第16話 リトルシニアの世界
三橋シニアというチームは、二人の女傑の手によって牽引されている。
佐藤真琴と星聖子。
双方共に、父が元プロ野球選手だという、血統的にはサラブレッドな少女たちである。
正直なところ、それなりに強いシニアであっても、二人ならレギュラーの座は取れる実力を持っている。
だが実力があれば、それでレギュラーに選ばれるかと言えば、そういうわけでもないのが現実だ。
シニアの世界は、プロ野球予備軍に近い。
高校野球の世界や大学野球がそうではないのか、と言う人間もいるだろうが、野球で将来を考える場合、まず中学の軟式野球とは異なる、シニアの世界から硬球の野球をするようになる。
そして目指すのは甲子園、あるいはその先のプロ。
一流と呼ばれるシニアであれば、それを目指さない人間というのは、目指せない人間というのは、最初から入れないのだ。
真琴の親の世代では、普通に女子が入っていたのだが。
ともあれ中学三年生、最後の大会が開催される。
全国大会の前には、まず関東での予選があるのだが、シニアは中学校の学区ではなく、ある程度の地域を包括しているのでチームは少ない。
それだけに強いチームには、次のステージを見据えた、優れた選手が集まることが多い。
もっともそういったものに、どうしても合わない人間もいるのだ。
そんな、超一流とは言えないが、過去にはちゃんとプロ野球選手も出している三橋シニア。
三年にとっては最後の大会となる全日本の予選は、一回戦から普通に始まっていた。
「三回勝てばとりあえず全国には進めるのか」
昇馬はトーナメント表を見て、のんきにそんなことを言っている。
「一回戦少ないのはラッキーだけどね」
真琴の言うとおり、チームの強さとは関係なく、チーム数の都合で一回戦が免除となっている。
「問題は三回戦や」
聖子がそう言って、とんとんと一つのチームの名前を叩く。
おそらく上がってくるのは、神奈川の横浜シニア。
最低でもここには勝たなければいけない。
ここさえなんとか勝てば、次で負けても敗者復活戦がある。
ただ横浜シニアは、普通に毎年全国大会に行き、優勝することも少なくないチームである。
ここに負けたら敗者復活戦にも残れず、そのまま終わり。
中学野球生活は終了である。
甲子園をガチで狙ったり、さらにその後のプロを目指して、横浜近くから才能が集結するチーム。
三橋シニアの中で勝てると思っているのは、ほんの数人しかいない。
「いや、別に勝てるんじゃねえの?」
暗い顔のチームメイトに、昇馬はそんなことを言ってくる。
確かに昇馬一人なら、横浜シニアの主力級の力はある。
いや、おそらく今の中学三年生では、軟式も硬式も含めて、昇馬以上の素質はいないであろう。
ただ野球はチームプレイなのだ。
そしてシニアには球数制限がある。
ただ関東大会の予選に関しては、週に一試合というペースで行われるのだ。
連戦になるのは全国大会になってからである。
「七回を90球以内に抑えればいいんだろ? 普通に出来るだろ」
お前はな、という視線が向けられる。昇馬はナチュラルに俺様なのだが、本人に自覚はない。
ただコーチである鬼塚も、監督である鶴橋も、そして真琴と聖子も勝ち目は充分にあると思っている。
「問題は待球策かな」
「使ってこおへんと思うけど」
そう、それが問題であるのだ。
昇馬の球数が、一試合の限界である90球を超えてしまったら。
そこは真琴が投げるしかないのだろうが。
現在のシニアの試合における球数制限は、一試合で90球となっている。
連続する二日間ならば、130球以内と、さらに少ない球数だ。
なお連続する二日で90球を超えた場合は、三日目に投げることは出来ない。
ただこういったルールが具体的な問題になるのは、全日本の本戦になってからだ。
五日間で一気に、試合を終わらせてしまう。
おそらくこちらの方は、さすがに頂点にまでは立てないだろうと思われる。
だが予選は週末の試合を五試合行って、四回戦を勝てば本戦出場は決まる。
運の良かった三橋シニアとしては、三回勝てばいいのだ。
90球で七回を終える。
無理ではないな、と昇馬は考える。
伯父に教えてもらった、球数を抑え、体力を温存して、投げていく方法。
伯父はそんなピッチングをしながらも、何度もパーフェクトを達成している。
「横浜シニアがうち相手に、使える戦法かな?」
鬼塚としてもそのあたり、疑問に思ってはいるのだ。
球数制限がかけられてから、審判もあまりに露骨なカット戦法には、注意をしているということもある。
だがそれ以上に、横浜シニアの人間が、カットで逃げるなどということがあってはいけない。
名門に選手を送り出すだけに、選手もその力を示さないといけない。
ならば昇馬が150km/hを投げようと、そこからどうにか打たなければいけないのだ。
むしろ名門は名門がゆえに、選択できる戦法が限られている。
「あとは下位打線相手には、ピッチャーを代えていくという手段もあるだろ~」
鶴橋の言っていることは、昇馬と真琴の併用であろう。
確かにそれもあるかもしれないが、そこまで選手を入れ替えていくのか。
「こっちは勝つためなら、なんでも出来るからよ~」
なるほど確かに、言いたいことは分かる。
名門に対するジャイアントキリング。
優勝するのは夏休みの短期間で、試合を一気に消化するため、これは難しい。
だが予選である関東大会の中ならば、二人を同じ試合で使えるのだ。
「あとは点を取るだけか」
呟く鬼塚は、これまた昇馬の顔を見るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます