本質を見抜いた上で、完全に手を引いたベテランスカウトもいる。

 日本の野球をするにあたって、昇馬はあまりにも単独行動が多すぎる。


 昇馬を入れればチームワークに大きな問題を抱えるだろう。

 ただ馴れ合いの空気だけは生まれないだろうが。

 絶対的なエースという存在は、古来から色々と問題が起こると聞く。

 しかし昇馬と白富東なら大丈夫だろう、と父親の世代は言っている。

 この見学についても、おそらく比較対象にしかならないだろうな、と真琴は思っている。


 だいたい昇馬の考えは、真琴の想像通りであった。

 あとは東京でも西のほうは、どれぐらい田舎なのかな、という単純な疑問もあった。

 わざわざ来たのだから、少しは脈がある、と考えているかもしれないスカウトに、変な忖度はしない。

 昇馬はそういうあたりは、アメリカナイズされた人間であった。

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