第17話 最強ピッチャーへの道
夏の全国大会に向けて、関東大会が始まる。
三橋シニアは真琴の他にもピッチャーはいるので、かなり無難に初戦に勝つ事は出来た。
「スルーって俺にはやっぱ無理なのかな」
「あ~、ジャイロボールは基本的に、肘に負担がかかるしね」
時折真琴が使う、スルーと名づけられた魔球。
それは父である直史が得意とした変化球であるが、実戦に上手く使えるピッチャーは、あまりいなかったりする。
ジャイロボールというのは基本的に、スライダーの変形であるのだ。
回転軸が進行方向にまっすぐであるというだけで、あとはどれだけ回転をかけるかが重要になる。
この回転をかけるのに、肘に負担がかかる。
靭帯などが頑丈であるか、もしくは相当に柔軟性がないと、すぐに痛めてしまう。
なので体が柔らかい、女性にはむしろ向いている球種なのだ。
ただこのジャイロボールは、基本的にバックスピンの回転量と回転効率が高いストレートを投げられないと、あまり効果がない。
ジャイロボールだけしか投げられないのなら、相手はそれに合わせてくるだけなのだ。
もちろんただの平均的なストレートを投げるよりは、ずっと打ちにくいピッチャーにはなるのだが。
現在の昇馬の球種は、フォーシームにツーシームにチェンジアップ。
チェンジアップはそこそこ落ちて、上手く緩急差を作ってくれる。
ツーシームはゴロを打たせるためのもの、もしくは打ち損じを狙うためのもの。
決め球はフォーシームストレート、と昇馬は区別している。
関東大会はおそらく、横浜シニアとの対決に全てがかかっている。
その前後の相手は、横浜シニアに比べれば、それほどの相手ではない。
ただし鶴橋と鬼塚は、横浜シニアが相手でも、勝てなくはないだろうと思っている。
「全国は無理ですね」
「二回戦までだな~。運が良かったら準決勝まで進めるけどな~」
シニアの全国大会は、五連闘の日程で行われる。
一回戦を勝ったとしても、投球制限で二回戦に昇馬は投げられない。
真琴が投げたとして、果たして二回戦を勝てるかどうかは、かなり微妙というか、おそらく無理だ。
だが三回戦まで進めば、もう充分に昇馬を全国に見せることが出来るだろう。
ネットワークが発達した今の時代、昇馬のすごさというのは既に、高校野球関係者には広まってしまっている。
だが本当に使えるピッチャーかどうかというのは、試合を見てみなければ分からないのだ。
「どうせ強豪なんかにゃ~、いかねえんだろ~」
「野球だけやる、というのは性に合わないみたいですしね」
そもそもシニアのチームに入りながらも、あまり練習には出てこない。
なのでわざわざ真琴が、キャッチャーの練習をしに昇馬の家に通っているらしいが。
通い妻。
鬼塚はそんな単語を頭の中に浮かべて、自分の語彙力の古さに眉をしかめる。
「シニアの段階で、あと一つ、レベルアップしていてもらいたいな」
昇馬が高校に進学した場合、それは白富東となるはずだ。
そこで采配を取ることを、鬼塚はおおよそ了承している。
そして今ならまだ、昇馬の指導が可能である。
鬼塚ではなく、伝説のピッチャーが。
開幕までには間に合わなかった。
だがシーズン中の期限までには、契約を結べるまでに体を仕上げておかないといけない。
そんな直史が、昇馬の面倒を見る。
場所はシニアチームのグラウンドでもない。
本来はプロが使う、SBC千葉である。
そこで直史は、まず言ったのだ。
「試しに、ちょっと打ってみろ」
打撃も優れた昇馬に対して、直史が室内練習場でピッチングをする。
昇馬は一応スイッチでも打てるが、基本的には左打者である。
左打者は基本的に、右投手には有利な場合が多い。
しかし直史の、ただのストレートが打てない。
コースが際どいという問題もあるが、ボール球を見逃した後に、スイングしても球に当たらない。
スピード自体は150km/hも出ていないのは分かるのだが。
体感としては、伸びがすごいボールがある。
しかしそればかりではなく、伸びではないのだが、とにかく当たらないストレートがある。
混乱する昇馬に対して、今度は直史はピッチングをさせる。
チェンジアップを投げさせたのは一球だけだったが、ツーシームとフォーシームは何度も投げさせた。
その全てを録画し、そして座学の開始である。
まず見たのは、昇馬のボールからである。
「フォームがしっかりしていて、普通なら素晴らしい。回転量も回転軸も、フォーシームはこのままでも文句はない」
「けど親父には打たれるんですよね」
「大介には通じないだろうな」
「伯父さんが親父と対戦して、勝ってるシーンがかなり多かったと思うんですけど」
「私のやり方を教えることは出来るが、やめなさい。故障する」
それはこれまで多くの、直史に教えを乞うたピッチャーに言ったことだ。
他の相手であれば、そう言って放っておくだけであった。
だが直史は基本的に、身内にひどく甘い。
「普段のフォームをわざと、踏み込みを数cm変えたり、リリースポイントをずらしたりしているんだ。特に変えやすいのは、スリークォーターの角度をサイドに近づけることかな?」
ふむ、と左手を動かす昇馬に、直史は待ったをかける。
「絶対にやるなとは言わないが、今は大会中だ。やるなら高校入学前にやりなさい」
ただそこまでには、直史の手が空かなくなる可能性があるが。
しかし昇馬は昇馬で、切り札というものを持っていた。
「伯父さん、じゃああと一つだけ見てもらえません?」
「かまわないが、何をするつもりだ?」
「俺の今のフォームって、タケ伯父さんのフォームを真似てるんですよね」
ああ、と直史は頷いた。確かに武史に似ているのは確かだ。
そして見せた、昇馬のピッチング。
それは直史をして絶句させる、とんでもない夢のような現実であった。
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