第13話 指導者の道
さて、改めて高校野球のスカウトについて。
甲子園という大ブランドがある日本の高校野球は、世界的に見ても異常である。
選手にとってみればプロを目指しているなら、その選択も慎重にならざるをえない。
野球だけではないが日本の高校は、途中で転校した場合、公式戦に参加できない期間がある。
特に野球の場合は、転校の時期によるが、一年間ほどが試合に出場が禁止。
アメリカ人などが聞くと、?マークを頭の上に浮かべる要素であるらしい。
これについてどう考えるかは、人によって違うだろう。
また三里の古田のように、どうしようもない理由によって転校という場合は、問題なく公式戦に出場出来ることもある。
実際に古田なしでは、三里は甲子園には出場できなかったであろう。
なので重要なのは、私立の無制限な戦力確保を抑制することにある。
鬼塚から説明を受けた昇馬は、あっけらかんとしていた。
「とりあえず俺、一回ぐらいでいいから甲子園体験してみたいんだけど」
そう言われると、悩ましいところである。
「実はあちこちの私立から、スカウトの話は来てるんだよな」
先日の練習試合からこっち、本当にたくさんの話が来ている。
単純に速い球を投げるという程度ならともかく、練習試合のマウンドでしっかり、相手を抑えてしまったのだ。
スピードガンを持っていたスカウトもいただろう。
ピッチャーは単純なスピードでは計算出来ないとは言うが、一種の分かりやすい基準が球速である。
しかも三振を奪いまくっていた。
関わりあってまた短期間ではあるが、鬼塚は昇馬の性格を把握してきている。
鬼塚もたいがい、中学高校と問題児であったという自覚はあるが、それでもセイバーの指導と上級生、同級生の才能を前に、おとなしくなったものだ。
また鬼塚の場合は、意識的に反発をしていた。
相手があってこそ、反発もするものである。
昇馬はそうではない。
とにかく自己中心的と言うか、まず優先順位をはっきりとさせているのだ。
そしてその中では、野球はそれほど上ではない。
そんな根性で甲子園に行けるのか、と言いたくもなるが、もう一人そこそこのピッチャーがいれば、栃木や茨城、群馬などであれば、行けなくはないだろう。
昇馬の体力自体は、一日100球を投げても全く疲れないというものだ。
そのあたりは伯父である武史に似ているとも言える。
球数制限がなければ、一人で投げてチームを甲子園に連れて行くのではないか。
ただ千葉のチームの多さからすると、地元では難しいかもしれない。
いや、そうでもないのか?
(白富東、今年はどこまで行くかな?)
母校のことを、鬼塚は考える。
およそ10年間ほど、白富東には黄金期と呼べる時代があった。
偶然集まった無名の才能が、優れたキャプテンと指導者の手によって、強大なチームとなったのだ。
鬼塚もその黄金時代の一員であり、彼の現役時代に白富東は、五期連続甲子園出場。
そして春夏連覇を二年連続で達成した。
鬼塚も確かに、主力の中の一人ではあった。
四番を打っていたこともあったし、決定的な働きもした。
だがチームの中では、最高でも三番手。
実際にプロに指名された順位も、同学年の中では三番手であった。
あの頃の白富東の強さの秘密は、言うまでもなく才能の存在だ。
直史、大介、ジン、岩崎、武史、アレク、倉田、淳、トニー、孝司、哲平。
その下、鬼塚の最後の夏にも、悟という一年生がいた。
それらの才能と比べて、昇馬はどうであろうか。
間違いなく天才であるが、天才にも段階がある。
直史と大介は、武史を上回る。
武史とアレクの間にも差がある。
ただこの四人は間違いなく天才であったし、年下だが悟なども鬼塚より上の才能を持っていたと言える。
同時代に昇馬がいたら、同評価すべきだろうか。
(少なくとも同時期のタケよりは上だな)
武史の一年の夏と同レベルのピッチングを、一つ年下の段階で昇馬はやっている。
もっとも伸び代に関しては、また別の話だろうが。
だが球数制限は、千葉県を勝ち抜くのは難しくなっている。
「野球は一人じゃ出来ないし、才能を揃えるだけでも出来ないからなあ」
「エーイチさんが監督やるってのは無理なの?」
「俺が?」
何気に鬼塚を名前で呼んでいるわけだが、それはどうでもいい。
引退後鬼塚は指導者資格を取っているため、高校野球の指導者になることも出来る。
ただ鬼塚に声をかけるというのは、まだしもプロからの方が確率は高いだろう。
どちらかというとテレビ番組などで、ゲストで呼ばれる仕事が多いが、基本的には貯金を食いつぶしている鬼塚である。
ただ、白富東か。
真琴や聖子も進学すると言っているし、昇馬がいるチームならば指導してみたい気はする。
(でもこいつ、絶対にサボるだろ)
おそらくサボるという意識さえなく、普通に練習を休む。それはもうここまでに見せてきた姿だ。
「真琴たちと同じ学校に行くのか?」
「帰国子女枠で入れるそうだし」
また、あそこに戻るのか。
あの灼熱の舞台へと。
その想像は鬼塚の、痛みを覚えるほどに甘美な記憶を刺激した。
高校野球の監督をするのに、特に資格というものは必要ない。
ただ部長に関しては、所属する学校の教員が必要になる。
他の競技にはそんなものは必要なかったりするが、普通は教員が監督人となる。
だが高校野球だけは、本当にやることが多いのだ。
鬼塚が訪れたのは、同じ千葉県内の、一般的な公立高校。
ここにはかつて千葉県内で、白富東を苦しめたチームの監督をした人物が、今でも監督をしている。
公立のみならず、私立の強豪校からさえも、監督の誘いはあったという。
だが高校野球全体の底上げのために、あえて公立の高校を歴任してきた。
若き名将と呼ばれ、大学野球のスターであった国立も、既にベテランの年齢となっている。
授業が終わり、部活動が開始される。
私立などは午後がそのまま野球部の練習になっていたりするが、公立の普通科ではそんなことはない。
ちゃんと正面から入校の許可を取り、鬼塚は野球部のグラウンドへとやってきた。
もっとも平均的な公立の野球部は、グラウンドを丸々使うことなど出来はしない。
この学校も今日は、野球部はグラウンドの隅で、ゲージを使ったバッティング練習をしていた。
白富東などは、セイバーがとんでもない金をかけて、私立の強豪以上の施設を作ったものだが。
その練習の様子を見ていた国立が、鬼塚に気づく。
軽く頭を下げた鬼塚に、国立は席を外して歩み寄ってきた。
「どうですか、今年は」
「なんとかベスト16までは行きたいかなあ」
国立はかつて、白富東を率いて、全国制覇も成し遂げた監督だ。
ただそれを誇ることはなく、こうやって公立高校を少しずつ強くしていっている。
裾野が広がることが、野球というスポーツにとって一番重要なことである。
そう考える国立の指導する制度には、鬼塚がコーチをするチームから進学した者もいる。
わずかに場所を変えて、二人は練習風景を見ながら話し合った。
「高校野球の監督、か」
かつて国立も指導した、白富東。
巨大な才能が入るのに合わせて、鬼塚が監督に就任する。
実際にそれが簡単なことなのか、まだ調べてもいない鬼塚だ。
ただセイバーは完全に部外者であったし、鬼塚もシニアのコーチをするにあたり、指導者資格を回復する講習を受けている。
もっとも高校野球や大学野球はともかく、シニアについては特にそれは必要なかったのだが。
だから、鬼塚もいずれは、と心の底では思っていたのかもしれない。
結局現役の期間の全てを、千葉で過ごした鬼塚。
ヤンキーは地元愛が強いというのを、まさに体現したのではないか。
経歴からいっても、プロで14年も一軍にいたのだから、いずれはコーチの声などもかかったかもしれない。
だが鬼塚にはむしろ、球団側は裏方の仕事を期待していたりした。
彼の強面の迫力で、若手を指導する立場などに立ってほしかったのだ。
自分がそんな器ではないと思って、鬼塚は在野の士となったわけだが。
そんな鬼塚が結局、指導者の立場になろうかと思ったのは、一つにはシニアでのコーチ経験がある。
鶴橋という千葉高校野球界の妖怪とも言われる指揮官の下で、指導する側として学ぶことは多かった。
そしてある程度は自分なりの、指導者像というものは見えてきたのだ。
高校野球の監督は、一度やったらやめられない。
鶴橋が完全に体力がもたなくなるまで、やり続けただけの魅力があるのだ。
それに、もう一つ。
もしも昇馬が白富東に入った場合、あれを制御できるのが、既存の指導者層にいるのか。
はっきり言って、自分の高校時代やシニア以上に、別方法に問題児であるのは間違いない。
「それはまた、大変そうな」
国立は東京六大学野球でプレイしていたため、野球の旧弊を正すことはした。
だが新しい世代の才能をどう育てるか、それにはちょっと自信がない。
具体的に言えば自分では、佐藤直史や白石大介を、育てられたとは思えないのだ。
鬼塚はあくまで、相談に来たのである。
だがこの訪問は、国立にも影響を与える。
天才を育てるというのは、どういうことなのか。
そして化学反応が起こる準備は、徐々に整いつつあった。
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