怪物争奪戦
第28話 孤独を愛する少年
昇馬は孤高の存在に見える。
実際のところは、単純に極端にマイペースなのだ。
試合中だけではなく、普段からその肉体から発する圧力は、人を引きつけるのと遠ざけるのを、同時に達成する。
全国大会で三橋シニアが敗退した後、引退したはずである昇馬だが、普通に練習には混じっていたりした。
進学が特殊な例のため、既に中学までの課程は終えている。
そんな昇馬がいるために、全国からスカウトが集まってくる。
その数、優に100校以上。
昇馬はいわゆる野球小僧というような、素直なタイプではない。
ピッチャーにありがちな、エゴイストでもない。
ただひたすらゴーイングマイウェイなところはある。
そして他人の意見を聞いても、あまり自分の行動に反映させることはない。
昔馴染みということもあって、帝都一の監督であるジンなども、その様子を見に来たことがある。
ただ昇馬は時間を守らないし、目上への敬意を感じさせない。
もっとも自分よりはるかに能力が下の者相手でも、見下すということもない。
どんな相手でも対等というのとも、ちょっと違う気がする。
ジンとしてはこのピッチャーを手に入れれば、今の帝都一の戦力が増して、甲子園出場ではなく全国制覇さえ現実的だ、とは思った。
もっとも性格的に、これは強豪校で周囲に合わせてプレイするのは、まず無理であるとも思ったが。
フィジカル的には理想的だ、と言えるかもしれない。
身長はまだ成長中だが185cmほどもあり、また体重も75kg程度。
無理にトレーニングをしたりはしないのに、筋肉が充分に育っている。
何か科学的なトレーニングをしているわけではなく、野山を走り回っていることが多いのだとか。
そういった体格のバランスの良さに加えて、手足が、特に手が長い。
アメリカでは野球をやっていたが、同時にバスケットボールもやっていた。
これはアメリカでは珍しいことではなく、シーズンが違うために普通にやっていることなのだ。
体格からしても、充分すぎるほどに身軽。
単なるパワー馬鹿ではなく、コントロールもいいのだ。
単純なパワーだとかテクニックだとか、そういうものではない。
純粋に運動神経が、異常に発達している。
それはこの数年、アメリカでは冬や長期休暇の折に、大自然でキャンプを行っているからだと桜などは言っていた。
全国大会が終わり、シニアを引退した真琴は、受験勉強を本格的に開始した。
子供の頃はアメリカで過ごすことが多く、その頃は英語をかなり喋っていたらしく、今でも苦手意識がない。
ただそれだけのアドバンテージで受かるほど、白富東の偏差値は低くないのだ。
そんな真琴に対しシニアのチームを通じて、埼玉の私立から話があったりもした。
女子野球の名門が、特待生扱いで入らないか、と言ってきたのである。
サウスポーでサイドスローで、130km/hほどのボールを投げるピッチャー。
しかもガールズではなく、シニアで男子に混じって全国まで行った逸材。
実際に昇馬を除けば、三橋シニアの最高の選手は、女子の真琴であった。
「そっちにも行ったん」
「てことはそっちも?」
真琴と聖子の間の会話である。
埼玉の女子野球は、名門が存在する。
また昨今では全国大会の決勝あたりは、甲子園での試合が行われるのだ。
己の実力だけで甲子園に行くというなら、そちらも選択肢はあるだろう。
ただ真琴は、単に甲子園に行きたいというだけではないのだ。
女子野球で決勝をやって、果たしてあの熱量はあるのか。
画面越しでも分かる、甲子園という特別な舞台。
真琴は女子禁制ではなくなった甲子園に、男子と競ってでも行きたいのだ。
そしてそれは、かなり現実的な話となっている。
「けど埼玉は埼玉で、下手すると全国を勝ち進むよりも苦しそうやしな」
女子野球の強いチームが、埼玉にはいくつか集まっているのだ。
それは甲子園開放以前、全国大会の舞台を、埼玉でやっていたことも関係しているのだろう。
普通の強豪で男子と混じってレギュラーを獲得する、というのは女子の真琴には難しい。
ただ真琴は甲子園に行くためだけに、強豪校のマネージャーなどをやろうとも思っていなかった。
自分の力で行かないのなら、もっと先のことを考えて進学する。
しかしここに昇馬の存在がある。
鬼塚が電話でもぼやいていたように、昇馬に注目している学校は、100どころではない。
これまで海外にいたため、まるで情報が入ってこなかった、怪物が突如として現れたのだ。
シニアの大会のピッチングを見る限り、即戦力クラス。
長身選手にありがちな、線の細さを感じさせないのだ。
150km/hを投げるといっても、一球だけ150km/hが出たというものではない。
試合の中で安定して、150km/hを投げていたのだ。
そしてわずかに見せた、右腕でのピッチング。
これは球数制限に関して、新しい規定が必要になるのではないだろうか。
左腕だけではなく、右腕でも投げる。
明らかに体にかかる負荷は、片方だけで投げるより、少なくなるはずである。
昇馬に言わせれば、そんな単純な話でもないらしいが。
白富東の安定した戦力に、昇馬が加われば甲子園に行ける。
ただチーム数の多い千葉で勝ち抜くためには、それなりのピッチングが出来るピッチャーがもう一人は必要だろう。
真琴はそれに、自分が当てはまるかは微妙だと思っている。
せいぜい半人前といったところではないか。
聖子もピッチャー経験はあるが、高校野球の男子のレベルで、抑えられるほどのものではないと思っている。
それでもどうにか、イニングを少し食えるピッチャーがいれば、あとは昇馬が抑えればいい。
今の千葉の高校野球事情からすると、それで勝てると思うのだ。
そんな昇馬は、今日も山に入っているのだとか。
最近は棍棒を持って、害獣駆除に勤しんでいるらしく、どこの蛮族だとも思える暮らしらしい。
ただ確かに害獣駆除は現実的な問題で、父も頭を悩ませていた。
そのため自分で、罠猟の免許なども取ってしまったぐらいだし。
昇馬が野球の強豪校に行くことはないな、と真琴は確信している。
横浜シニアの選手たちと話したときにも思ったが、昇馬は野球に人生などは賭けていない。
他のスポーツもするし、特に害獣を撲殺するように、ハンティングが好きであるらしい。
日本人の感性からすると、ちょっと受け入れにくい趣味かもしれないが、実のところ娯楽ではなく、害獣駆除なのだから立派な仕事だ。
そうやって山に入っているからこそ、あの実用的な筋肉がついたのかもしれない。
昇馬とその周囲の親しい人間は、おおよそ彼のことを理解している。
だが日本には、野球に人生を捧げてしまって、だからこそ価値観が歪んでしまった人間がいる。
そこにまた騒動が一つ持ち上がるのだが、それには真琴も巻き込まれてしまうのであった。
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