第18話 最強への挑戦
三橋シニアは順調に勝ち上がっている。
くじ運もあるが、地味に練習もしっかりとやっているのだ。
野球においてもっとも、反復練習が身につくのは守備である。
ただそれだけに、時間をたっぷりと取れる強豪が、守備もまた上手くなる、ということは言われる。
高校野球のレベルまでは、守備さえしっかりしていれば、ほとんどの都道府県でベスト8ぐらいまでは狙える。
ただ東京や大阪、神奈川といったところは、さすがにそれだけでは苦しいが。
シニアのチームというのは、学校の学区をまたいで選手が集まっている。
そのため基本的には、弱いシニアチームであっても、おおよその中学軟式よりは強い。
もっとも家庭の事情などで、チームを選ぶ余裕のない選手もいたりする。
なのでとんでもない選手が一人、弱小チームにいたりもするのだ。
そしていよいよ、大本命との対戦。
関東大会の本命ではなかく、全国制覇の大本命。
横浜シニアとの対戦がやってくる。
関東大会は週末に行われるので、球数制限は考えなくていい。
ただ一試合に使える球数は、90球以内である。
正確に言えば、89球でツーアウトにまで持ち込めば、次のバッターには打ち取るかランナーに出られるまで、延々と投げ続けることが出来る。
先発は昇馬が任されている。
ここまでは真琴とある程度継投をしてきたため、あまり情報は出回っていないであろう。
前日には集合して、ミーティングを行う。
鶴橋の影響で鬼塚も、野球の座学を重視するようになった。
元々彼は、頭はいいのである。
「横浜シニアはスタメンは全員、それどころかベンチ入りメンバーまでほとんど、進学する学校が決まっているチームだ」
決まっていないのは、まだ二年生のメンバーぐらい。
「その二年生でさえ、決まっている選手がいる」
鬼塚の言葉に、苦笑いするしかない三橋シニアの面々である。
この中で強豪私立などから声がかかったのは、女子野球で甲子園を目指さないか、と言われた真琴と聖子ぐらい。
昇馬に関しては、そもそも話を通そうとしても、本人がいないことが多い。
あまりにもゴーイングマイウェイなので、おおよその性格を把握した近隣の私立は、獲得を諦めている。
甲子園に行くためには、リターンが巨大なのは分かるが、リスクが把握しきれないからだ。
昇馬はチームよりも自分を優先する。
正確に観察すれば、そういうわけではないというのは分かるのだが。
甲子園のために生活の全てを野球にかける。
少なくともそんな思考は持っていない昇馬である。
横浜シニアの主力は、攻撃面では一番から四番、そしてピッチャーは左右一枚ずつがエースクラス。
野球王国と言うならば大阪も相当のものであるが、一つのチームにこれだけタレントが終結しているのは、間違いなく横浜シニアだけだ。
ここ数年は年に二度の全国大会にも、必ずベスト4に入っているし、去年の全国制覇チームでもある。
その去年のレギュラーが、打線には四人も残っているのだ。一番から四番となる。
「一番センター檜山。打率五割の出塁率七割。さらにOPSはこの一年ほどの試合で、およそ1.2前後。単に出塁するだけじゃなく、先頭打者ホームランも打てる、まあ怪物だな。東京の帝都一に進学が決まっている」
こんなものが一番なのか。
流される映像には、とにかくミートの上手い様子が明らかである。
また守備範囲も広く、一番を打つだけあって足も速い。
リードオフマンと言うよりは、試合を決定付ける怪物打者と言えよう。
「二番がキャッチャーの三船。打率が……まあ画面に出てる通りだな。意外と小技も使ってくるのに、ホームランも打てる。足はそれほど速くないが、鈍足というほどでもない。地元の横浜学一に進学が決まっている」
檜山に比べればわずかに、打撃成績は劣る。
だがキャッチャーとしては扇の要であり、高い守備力を誇っている。
鷺北シニアと比べても、あのチームなら四番を打つぐらいであろう。左右のエースをリードして、盗塁阻止率が高い。
とまあ三番四番と甲子園常連の進学先を決めているバッターが、ゴロゴロといた。
下位打線でさえも、地元の高校に推薦が決まっている。
こんな極端なチームは、全国を見ても横浜シニアぐらいかもしれない。
「これだけ圧倒的に強いと、普通なら油断してくれるだろうが……」
鬼塚としては、相手チームの監督のことまで考慮に入れる。
選手としての才能と、指導者としての才能と、指揮官としての才能は、それぞれ別のものだ。
おそらく指揮官としての嗅覚は、鶴橋が一番優れている。
全体的な戦力では、横浜シニアに勝てる可能性は一つもないように思える。
だが唯一の勝機は、昇馬のような戦力は、さすがの横浜シニアにもいないということだ。
中学生で140km/hを投げるピッチャーが、横浜シニアのエースである。
だが単純に球速であれば、昇馬はそれを軽く上回る。
また打撃に関しても、昇馬は一人で点を取れる選手だ。
そしてここが重要なことだが、横浜シニアは確かに名門であり、結果的には優勝を目指すこともあるだろう。
しかし勝利至上主義ではないのだ。
勝利至上主義であれば、昇馬は全打席敬遠する。
だが横浜シニアは、王者として勝負しなければいけない。
また敗北するにしても、横綱相撲を取らなければいけない。
そして敗北は、そこで終わりではない。
あくまでシニアというのは高校野球、あるいはさらにその先にあるプロへの、ステップの一つに過ぎない。
能力の高い選手が、優れた指導者の下で、正しく成長していく。
それでも勝てない相手が知るということも、さらに成長していく上では、重要なことなのだ。
(ただ昇馬でも、完全に抑えるのは難しいと思うんだよなあ)
鬼塚はそのあたり、楽観的にはならない。
確かに昇馬のボールは、当てるのが精一杯かもしれない。
だがその当てていくバッティングで、球数が増えたらどうなるか。
90球もあれば七回で終わるシニアなら、充分と思いたい。
しかしそんな甘い考えでいいのだろうか。
下位打線の微妙なところで、真琴とピッチャー交代というのも考えるべきだろう。
真琴のサウスポーのサイドスローというのも、充分に全国レベルで打ちにくいボールのはずなのだ。
そのあたりの判断は、鬼塚か鶴橋がすることである。
そして鬼塚は、直史から切り札を教えられている。
対策を練ることは出来なくもないが、おそらく一試合だけであれば、充分に通じるであろうこと。
聞かされた鬼塚は、直史の言葉であるのに、さすがに冗談かと疑ったものだが。
三橋シニアの選手たちは、高校で野球を続けたとしても、とても甲子園のグラウンドに立つのは難しいであろう選手が多い。
ならば彼らにとって最高の舞台となるのは、このリトルシニアの大会になるのではないか。
(勝利至上主義じゃないが、成功体験は教えてやりたいな)
そう考える鬼塚は、さらに考えをまとめていくのであった。
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