第19話 出陣

 関東大会は東京各地の球場を使って行われる。

 対戦するチームによっては、近距離の球場を優先することもあるのだが。

 遠征用のバスなどないので、最寄駅で集合してから球場までは公営バスで。

 三橋シニアと横浜シニアの試合は、公営の球場を使って行われる。他のチームは大学のグラウンドを使うこともある。

 到着した三橋シニアの面々は、それぞれ人目のないところで着替えていく。

 さすがに真琴と聖子だけは、共用トイレの中で着替えさせてもらったが。


 ベンチに入る前に、対戦相手の横浜シニアのチームとばったりと会ってしまう。

 そして改めて確認してしまったのだが、そもそものガタイが違う。

 昇馬が今、だいたい180ちょっとなのだが、そのレベルの体格が何人もいるのだ。

「でけえ」

「高校生ってより、もうプロ並じゃん」

 体格の威圧感だけで、三橋シニアは萎縮する。


 こちらをしばし窺っていた横浜シニアの選手たちから、数人が三橋シニアの方へ歩み寄る。

 その進む先には、特に緊張もしていない昇馬がいた。

「君が白石大介選手の息子?」

「そうだけど」

「今日はよろしく。うちもベストメンバーで戦うから」

「よろしく」

 わざわざ握手まで求めてきたので、普通に昇馬も応対する。

 試合前に無意味にガチで険悪になるほど、昇馬も好戦的ではないのだ。


「150km/h、楽しみにしてる」

「150km/hぐらい、別にたいしたことないだろ」

 昇馬としては謙遜したつもりなのだろうが、無意識に煽っていた。

 本人には本当に、悪意などはなかったのだが。

「アメリカにいた頃は、バッピぐらいしか出来なかったしな」

 その言葉に、横浜シニアの選手たちはわずかに固まった。

 アマチュア世代ではむしろ日本の方が、対戦成績はいいとも言われる野球という競技。

 ただ本当にMLBを目指しているような選手は、国際大会などには出てこない、という話もあるのだ。

 また昨今はトレーニング方法の変革などで、アメリカの選手のフィジカルは、かなり高まっているとも言われる。


 なお、確かに昇馬はバッティングピッチャーしかしていない。それは本当の話で、しかも簡単に打たれてしまうのも確かだ。

 しかし投げている相手が現役メジャーリーガーというのも、言わないだけで本当の話である。

「あんた、本当にアメリカではぽんぽん打たれてたの?」

 固まったままの横浜シニアの選手たちを置き去りに、三橋シニアの選手たちは球場のベンチへ向かう。

「本当だって。親父以外にもディクソンとかマクレガーとか来るけど、滅多に打ち取れないぞ」

「そりゃあそうでしょうがね……」

 現役トップレベルのMLBバッターの名前を挙げて、それより自分ははるかに弱いとは、いったいどういう基準でいるのか。


 比較対象が完全におかしい。

 だがそれは、嘘を言っているわけではないのだ。

 昇馬からすれば、まだ中学生の年齢の自分が対決するのが、現役トップのメジャーリーガー。

 それでもやっていることは、同じ野球であるという感覚なのだ。

「ま、試合で思い知ってもらえばいっか」

 そう開き直るあたり、真琴もかなり染まってきているらしい。

 元々そうであろう、などと言ったらローキックが飛んでくるだろうが。




 試合開始前のオーダー交換。

 そして守備練習と投球練習に入っていくわけだが、横浜シニアはベストメンバーで、勝ちにきているのは間違いない。

 幸いにも先攻を取れたので、一番打者に昇馬を置いたのは、無駄にはならないであろう。

 ノックは鬼塚に任せて、鶴橋はベンチで考える。

 この試合、勝つとしたらそのスコアは、1-0か2-0、あるいは2-1ぐらいになるであろうと。


 横浜シニアは昇馬相手にも、申告敬遠などしてこないだろう。

 それは確かであるが、まともな勝負をしてくるのも多くて二打席目までだと思っている。

「初回先頭打者ホームラン、それがこの試合に勝つための条件の一つだ」

「狙ってホームラン打てるのなんて、親父かディクソンぐらいだろ」

「いや、シーズンで50本を平気で打つバッターと比べてもちょっと……」

「わーってるよ」

 結局この試合、昇馬にホームランを打ってもらって、そして完封してもらうしか、まともな勝算はないのだ。

 ほとんど一人に頼る試合になるかもしれないが、現実的なところではある。

 

 一人で点を取って、一人で投げきる。

「まあそれで済んだら楽だろうがよ」

 鶴橋が確認した、横浜シニアの先発。

 それはエースではなく、左の二番手である矢口を出してきているのだ。

 もちろんこちらも、進学先は決まっている力のあるピッチャーだ。

 主にスライダーを大小投げ分け、空振りも取れれば打たせて取ることも出来る。


 昇馬対策であろうか、と鶴橋も鬼塚も考える。

 昇馬自身は、相手のピッチャーの左右は関係なく、普通に打つことが出来る。

 だがこの矢口は、左バッター相手に圧倒的に有利な数字を残しているのだ。

「真田みたいなやつだな」

 鬼塚が真っ先に思い浮かべるのは、高校時代の宿敵とも言えた、大阪光陰の真田である。

 あの左打者に対する圧倒的なピッチングは、世界を舞台にしても通用した。


「昇馬対策のための左かあ」

「え? どうして俺対策なの?」

「左殺しだと今言っただろ?」

「え? じゃあ右で打てばいいだけじゃん」

 何を言ってるんだ、お前は。


 頭がバグっている鶴橋と鬼塚に、再び昇馬は告げる。

「俺、右で、打つ」

「いやいや、言ってることの意味が分からないというわけじゃなくてな。あれ? お前スイッチヒッターだったのか?」

「やだなあ。普通に右でも素振りしてるじゃん」

「いやいやいやいや」

 試合の前から、味方を混乱させる昇馬であった。

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